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11 ロルフさんの店へ



 辺境伯家のタウンハウスに呼ばれて、書面を交わし無事婚約が整った。良かった。これで一安心だ。バートさんと二人で庭を歩いていると、手を繋がれた。


「婚約の件、受け入れてくれてありがとう」

「こちらこそバート様と婚約出来て嬉しいです。これから結婚に向けて色々準備がありますが、よろしくお願いしますね」

「ああ、ヘンリエッテが辺境に来てくれるのを楽しみにしているよ。なるべく不自由がないようにするが、何か希望があったら遠慮なく言って欲しい」

「希望ですか? バート様と一緒に過ごせるなら、他は特に何もありませんわ」

「ヘンリエッテ嬢……」


 顔が赤いバートさんは、私の顔が見れないようで目を逸らす。可愛い、可憐だ、と呟いているのが聞こえるので、私への想いが溢れているのだろう。恥ずかしいけれど、良いことだ。


 私たちの婚約はすぐに社交界に広まった。ヘンリエッテ嬢があの辺境伯様に捕まったと話題になっていた。捕まったじゃなくて、捕まえたんですけど?


◆◇◆


「ヘンリエッテがボルグハルト辺境伯に嫁ぐことになるとは喜ばしいことだな」

「ええ! 辺境伯領なら、ヘンリエッテものびのびと過ごせるんじゃありません?」

「俺も妹が自由に過ごせるなら良いと思う」


 家族からの反対もない。辺境なら多少令嬢らしくなくても大丈夫だろうと言う安心感もあるらしい。私はまだバートさんの前では、一応お淑やか令嬢だ。これから少しずつ、素の元気なヘンリエッテを出していっても大丈夫だろうか? それだけが不安だ。


「父様、母様、兄様今までご心配をおかけしました。私も来年にはボルグハルト辺境伯家へ嫁ぎます。離れるのは寂しいですが、こちらから見守っていてくださいね」

「ヘンリエッテ……!」


 あのお転婆娘だったヘンリエッテが殊勝なことを言っている、と家族が喜んでいる。両親は涙を浮かべて、良かった! 嫁ぎ先が見つかって本当に良かった!と抱き合っていた。兄様も涙ぐんで私の頭を撫でる。


「あのヘンリエッテがこんなに素晴らしい令嬢になるとは、俺たちも想像していなかったよ。ヘンリエッテ、嫁に行ってもお前は俺の妹だ。何かあればすぐに連絡しなさい。必ず力になるから」

「兄様!」


 兄様の優しさに、私も涙ぐみそうになる。なんて優しい家族なんだろう。平民のふりして家を抜け出しているのが申し訳ない。でもやめないので、王都にいる間だけは気付かないで欲しい。


「これから色々と準備があるが家族みんなで頑張ろう」


 父様の言葉に全員が頷く。準備頑張る! そして一年後には無事バートさんに嫁ぐんだ。



 今回バートさんがどれくらい王都にいるのかわからないけれど、出来るだけ会えたら良いなと思っていた。そうしたらバートさんから手紙が届いた。王都を一緒にまわらないか、とのお誘いだ。行きます!と大喜びで返事してデート当日を楽しみに待った。


 そして今、私はピンチに陥っている。


 バートさんと待ち合わせして、街を散策したまでは良かった。問題はその後だ。バートさんが紹介したい店があると裏通りに進み始めた。嫌な予感がした。着いたところはロルフさんの店だった。入りたくない。すごく拒否したい。しかし嫌だと言ったら疑問に思われるだろう。ロルフさん気付きませんように! そう祈りながらバートさんに続いて中に入った。


「こんにちは。あれ? バート? 女性と一緒?」

「ああ、紹介する。私の婚約者のヘンリエッテ嬢だ。ヘンリエッテ、こちらは店主のロルフだ」


 どうもバートさんが貴族だと言うことを、ロルフさんは知っているみたいだ。


 覚悟を決めて顔を上げる。


 ロルフさんが私を見て、目を丸くした。

 一瞬でバレた。一目見てエマだと気付かれたとわかった。


「初めまして、ロルフ様。アルバート様の婚約者のヘンリエッテ・フォーゲルと申します。よろしくお願いいたします」

「あ、いえ、こちらこそ。ロルフです。ご令嬢がこんな店に来ると思っていなかったので……。狭い店ですが楽しんでいってください」

「ありがとうございます」


 気まずい。すごく気まずい。バートさんが、この店は綺麗なものが多いので見ていて楽しいはず、と好意で教えてくれる。私のためにこの店に来てくれたんだと思うと嬉しい。しかし、今はその優しさがつらい。


「ヘンリエッテ、このお守りは辺境のものなんだ」

「そうなんですね。素敵なお守りですね」

「そうですよ。辺境では妻や恋人からお守りを貰うことが多いから、ご令嬢もバートにプレゼントしたらどうですか? 喜ばれると思いますよ」


 バートさんとお守りの話をしていると、ロルフさんが勧めてくる。エマがお守りをあげたこと知ってるくせに、と思って見ると彼はニヤニヤしていた。


「バートも愛する婚約者からもお守り貰いたいでしょ? いくつ持ってても良いものだろうし」

「ロ、ロルフ!」


 いくつ持ってても良いものねぇ。エマがあげたことは私は知らないことになっている。これはバートさんを揶揄っているんだろう。でも、それに私も乗りたくなった。エマにヤキモチを妬いているのかもしれない。


「いくつ持っても良いって、バート様は、お守りを他の方から貰ったのですか?」

「い、いや! 貰ったが、それは恋人ではなく……。妹! 妹のような子だ。無事を祈ってくれて嬉しかったから捨てるのは無理だが。俺は婚約者からのお守りが欲しい! ヘンリエッテから貰いたい!」

「バート様」


 バートさんが焦っている。また一人称が俺になっている。エマのお守りは捨てるとか言い出したらガッカリしていたかもしれない。バートさんなら、どちらも大切にしてくれるだろう。


「ロルフ様、そちらのお守りを一ついただけますか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 私はお守りを握りしめて、バートさんの無事を祈る。どうかバートさんが元気で健やかに過ごせますように。あと、ついでに私のことずっと好きでいてくれますように。祈りを込めた後、バートさんにお守りを渡した。


「バート様、どうか健康には気をつけてくださいね」

「ヘンリエッテ、ありがとう」


 バートさんは大切そうに懐にお守りをしまった。多分あそこには二つお守りが入っているはずだ。


「では、次の店に行こうか」

「ええ」


 お守りを買った後、少し店内のものを見てから、私たちは移動する。店を出るときにロルフさんに、バートさんに見つからないように、こっそりメモを渡された。後で一人になったタイミングで中を見る。


『エマちゃん、説明待ってるね』


 これは逃げられないな。



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