20 ロルフさんの秘密
「ヘンリエッテ嬢、機嫌はどうかな? ああ、眠れなかったのか。顔色が悪いな」
ドーレ侯爵は普通に話しかけてくる。侯爵と言いロルフさんと言い、何故こんなに普通なんだろう。罪悪感も何も無いのだろうか。
「考えたんだけどね。このまま、あなたと一緒に過ごそうかと思ってるんだ。ここで、私のものになってもらうつもりだよ」
「何を言ってるんですか?」
「社交界で見るあなたはお淑やかで慎ましいけれど、本当は気の強い人だったんだね。良いと思うよ。か弱い女性より反抗的な人の方が、私は好ましいと思うから」
私を見る侯爵の目が気持ち悪い。反抗した人間を屈服させるのが好きな男なんだろうか。
「そうだ。そこの二人のこと、もういらないと思ってたんだけど、ヘンリエッテ嬢が私のものになるなら考えても良いよ。あなたの従者にしようか?」
ニヤニヤと私を試すように言う侯爵に怒りを覚える。ハンスとエリックの命を救いたかったら、侯爵のものになれと脅されている。
「時間はあるからゆっくり考えて。返事はまた聞きにくるから」
侯爵を睨みつけていると、彼は部屋から出ていった。気持ち悪い目から解放されて、溜息を吐く。視線を感じて顔を上げると、ハンスたちが私を見つめていた。
「俺たちのことは気にしないでください」
「僕、死にたくないよ……」
「エリック、俺たちが悪いんだから……」
「……やだよ」
エリックが泣きそうになっている。こんなことになるとは思っていなかっただろうし、死にたくはないだろう。私だってあんな男嫌だけど、ハンスやエリックが私の選択のせいで死んでしまうなんて嫌だ。
「あなたたちを助けたいわ」
「でも! そんなことしたら、あの男に……」
わかってるけど、命がかかってるのに嫌だと言えない。どうしたらいいの? 何か方法はないんだろうか。
もう、どのくらい時間が経ったのか。もうすぐ昼過ぎだとは思うけど。あれから私たちは少しだけお互いの話をした。
「俺たち親がいなくて一緒に暮らしてるんです」
「僕、ハンスがいなかったら死んでたかも」
「他にも何人か一緒に暮らしてて。生活が苦しかったから、今回の報酬に釣られてしまいました」
どこかの家に連れて行かれて詳しい話を聞いたら、仕事内容は誘拐だった。その時にはもう手を引けなかったらしい。汚いやり方だ。
「多分ね、私の家族や婚約者が探してくれてると思うの。助けに来てくれると思う」
「そうですよね」
「うん。私の婚約者は頼りになる方だから、きっとすぐに来てくれるはず。それまで、なんとか乗りきろう」
「はい」
バートさん、王都にいつぐらいに着いたのかな。彼ならきっと必死になって私を探してくれるだろう。間に合うかなんてわからないけど、最後まで希望を捨てたくないと思った。
それから少しして、ドーレ侯爵が来た。楽しそうな笑顔で、獲物を追い詰めるような瞳で。そして私がどう答えるのか期待している。
「さて、ヘンリエッテ嬢。返事を聞かせてくれるかな」
「私は……」
「私はどちらでもいいよ。私を選んでくれるなら大切にするし、そこの二人もあなたに預ける。そうでなければ、残念だけどあなたを誰かに売る予定にしてる」
「……わかりました。あなたのものになります」
「良かった。そう言ってくれると思ったんだ。では、今夜は一緒に食事をしよう。今夜から私の部屋で一緒に過ごそうね」
それまでに用事を片付けてくるよ、とドーレ侯爵は嬉しそうに出て行った。嫌だけれど時間を稼ぐために了承した。ハンスたちが悲しそうな目で私を見る。
「今夜までに逃げる方法を考えましょう。大丈夫よ。いざとなったら部屋で二人きりになったときに、蹴ってでも逃げてみせるから」
安心してねと笑顔で伝える。万が一のときは急所を蹴ってでも逃げる気だ。蹴る練習でもしようかなと立ち上がったら、ドアをノックされた。次から次へと人が来るな。
「エマちゃん、大変だったねー」
「……ロルフさん」
「侯爵ウキウキだったよ。あんな男のものになるくらいなら、俺を選んでくれたら良かったのに」
「何を言ってるんですか」
「俺のほうがマシだと思うけど。まあ、いいや。そんなことより、プレゼント!」
ロルフさんに渡された袋に入っていたのは、ウィッグとワンピースだった。
「これ、エマちゃんのウィッグに似てると思うんだけど。あとワンピースも地味なのにしたよ」
「えっ?」
「ほら、着替えてから抜け出そう」
「なんで?」
「変装してるほうが逃げやすいしバレにくいでしょ?」
「そうじゃなくて、ロルフさん助けてくれるんですか?」
「ん? 当たり前だよ。エマちゃんに何かあったら嫌だし」
最初から助けてくれるつもりだったの? ロルフさんの行動がわからない。
「とにかく早く着替えて」
「は、はい」
バスルームに入ってワンピースに着替えてウィッグをつける。化粧が違うけど、エマっぽくなっている。バスルームから出るとロルフさんが目を細めた。
「エマちゃん久しぶりだね」
「そうですね」
「さて、じゃあ説明するね
「はい」
「この部屋から出たら右にまっすぐ行って突き当たりのドアに入って地下に降りる。降りたところから十五歩くらいのところの左手側に少し色の違う石があるから押して。そしたら外に繋がる隠し通路があるからそこから逃げてね」
一気に言われて混乱する。ハンスとエリックも一緒に聞いてくれたけど、混乱しているようだ。
「も、もう一度お願いします」
「出て右の廊下の突き当たりのドアから地下に降りて左手側の色の違う石を押して隠し通路を逃げる」
「わかりました」
最初からそう言ってくれたら良かったのに。思わずロルフさんを睨む。
「肩の力が抜けたでしょ?」
ロルフさんは相変わらずだった。
そろそろ行こうかとロルフさんが言うのでお礼を伝える。やっぱりロルフさんは悪い人じゃなかったんだ。何か理由があるなら知りたいと思った。
「ロルフさん、侯爵の仲間じゃないですよね」
「うーん、今までの誘拐には関係してないかな。今回からの参加だし。拐われた人がいるって知ったから、助けようとは思ったけど」
「やっぱり! 何か理由があったんですね。ロルフさんは良い人ですよ」
「違うよ。俺はね、全然良い人じゃないよ」
「でも、助けてくれるんですよね? あの人たちの仲間じゃないですし」
ロルフさんが困ったように私を見る。そして溜息を吐いてから懐に手を入れ、何かを取り出し私の前に差し出した。
「これ」
ロルフさんの手のひらには、大きな赤い宝石が乗っていた。
「この家の先祖代々伝わってる宝石でね。俺、これが欲しかったの」
まさか、王都に出る宝石泥棒って……。ロルフさんがにっこり笑う。
「キラキラしてて綺麗でしょ?」




