2 バートさんとの出会い
王都の大通りは活気があって賑やかだ。行き交う人々もエネルギッシュで大変よろしい。
私も日頃の溜まっていた鬱憤が解消されて気分が良い。いつも通り、買い食いでもしながら通りを歩こうかな、なんて考えるだけでも楽しい。
今日の私は街の娘さん仕様だ。庶民の間で流行りのワンピースを着て、髪はブラウンのウィッグで隠し、いつもと違うメイクで顔を変えている。一瞬見ただけではヘンリエッテと気付かれない自信がある。
大通りを散策した後、裏通りに入り目的の店に向かう。木の扉を開けて店に入ると、不思議な香りがする。なんのお香使ってるんだろう?といつも気になっている。
カウンターで本を読んでいたロルフさんが顔を上げた。赤毛の髪が寝癖で跳ねていて、柔和な顔と合わさると可愛く思える。私より年上の男性なのに。
「エマちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはー!」
エマちゃんと言うのは、私の偽名だ。変装したときは平民のエマとして過ごしている。
ロルフさんの店は雑貨屋で、以前街に来たときにたまたま入ってお気に入りになった。それからは毎回来てるので常連さんと言ってもいいだろう。
「これ見て、これ見て! エマちゃん好きだと思う」
「どれですか?」
ロルフさんに見せられたのは、ガラス玉と綺麗に編まれた紐を組み合わせた、飾りの様なものだった。
「これね、隣国の隣のマディクラ国の飾りなんだけどね、一部の兵士が身につけるやつなんだ。色の組み合わせによって意味があるらしいよ。何色か使ってるのに調和がとれていて、本当に綺麗だよね」
「そうですね。このガラス玉もすごく綺麗です」
「この国はね、ほぼ他国と交流していないせいか独特なデザインが発展してて……」
ロルフさんの話しが止まらない。彼は他国の文化に詳しくて、商品を説明しながら文化や伝統の話もしてくれる。毎回面白くて聞き入ってしまうし、つい商品を買ってしまう。商売上手だ。
説明を聞いて飾りを買っていたら、ドアが開く音がした。振り向くと旅人風の男性が入ってきた。
私は入ってきた男性に見惚れてしまった。ダークブラウンの短めの髪と琥珀色の瞳。鍛えられた逞しい体。怖さを感じる厳つい顔。長身で大柄なので威圧感がある。男らしい強そうな人だった。
都会の、特に貴族は細身で穏やかそうな人が多いので、あまり見かけないタイプだ。庶民でもここまでの人は少なく思える。
多分、今まで恋をしたこともない私が言うのもなんだが、王都の女性には正直怖がられて距離を置かれそうな人に思える。
しかし、しかしだ。私は人生で初めて男性に見惚れた! ときめいた! これは多分一目惚れというやつだと思った。
思ったからには仕方ない。お近付きになるしかない。少しでも情報を仕入れなければと考える。
「久しぶりだな、ロルフ」
「あれ? こっちに来る時期だった?」
男性はロルフさんに用事があるようで二人で話し始めた。私は邪魔にならないように、商品を見てまわる。少しして話し終わった男性が、会話の途中ですまなかった、と私に謝罪してきた。
「いえいえ、全然気にしないでください。ところで旅人の方ですか? 遠くから来られたんですか?」
「ああ、辺境から来たんだ。王都に用事があって、ついでにこの店にも寄ったんだ」
「そうなんですね」
「俺はバートだ。よろしくな」
「エマです。よろしくお願いします」
名前を聞けてしまった。運が良い。私は偽名を伝える。ここで本名を名乗れないのが悔しい。しかしバートさんは辺境から来たのか。遠いな。他にも出来るだけ情報収集したい。
「バートさんは辺境の方なんですね。王都に来られるのは久々ですか?」
「そうだな。前回は二年程前だろうか」
「そうなんですね。久々の王都楽しんでくださいね」
「ああ、ありがとう」
前回が二年前って、なかなか王都には来られないんだな。今回会えたのは本当に運が良かった。私の日頃の行いが良かったのかもしれない。
三人で辺境のことや国のことについて色々と話す。今まであまり知らなかった辺境について知ることは面白いし勉強になる。
「それなら、女性も武器を扱える人や馬に乗れる人が多いんですか?」
「そうだな。いつ何が起こるかわからないからな。いざと言う時の手段として覚える人も多い」
「へー! 凄いですね」
いいな。私も辺境で暮らす方が性に合ってる気がする。令嬢失格で王都にいられなくなったら辺境に引っ越すのもありかもしれない。
「私、王都に住めなくなったら辺境に引っ越すことにします! その時はバートさん、近所付き合いしてくださいね」
「ああ、いつでも来るといいぞ」
「えーっ、エマちゃんが遠くに行ったら寂しいよ」
「それならロルフさんも行きましょうよ!」
軽口を叩きながら笑い合うのが、とても楽しい。
「そうだ、エマちゃん。これは辺境のお守りだよ。前にバートが来た時に仕入れを頼んだんだ」
「へぇ、辺境は危険に備えてくださってる土地だし、お守りとか人気なんですか?」
「確かに、みんな持ってるな。恋人や妻からの物は特別だと言う奴も多い」
「バートさんも恋人や奥様から貰ったお守りがあるんですか?」
「ははっ、俺はモテないからな。そんなもんくれる相手はいないな」
よし! 心の中で思わず喜ぶ。恋人や奥様がいなくて安心だ。でも私にはとても素敵な人に見えるのに、何が駄目なんだろう? 怖そうに見えるからモテないんだろうか。
「じゃあロルフさん、このお守り一つください」
「いいよ。誰かにあげるの?」
「はい」
ロルフさんに代金を渡して私はお守りを受け取る。そして綺麗な石を加工して作られたそれを、一度胸の辺りで手で握りながら祈りを込めた後バートさんに渡した。
「はい、これどうぞ。恋人でも妻でもありませんが、体に気をつけてくださいねと思いを込めました」
笑顔でお守りを渡す私を、バートさんは驚いた顔で見る。そして次の瞬間、彼はとても嬉しそうに笑った。その笑顔に心がドキドキする。
「ありがとう。エマは優しいんだな。大切にする」
彼はお守りを大事そうに懐にしまっていた。笑顔がすごく素敵だった。お守り渡して良かった!
そんな楽しい時間だったが、そろそろ帰らなくてはいけない。バートさんとここでお別れするのは嫌だ。帰りたくない。しかし私は、勉強に集中したいから一人にして、と言い訳をして家を出てきている。遅くなるとバレる可能性がある。バートさんと、もっと話したかったな。
「そろそろ家族が心配するので帰りますね。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「エマちゃん、気をつけて帰ってね」
ロルフさんが手を振ってくれる。私も手を振り返してから扉を開けようとすると、バートさんに声をかけられた。
「エマ、近くまで送るぞ」




