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12 励まし



 数日後、エマの格好をしてロルフさんの店に向かった。自分がヘンリエッテ・フォーゲル伯爵令嬢であること、自由に過ごしたくてエマとして街に出ていたこと。バートさんに出会って婚約したこと。エマの正体がバレていないことを伝えた。


「バート、なんで気付かないの?」

「なんででしょうね? 髪型とメイクが違うからでしょうか?」

「目見たらすぐわかるでしょ。俺すぐに気付いたよ。すごく驚いたけど」

「目丸くなってましたもんね。私もまさかバートさんがこの店に行こうと言い出すとは思わなくて驚きました」

「いやぁ、しかしバートは鈍いね。これエマちゃんが言い出すまで気付かないと思うよ」

「そうでしょうか?」

「面白いから気付くまでほっときなよ」


 ロルフさんが楽しそうに笑う。私も言い出すタイミングを逃して、もうこのまま気付かれなかったら言うのをやめようと思っているくらいだ。


「しかしエマちゃん、バートと婚約しちゃったんだ」

「はい。無事婚約出来ました。この店でバートさんに出会えたので、ありがとうございます」

「えーっ、エマちゃんを捕まえるって知ってたら、バートと会わせないようにしたのに」

「何を言ってるんですか。冗談はやめてください」


 心臓に悪い。バートさんと会えなかったらと思うと、とんでもなく悲しくなる。


「本気なんだけど」

「そうですか」


 適当に流そうとすると、ロルフさんが珍しく真剣な眼差しで私を見つめた。


「エマちゃん、俺と遠くへ行かない?」

「えっ? 無理です」

「俺と一緒に世界をまわったら楽しいと思うよ」

「いえ、私にはバートさんがいますし、家族も心配しますし……」


 何を言い出すのか。ロルフさん頭でも打った? バートさんとの結婚を諦める訳がないし、急にどこかに行ったら家族も心配する。世界をまわるのは楽しいだろうけど、ロルフさんに対してそういった感情はない。


「俺が嫌だからって訳じゃないんだよね」

「もちろんロルフさんのことは嫌いじゃないですけど、好きだから一緒にいたいという訳でもないです」

「振られちゃった」

「振ってしまいました。諦めてくださいね」


 最後は全然深刻じゃなさそうにロルフさんが言うので、私も軽く流す。でも、もう一人ではこの店に来ないほうがいいかもしれない。私もロルフさんも軽く流せる空気だったけれど、バートさんの耳に入ったら嫌がりそうだ。


「では、今日はこれで帰りますね」

「また、来てね」


 ロルフさんは笑顔で何事もなかったかのように手を振る。次に来るとしたらバートさんと一緒にヘンリエッテとしてじゃないかな? さぁ、帰ろう。そう思って王都を歩いていると、やはり運命なのかバートさんに会ってしまった。


「エマ! 久しぶりだな!」

「バートさん」


 バートさんは、また話を聞いて欲しいらしく屋台で甘いものを買ってくれた。前回と同じように広場のベンチに座る。


「聞いてくれ! 前に相談した女性と婚約することが出来たんだ」

「おめでとうございます! 良かったですね」

「ああ、本当に良かった。俺辺境に帰ってたんだが、彼女はとてもモテるから離れてる間気が気じゃなかった」

「そうなんですね。何か不安になるようなことがありましたか?」


 とてもモテるとか意味のわからないことを言っているのが気になるけれど、それは置いておこう。一応何かヘンリエッテに対して思うことがないか確認しておく。傷があるなら小さなうちに塞いでおかないと。


「……王都で久々にあったら、すごく顔の良い同じ年頃の男性と仲良くしてた。幼なじみだって、整った顔立ちで俺とは正反対のような、細くて彼女と釣り合いがとれていて、二人で小さな声で話し合って、笑い合って、お似合いだった……。俺と違って彼女と一緒にいるのが自然で、彼女も彼のこと呼び捨てで呼んでいて……」


 予想外に大きな傷があった。もう気にしていないと思っていたのに、思ったよりダメージを受けていたみたいだ。ニコラスのことでそんなに嫉妬してたんだ。


「でも、そのご令嬢はその人のこと好きなんですか? バートさんが好きだから婚約したんじゃないですか?」

「俺のことを好きだと言ってくれた。会えて嬉しいと。不安にさせてごめんなさいと。だから、彼より俺のことが好きだとは思う」

「ならご令嬢を信じましょうよ! バートさんじゃなきゃ駄目な魅力があるんですよ。幼なじみで婚約してないってことは、多分お互い興味ないんですよ! 大丈夫! ご令嬢、バートさんのこと大好きだと思いますよ」

「わかってるんだが、どうしても嫉妬してしまって……」


 バートさんは結構な大人なのに、何故こんなに恋愛に対して打たれ弱いのか。これエマがいるからフォロー出来てるけど、ヘンリエッテだけだったら気付かないうちにフェードアウトしてるんじゃないだろうか。急に私の前から消えると思うと怖い。


「バートさん! バートさんはもっと自分に自信をもったほうがいいです! 多分ご令嬢もバートさんの頼りがいのあるところとか、大人なところを好きなんじゃないですか? それなのに、すぐ暗くなってたら不安になりますよ」

「そうだな」

「そうです! バートさんはご令嬢のこと好きなんでしょう? 誰にも渡したくないとか独占欲強いんじゃないですか? なら、どっしり構えて愛を伝えましょう」

「ああ、俺は彼女のことが好きだ。絶対に誰にも渡す気はない。彼女を一番愛しているのは俺だ」

「そうでしょう、そうでしょう。なら、その熱い思いをドンと伝えて、よそ見出来ないようにしたらいいんですよ。頑張って! 大丈夫、バートさんなら出来る!」

「わかった! ありがとうエマ」


 危なかった。いつの間にか危機が訪れていた。いや、私はバートさんから離れるつもりはないけど、バートさんが自信をなくして離れていくのは気付けないとどうしようも出来ない。


 私のことすごく好きなくせに、誰にも渡したくないくせに、ちょっと誰かとお似合いだと思うと自信をなくすところ治してくれないと困る。


 これからは私の言動をもっと気をつけないと。私からもたっぷり愛を伝えよう。もちろんバートさんも私を繋ぎ止めるために頑張って!



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