14 エマの正体
連絡をとってすぐにバートさんとの話し合いの場が設けられた。まずは二人で話しても良いか?と両親に許可をもらって、伯爵家の庭のガゼボで、バートさんとテーブルを挟み向かい合って座る。
緊張する。もっと早くに正体をバラしておけば、こんな大事にならなかったのに。バートさんの評判を落とさずにすんだのに、と後悔していた。
「あの、バート様、大切なお話があります」
「なんだろうか?」
お互い真剣な顔で見つめあっている。バートさんはどこか不安げで、テーブルに置いた手を握ったり緩めたり落ち着かない。いつまでも黙っている訳にはいかないので、勇気を出して話始めた。
「今日お話ししたいことはエマのことです」
バートさんの体がビクリと震えた。顔色も悪く見える。えっ? どうしたの?と思っていると、バートさんは私の手をぎゅっと握って話し始めた。
「ヘンリエッテ、違うんだ。エマのことは妹のように思っているだけで、浮気はしていない。二股もしていない。確かに何度も話を聞いてもらったし、ヘンリエッテに出会う前は一度デートのようなこともした。しかし、女性として見てはいない。そりゃあ、最初は懐いてきて可愛らしいと思ったこともあったけれど、君と出会ってからは君だけだ。だから、どうか俺のことを信じてくれ」
バートさんは勘違いしている。でも確かにエマが私だと知らなければ、仲良くしすぎたと思っても仕方ないよね。ヘンリエッテと出会う前にデートっぽいこともしたし、エマのこと可愛らしいと思ったみたいだし。なんだか胸がモヤモヤする。エマに嫉妬している自分がいる。
「その、エマのことなんですが、どうしてもお伝えしたいことがあって」
「本当にエマとは何もないんだ! 俺にとっての唯一はヘンリエッテだけだ! だからヘンリエッテ、俺から離れないでくれ。俺を捨てないでくれ。二股なんてしていない、浮気もしていない。どうか信じて欲しい」
途中で遮られて最後まで話せない。必死な顔で私に気持ちを伝えるバートさんを見て胸が痛む。
「わかっています。浮気じゃないって知っています」
「ヘンリエッテ!」
安心したようにバートさんが私を見る。そう、私はバートさんが浮気をしていないと知っている。
「バート様、私がエマです」
「えっ?」
「ほら、見覚えありませんか?」
バートさんから手を離して、隠していたウィッグを取り出す。
「バートさん、ロルフさんの店でお守りプレゼントしたでしょう? パスタも一緒に食べに行ったでしょう? ヘンリエッテについても相談にのったでしょう? バートさん、私がエマですよ」
呆然とバートさんが私を見つめていた。
「ずっと言い出せなくてごめんなさい。本当はもっと早くに言わないといけないことでした。気付いていないなら言わないでおこうと、ずるいことを考えていました。結局今になって、アルバート様の評判を落としてから、ようやく言うことになってしまって。本当にごめんなさい」
「ヘンリエッテがエマだったのか?」
「そうです。本当の私はお淑やかでも内気でも趣味が読書や刺繍でもありません。変装して一人で街に出かけたり、走りまわってお転婆だって言われて、令嬢らしくない女性なんです。アルバート様を騙していて申し訳ありませんでした」
「……そうだったのか」
バートさんが無表情で呟く。急なことで感情が追いついていないようだった。
「こんなことになって、婚約を続けたいなんて厚かましいとわかっています。どうか、アルバート様のお好きなようになさってください。婚約解消でも慰謝料でも、なんでも受け入れます。本当に申し訳ございませんでした」
私が謝ると、バートさんはふらりと立ち上がった。
「今は落ち着いて考えられない。また連絡させてもらう」
「はい」
「今日はこのまま失礼する」
「わかりました。お気をつけて」
ふらふらと歩くバートさんを馬車まで送っていく。私は全てを話した時のバートさんの呆然とした姿を見るまで、自分が大変なことをしでかした自覚がなかった。そして私はどんな結果でも受け入れる覚悟を決めたのだった。
あれから一週間、バートさんからは何の連絡もない。両親への連絡もなく、私たちは待つことしか出来ない。
「アルバート様に嫌われたと思います」
「そうか」
バートさんとの話し合いが終わってから、家族と話し合った。
バートさんは帰りに私のことを見てくれなかった。つらそうな顔をして馬車に乗り去っていった姿を見て、バートさんの心に大きな傷をつけたんだと思った。婚約解消されたとしても当たり前だ。
「ヘンリエッテ、やってしまったことは仕方ない。これからのことを考えよう。ボルグハルト様からの連絡を待ってきちんとお詫びをして、婚約解消後はこちらの瑕疵だと世間に公表しよう。ボルグハルト様の評判を少しでも回復出来るようにしなければな」
「わかっています。父様今回は申し訳ございませんでした。今後二度とこのようなことがないように努めます」
「わかれば良い。今後はお前も大変だろう。世間の目も冷たくなる。もう二度と同じ過ちを繰り返すな」
「はい」
あの優しい父様を怒らせてしまった。それでも追い出されたりせず、一緒に今後のことを考えてくれる。優しい父だ。母様と兄様も私に怒っているが、受け入れてくれてもいる。私はどうしてもっと深く考えられなかったんだろうか。自分のことしか考えず浮かれて馬鹿すぎた。
もう自由に街に行くこともない。今後私の嫁ぎ先が見つかるかもわからない。そして、自業自得だとわかっているけれど、大好きなバートさんとの未来がなくなったことが、つらくて苦しくて。大切な人をあんなに傷つけて、それでも自分勝手に自分の為に悲しんでいる姿が醜い。
バレてもなんとかなると思っていた自分を怒鳴りつけてやりたい。あなたは一番大切な人を傷つけたんだと怒りたい。バートさん、ごめんなさい。これはどうやったら償えるんだろう。
私は毎日泣いてばかりいる。そんな自分が大嫌いだった。




