19 意外な人物
さて、ここから逃げ出すにはどうしたらいいだろう? とりあえず、ここがどこなのか知りたい。
「ねえ、ここがどこかわかる?」
「俺たちもわからないです」
一緒に馬車に乗って連れてこられたらしく、ここまでの景色も見ていないとのことだった。王都から離れた場所なんだろうか?
「どうやって逃げようかしらね」
「扉は鍵がかかってます」
ハンスが確かめてくれる。一度体当たりをしてくれたけど、全然開きそうになかった。窓を調べてみても小さすぎて、たとえ開いたとしても出られないだろう。うーん、どうしようか。
「そういえば、今って誘拐からどのくらい時間が経ったの?」
「そうですね、拐ったのが昼くらいで、今は夜中です」
一日経ってる訳ではないのか。みんな探してくれてるのだろうかと考えて、アニカのことを思い出した!
「そうだ! アニカは? 私と一緒にいた女性はどうなったの?」
「彼女なら気絶させて置いてきました。拐うのは一人って言われてたし、馬車の場所まで二人も運べなかったので」
「気絶って、大丈夫なの?」
「多分、大丈夫です。すぐに目は覚めたと思います」
「良かった」
アニカが目覚めたら、家族に報告してくれるだろう。私のこと探してくれていると思う。夜が明けたらバートさんも来るはずだし、みんなで探してくれるだろう。
バートさんに、また迷惑をかけてしまう。きっと私のことを心配してくれるだろう。バートさんのことを思い出すと、彼に会いたい。心細い。
そんなことを考えていると、鍵を開けている音がした。誰か入ってくるのだろうか? そう思って緊張していると、扉が開いた。
「あれ? エマちゃん、なんでいるの?」
「ロルフさん!」
想像もしてなかった人が入ってきた驚いた。何故、こんなところにロルフさんがいるの? もしかして助けに来てくれたの?
「君たち、拐ってくる人を間違えた? 貴族のご令嬢だと侯爵怒ったでしょ?」
「は、はい」
「だから侯爵の機嫌が微妙だったんだ。間違えたら駄目だよ」
ロルフさんが普通に話しているけど、普通すぎておかしい。侯爵と知り合いみたいだし、人を拐うのは知ってたみたいだし。
「……ロルフさん、説明してください」
「なにを?」
「なんでロルフさんがここにいるんですか? 侯爵の仲間なんですか?」
「ここにいるのは、誰が拐われてきたのか見たかったからかな。侯爵の仲間なのかは、そうなのかな?」
「はっきりしてください」
「本当のことだし。でも君たちに危害を加える気はないよ。俺、痛いの嫌いだし。だから、安心して捕まっててね」
「安心してって……」
「侯爵ね、多分エマちゃんのこと売らない気がするんだ。だから暴れたり逃げたりしたら駄目だよ。大人しくしといてね」
じゃあね、と手を振ってロルフさんは出て行く。今、自分が見たものが信じられない。ロルフさんが侯爵の仲間だったなんて信じられない。誘拐犯の仲間だったなんて……。
「あの、今の方知り合いですか?」
「うん、そうなの」
悲しくて泣きそうになっていたら、ハンスとエリックが、元気出してくださいと慰めてくれる。二人の気持ちはありがたいけど、今は無理だった。
逃げ出す方法を考えなきゃいけないのに、ショックで頭が働かない。そうして何も思い浮かばないまま、夜が明けてしまった。
「おはよう! 食事持ってきたよー」
明るく入ってくるロルフさんに、どう接して良いのかわからない。色々考えて、もしかしてロルフさんは味方なんじゃないか?とも思ったけど、そう思い込むのも危険だ。
「ありがとうございます」
「エマちゃん、ちゃんと寝た?」
「眠れません」
「そうだよね。やっぱり、もう少し居心地の良い部屋にしてもらいたいよね。侯爵に頼んでみようか?」
君たちも眠れないよね?とハンスたちに話しかけている。どうしてこの人は通常通りなんだろう。
「あの、ロルフさん」
「ん? なに?」
「今日、バート様が王都に来る予定なんです」
「ほんとに? バート、こっちに来るの? エマちゃんいないから驚くだろうね」
「そうですね。あの、バートさんにこのことは……」
「えっ? 伝えないよ」
「そうですか」
期待するんじゃなかった。もしかしてバートさんに伝えてくれるかも、なんて思うんじゃなかった。
「あ、そうだ。俺、エマちゃんにプレゼントがあるんだ。後で持ってくるね」
「プレゼントですか?」
「そう、楽しみにしててね」
ロルフさんは、またあとでねー、と部屋を出て行った。プレゼントってなんだろう? ロルフさんに振りまわされている気がする。
「あの人、すごくマイペースですね」
ハンスが呆れたように言うと、エリックが隣で頷いていた。
「いつも通りすぎるのも不安になるわね」
「そうですね」
食事をとった後に、見たことない男性に連れられて部屋を移動することになった。連れて行かれた部屋はバスルームなどもついている豪華なところだった。ロルフさんが頼んでくれたのだろうか。豪華すぎて、ハンスとエリックが居心地悪そうにしている。
「ねえ、ハンス。これ割ったら、僕たちどうなるんだろう」
「エリック、絶対に割れ物に触るなよ」
「わかった!」
二人は割れそうなものから離れて、部屋の隅に座っている。ソファに座れば良いのにと思って呼ぶが、ここでいいですと断られた。
外はどうなってるんだろ。みんなどうしてるんだろ。探してくれてるのかな。不安だらけだ。
「ハンス、エリック、どうやって逃げようか? 方法をなかなか思いつかなくてごめんね」
「いえ! 全部任せてしまってすみません。俺たちも考えます」
「窓からは無理かなぁ?」
エリックが窓を触るけど、開けられないようだ。他にもどこかから出れないか三人で部屋中を探すけれど、どこも無理そうだった。
「どうしようかしら」
「どこからも出られなさそうですね」
悩んでいると、誰かが来る気配がする。ロルフさんだろうか? 扉を開けて入ってきたのはドーレ侯爵だった。




