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15 お互いの想い



 話し合いから三週間。バートさんから手紙が来た。一カ月後にうちに来て話がしたいとのことだった。結論が出ないままの状態がようやく終わると思うとホッとした。これでバートさんとの縁も綺麗に切れる。


 そうしているうちに一カ月はあっという間に過ぎた。今日、バートさんがうちに来る。そしてバートさんと会うのは、これが最後だ。


「お久しぶりです、フォーゲル伯爵」

「ボルグハルト様。ご足労いただきありがとうございます。どうぞこちらへ」


 玄関で出迎えた私たちに、バートさんは前と変わらない微笑みで挨拶する。そして、私の姿を見て目を見開いた。どうしたんだろう?と考えていると、バートさんが父様に話しかける。


「フォーゲル伯爵、申し訳ないが、先にヘンリエッテ嬢と二人で話せるだろうか」

「え、ええ、構いませんが。では、庭の花でもご覧になりますか?」

「ありがとうございます」


 バートさんは私の手をとって庭に向かう。まさか手を繋がれるとは思っていなくて驚いていると、二人になった途端にバートさんが私の正面に立って両肩を掴んだ。


「ヘンリエッテ! どうしたんだ? なんでこんなに痩せてるんだ?」

「えっ?」

「顔色も悪いし、食事はきちんととっているのか? 何があった? 何か病気か?」


 バートさんが心配そうに私の目を覗き込む。その目は以前と同じで、私のことを大切に思ってくれている瞳だ。


「あ、あの、私、あんなに酷いことをしてしまって……。もうバート様にも婚約解消されると思っていて、悲しくて……」

「婚約解消? 俺と君が? なんで?」

「なんでって、私がエマだって黙っていて。それでこんな令嬢嫌だってバートさんが思っても仕方ないでしょう? ずっと騙してたんですから」

「そんなこと気にしてない! い、いや、少しは気にしたけど、たいしたことじゃない! そんなことより君の具合が悪そうなほうが心配だ。あと婚約解消なんてする予定もない」

「連絡がなかったのも、私と距離を置きたかったんでしょう? 私のこと、もう嫌になったんでしょう?」

「違う! 色々あって領地に戻っていたんだ! すぐに連絡が出来なかったことは謝る。でも、君と距離を置きたいとかじゃない。君がそんなに思い詰めているとも思ってなかった」

「本当に?」

「本当だ。俺を捨てないでくれって言っただろう? 俺のこと嫌いになったのか?」


 そんな訳ない! なんだかよくわからないけど、バートさんに嫌われていなかった。私を婚約者のままでいさせてくれる。頭の中がぐちゃぐちゃで訳がわからずに、私は令嬢らしさも忘れて声をあげて泣いてしまった。


「ヘンリエッテ、泣くな。どうしたんだ? ヘンリエッテ?」

「ご、ごめんなさい。アルバート様、ごめんなさい。傷つけてごめんなさい。騙してごめんなさい」

「泣かなくていい。本当に大丈夫だから。ヘンリエッテ、泣き止んでくれ。君が泣いていると俺もつらい」

「アルバート様……!」


 バートさんは私を抱きしめて背中を撫でてくれる。あやすように頭や背中を撫でられて、少しずつ落ち着いてくる。まるで子供のようで、自分が恥ずかしい。


「ヘンリエッテ、誤解がたくさんあるみたいだな。ゆっくり話そう」

「……アルバート様」

「もうバートって呼んでくれない? 連絡もしない俺のこと嫌いになったか?」

「そんなことありません。バート様のこと嫌いになんてなりません」

「良かった」


 バートさんが優しく私に話しかける。子供扱いされているが、そうされて当然の行動をした私が悪い。


「エマの話をしたときに、バートさんが呆然としていて。帰りも一切見てくれなくて、それで私のこと嫌いになったんだと思ったんです」

「あれは、ヘンリエッテとエマが同一人物だと思ったら、色々思い出して衝撃を受けていただけだ」

「衝撃?」

「俺はエマにヘンリエッテの相談をしていただろう? 本人に全てを話していたと思ったら、羞恥心でいっぱいで。エマに何を話したのか考えてばかりだった。多分、ヘンリエッテの話も途中から聞けていなかったと思う……」

「それは、そうですね……」



 気付いたときに恥ずかしかっただろうな。ヘンリエッテについての相談をヘンリエッテにしていたんだから。何を話しただろうかと思い出すだけで血の気が引くだろう。


「エマからヘンリエッテの気持ちを聞いていた。ヘンリエッテはこう思ってるはずだって教えてくれていた。君は俺のことすごく好きだったんだな」

「はい。バート様はすぐに悪いほうへ考えがいくので、私はバート様のことが好きだから頑張ってと伝えたくなったんです」

「一度ヘンリエッテから教えてもらったのに、また同じ男に嫉妬してるところを見られたな」

「まだニコラス様に嫉妬してたんだと思いました」

「すまなかった。信じてない訳じゃないんだが、俺のどこが好きなのか不安で仕方なかったんだ」


 私たちは圧倒的に会話が足りていなかったんだと思う。隠していたことも色々あったし、伝えられていないことばかりだ。


「最初ロルフさんのお店で見かけたでしょう? バート様が入ってきたときに、なんて素敵な人がいるんだ!って驚いたんです」

「あの時に?」

「そう。私それまで恋をしたことがなくて、男性に胸がときめいたのは初めてでした。だからお守りを渡して私のこと少しでも覚えて貰いたいとも思いました」

「お守り嬉しかったんだ。俺は本当にモテないから、女性からお守りを貰ったことがなかったし、エマは可愛らしかったからな」


 エマのこと可愛らしいと思ってくれてたのは、嬉しいようなモヤモヤするような複雑な気持ちになる。どちらも私だけどエマに嫉妬してしまう。


「それから帰り送ってもらって、もう少し話したいと思ってたから嬉しかったんです」

「女の子を一人で帰すのも心配だったしな。それにエマのことは十四くらいだと思ってたし」

「そうなんですよ……。まさかそんなに子供に見られているとは思いませんでした」

「俯かないでくれ。悪かったと思っている」


 焦ったバートさんの腕に力がこもる。力強く抱きしめられるのが嬉しかった。



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