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18 ヘンリエッテ誘拐される



 結婚式やバートさんの領地へ行くための準備が忙しい。やることが多くて毎日大変だ。バートさんも辺境に帰っていて、次に会うのは辺境に行く私を迎えに来てくれるときだ。


 そうして毎日を慌ただしく過ごしていると、あっと言う間に式まで二カ月をきった。明後日はバートさんが迎えに来てくれる日だ。久しぶりに会えるのが楽しみで仕方ない。


「アニカ、明日は街で買いたいものがあるの」

「わかりました。お嬢様、私がお供しますね」

「ありがとう。買うものが多いので荷物を持つのが大変かもしれないわ」

「かしこまりました」


 もう勝手に一人で出かけない。明日の段取りを話して予定をたてる。それが普通だ。


「では、お嬢様、お休みなさいませ」

「ええ、また明日」


 私はベッドに入って眠りにつく。その時は明日が大変な一日になるなんて考えてもいなかった。



「これで全部かしら?」

「そのようですね。お嬢様、これは馬車に運んでよろしいですか?」

「ええ、お願い」


 アニカが荷物を抱えて私の少し前を歩いている。街で買い物を終えて、後は帰るだけ。明日はバートさんが来る日だし早く帰って準備をしてしまわないと。そんなことを考えながら馬車に戻ろうとすると、視界に何かが入った。


 なんだろう? 視線を向けると建物の陰で少年が青年に叩かれていた。少年を助ける為に思わず走りだしてしまった。後ろから「お嬢様!」と叫ぶアニカの声が聞こえる。


「大丈夫?」


 少年は倒れ込んでいた。私は少年の前に立っている青年を睨みつける。


「こんな小さな子に何をするんですか!」

「……どうしよう。もう、この人でいいか」

「何を!」


 焦った表情をした青年が私に手を伸ばす。その時背後からアニカの声が聞こえた。思わず振り向いて……。


◆◇◆


「ふざけるな! その辺の平民の女にしろと言っただろう! 貴族の女なんか拐ってきて何をしている!」

「も、申し訳ありません!」


 怒鳴り声が聞こえる。あれ? 私、何してたっけ? 確かアニカの声が聞こえて。それから……記憶がない。


 後ろで腕を縛られているようで動けない。足も縛られて動かせない。床に倒れたまま、そっと目を開けると少年と青年が床に座り込んで頭を下げて謝っていた。何があったんだろう。


「うん? 気付いたのか?」


 怒鳴っていた男がこちらを見た。誰だろう? それよりも怒鳴っていた男の後ろにいた人物を見て驚いた。ドーレ侯爵だった。彼は私を冷静に見つめている。


「まさか、連れてきた女性がフォーゲル伯爵令嬢だったとはな」


 侯爵は表情を一転、ニヤニヤしだした。その顔を見て背筋が寒くなる。


「相変わらず美しいね、ヘンリエッテ嬢。こうなったら家に帰せないし、私のところに来てもらうのも良いかもしれないね」

「……何を言ってるんですか」

「売ってしまうのは勿体ないけど、高く売れそうだし悩むね。少し考えるから、ここで大人しくしててもらおうか」


 私の話なんて聞きもせず、ドーレ侯爵ともう一人の男は部屋を出ていく。売ってしまうって、私のことをだろうか? 誰に? 何のために?


 それにここはどこだろう。壁も床も石で出来ていて、まるで牢獄だ。侯爵が出て行った扉は木で出来ているが鍵を掛けられた音がしていた。


 青年と少年は青い顔で震えている。とにかく少しでも情報を仕入れないと。


「ねえ、あなたたち。話を聞かせてくれる?」

「あ、あの……」

「何もわからないのは不安なの。あなたたちの知ってることだけで良いから教えてくれない?」


 少年が、ごめんなさいと言って泣き出した。青年は黙っている。お願いだから何か教えて欲しい。


「私はヘンリエッテよ。あなたたちの名前は?」

「お、俺はハンス、こっちはエリックです」


 青年がハンスで、少年がエリックか。


「年齢は?」

「俺は十六で、エリックは九歳です」

「あら、ハンスは私のひとつ下なのね」


 ハンスは私より年上の男性に見えたのに、まさかの年下だった。


「何故私を拐ったの?」

「……たまたまです。本当は平民の若い女性を狙ってたんです。それをエリックが失敗して、俺が怒って叩いてしまって。その時にあなたが来たから……」

「何故、若い女性を誘拐しようとしたの?」

「それは、侯爵様に命令されて」

「駄目なことだと思わなかった?」

「俺たちに断る選択肢なんてなかったです。そんなことしたらどうなるか……」

「僕たち今回初めてで。僕たちの前の人は断ったからいなくなったって侯爵様が言ってました」

「そうだったの……」


 貴族の、それも侯爵の命令なら断れなかっただろう。そして、多分この子たちも、このままだといなくなるんだと思う。


「さっき怒鳴っていた人は誰?」

「えっ? 怒鳴っていた方が侯爵様ですよね?」

「それなら後ろにいた人は?」

「あの人は俺たちも知らないです。貴族を誘拐してきたって聞いたら、侯爵様が連れてきました」

「そうなのね。私がいてドーレ侯爵は驚いたでしょうね」

「ドーレ侯爵? 違いますよ。ロスナー侯爵だと名乗っておられましたよ」


 多分この子たちは侯爵の顔を知らないから選ばれたんだろう。ロスナー侯爵とドーレ侯爵は仲が悪いと貴族の間では噂になっている。万が一誰かに話されたときに大丈夫なように、そして、いざと言うときに罪を押し付けようとしたのかもしれない。頭が痛くなってきた。


「話してくれてありがとう。ところで、腕と足の縄を解いてもらうことはできる?」

「わかりました」


 ハンスとエリックが縄を解いてくれた。体が動かせるだけで安心する。縛られていたら、逃げることも出来ない。


「申し訳ありませんでした」

「ごめんなさい」


 二人が私に謝る。


「謝っても駄目よ。一緒にここから逃げ出すまで許さないから」


 私が安心させるように微笑むと、二人は泣きそうになっていた。ありがとうございます、と小さな声が聞こえた。



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