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17 元通りの日常



 バートさんと話をして落ち着いたところで屋敷内に戻る。家族が心配そうに出迎えてくれた。


「お待たせしました。では、これからのことを話し合いましょう」


 にこやかに笑いながら話を進めようとするバートさんを見て、三人が不思議そうな顔をしている。


「結婚式ですが、私の領地で挙げたいと思っています。遠いので、後日こちらでも式を挙げて、ご家族が出席出来るようにしようかと」

「お、お待ちください。婚約解消されるのではなかったのですか?」


 父様が驚いて声をあげる。私もこんな詳しく結婚式の話が始まるとは思っていなかったので驚いていた。


「婚約解消はしませんよ。私はヘンリエッテ嬢と結婚します。誰にも文句は言わせません」

「しかし、ボルグハルト様の評判が悪いままに……」

「気にしなくて大丈夫です。私の領地の皆は私のことを信じてくれています。私が浮気者なんて、領地では誰も思っていませんよ」

「それでよろしいのですか?」

「構いません。エマのことも公表の必要はありません。では続けますね」


 伯爵家のみんなが驚いている間に、バートさんはどんどん話を進めていく。辺境に戻っている間に時間が経ってしまったので、準備期間が短くなって申し訳ないと謝られた。


 そんなこと気にしなくていいのに。私は婚約解消だと思っていたから、結婚の為に忙しくなるのは大歓迎だ。



 バートさんが帰ってから、家族の表情が明るい。ずっと心配、不安、迷惑をかけていたんだと思うと心苦しい。


「良かったな、ヘンリエッテ。ボルグハルト様は心の広い方だったが、もう迷惑をかけないように気をつけなさい」

「そうね。あなたは運が良かったのよ。次は無いようにね」


 父様と母様に小言を言われるけれど、これくらいは言われて当然だ。心の底から反省しないといけない。二度とバートさんに迷惑かけないように気をつけよう。


「ヘンリエッテ、体調は大丈夫か? 落ち着いたら食事を増やしていこうな」


 ずっと食事量が減っていた私を兄様が心配してくれる。バートさんにも痩せたことを心配されていた。以前の体重に戻るように少しずつ食べる量を増やそう。今までは食事が喉を通らなかったけど、もう大丈夫だろう。


 安心した私は睡眠もしっかりとれるようになり、食事にも気をつけ、すぐに元の健康的な体に戻ることが出来た。そして、それをバートさんはとても喜んでくれた。


◆◇◆


 今日はバートさんとデートだ。植物園をゆっくりまわる。花も得意ではないけれど、少しでも覚えて帰れるといいな。


「ヘンリエッテ、体調が戻ったようで良かった。あの時は本気で心配したぞ。倒れそうで、小さい体がますます小さくなっていて怖かった」

「ご心配をおかけしてごめんなさい。もう大丈夫です」

「体がつらかったらすぐに言ってくれ。ヘンリエッテには少しでも無理して欲しくないからな」


 バートさんは、いつも優しい。私を甘やかしてくれるので、私はどんどん駄目人間になっていくのでは、と不安になる。


「あまり甘やかさないでください。バート様がいないと生きていけなくなります」

「それは俺にとっては嬉しいことだな。もっと甘やかそうか? 俺が抱きかかえて運ぼうか?」

「バート様!」


 バートさんが楽しそうに笑う。この幸せな時間がずっと続けば良いな。


 植物園を出てからどうしようかと思っていると、バートさんがロルフさんの店に行こうかと言い出した。ロルフさんの店は久しぶりだし、バートさんと一緒ならいいかな。



「いらっしゃい、二人とも久しぶり」

「こんにちは、ロルフさん」


 相変わらず寝癖のついた髪の毛を気にせずに、ロルフさんは和かに挨拶する。


「ロルフ、エマのことはヘンリエッテから聞いた」

「あれ? 言っちゃったの?」

「ええ、色々ありまして……」

「ふーん? まあ、いいか」


 ロルフさんは色々が気になるみたいだった。私は思い出すと泣きそうになるので、あまり触れて欲しくない。


「ロルフは気付いてたんだな」

「すぐに気付くよ。なんでバートが気付かないのかわからない」

「そうか……」


 バートさんが落ち込んでいる。確かに何故あんなにも気付かなかったのかはわからないが、それもバートさんらしいのだろう。


「これからはエマとしては、こちらのお店に来られないと思います」

「残念だけど仕方ないよね。これからはご令嬢ご贔屓のお店ってことでよろしく」

「はい」


 ロルフさんはニコニコしている。ヘンリエッテとして来るなら問題ないのかな。バートさんと一緒なら大丈夫だろう。


「でも、ほんと残念。エマちゃん、可愛い子がいるって街でも密かに人気だったのに」

「えっ?」

「どういうことだ?」

「通りの肉屋の子なんて、エマちゃん狙ってて、どうにか声かけられないか悩んでたのにね」


 そんな全然知らない話をされても困る。私、噂になってたなんて知らない。バートさんをチラリと見ると顔が怖い。


「俺もエマちゃんのこと好きだったけどフラれたし、バートは幸せ者だね」

「……ヘンリエッテ?」


 怖い。バートさんの顔も声も怖い。ロルフさんは何故突然そんな話をするのか。それは墓に持っていって良い話だったのでは? 何か私に恨みでもあるのだろうか。


「……ロルフ、お前しばらくはヘンリエッテに近付くな。半径二メートルに入るな」

「えーっ、この狭い店でそれは難しいよ。動きにくくなるよ」

「近付くな」


 バートさんは真剣に言ってるが、ロルフさんは笑顔で何も気にせずに答えている。空気が重い。この場にいるのがつらい。


「帰るぞ、ヘンリエッテ」

「はい」

「二人とも、またねー。仲良くしなきゃ駄目だよ」


 波風立てといて、どの口が言うのか。ロルフさんに恨みがましい視線を向けながら帰ろうとすると、小さな声で『頑張って!』と言われた。


 店の外に出るとバートさんが私の手を繋いで、いつもより早く歩きだす。早く通りから離れようとしているみたいだった。ようやく着いた馬車の中で向かいに座ったバートさんは不機嫌そうに聞いてきた。


「ロルフとのことを聞かせてくれ」

「多分、冗談みたいなものですよ? 二人で世界をまわろうって誘われたので、バート様がいるのでお断りしますと言いました」

「それだけか?」

「そうです。ロルフさんのこと恋愛対象だと思ったことはありませんし、軽くあしらえる空気でしたし」


 最初は真剣な表情だったから、全部が冗談と言う訳ではなかったと思う。でもロルフさんは最後には軽い雰囲気にしてくれた。それなら私もそれで終わらせよう。


「良かった」


 バートさんが安心するように息を吐いた。私の右手を取ると優しく撫でる。大きなゴツゴツした手に安心する。


「君がロルフのこと好きだったらどうしようかと思った」

「私が好きなのはバート様だけですよ?」

「わかってるが、どうしても不安になる。すまない」


 バートさんは恋愛に自信がない。もっと自信を持ってくれたらいいのに。


「バートさん! ご令嬢はバートさんのこと大好きですよ! もっと自信をもって! バートさんは魅力的なんですよ! ご令嬢はバートさんのこと絶対離したくないと思ってるんですよ!」

「エマ」

「そうです。私の言うこと信じませんか? 今までだって、バートさんとご令嬢の為に的確なアドバイスをしてきたでしょう?」

「そうだな」


 バートさんが弱々しく笑う。私はバートさんの手を握って、バートさんが自信をもって安心してくれますように!と祈った。



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