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10 嫉妬



 踊り終わってニコラスと別れて兄様を探す。探している途中に、目の前に男性が現れた。見上げるとバートさんがいる。えっ! なんでこんなところに? いつの間に王都に来てたの? 久々に会えて嬉しい。


「アルバート様、いつこちらへ?」

「今朝着いて、あなたが今日の舞踏会に出席すると聞いたので」

「そうだったんですね。お会いできて嬉しいです」


 嬉しそうに話す私とは対照的に、バートさんはどこか不機嫌そうだった。バートさんが私に手を差し出す。


「ヘンリエッテ嬢、私と踊っていただけませんか?」

「えっ?」


 真剣な顔でじっと見られて戸惑う。嬉しいけど、バートさんがなんだか怒っているようで気になる。私、何かしたのかな?


「よろしくお願いいたします」

「ええ」


 バートさんの手を取ると、彼はダンスフロアに向かう。そして、しっかりと私を支えて踊り始めた。


 触れている手に意識がいく。逞しい体が側にあるのだと思うと緊張する。鼓動が早くなっているのはダンスのせいだろうか。久しぶりで、しかも急に会ったので心が追いつかない。動きがぎこちないかもしれない。


「私と踊るのは嫌ですか?」

「そんなこと……。あの、緊張しています」

「不安で?」

「違います。久しぶりにアルバート様に会えてドキドキしてしまって……」

「そうですか」


 今まで厳しい表情だったバートさんが、嬉しそうに微笑んだ。機嫌直ったのかな?


「何か嬉しいことがありましたか?」

「あなたと踊っていることが嬉しいことですね」

「そうですか」


 緊張してステップを間違えそうだ。失敗した姿を見せたくないのでダンスに集中しようとする。でも、こんなに近くにバートさんがいるせいか集中しにくい。ニコラスと踊ってこんな気持ちになったことないのに。


「あの、緊張しすぎて転んだらごめんなさい」

「大丈夫。私が支えますよ。あなたに恥はかかせません」


 優しい言葉に安心する。バートさんは大きくて頼りがいのある人だ。そんなことを考えている間に曲が終わった。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、楽しい時間でした」


 バートさんにお礼を言って兄様を探す。バートさんは私の隣を歩き、一緒に兄様のところまで行ってくれた。


「ヘンリエッテ、おかえり。ボルグハルト様、妹をありがとうございました」

「いえ、私のほうこそヘンリエッテ嬢との時間をいただいて、ありがとうございます」

「いつ王都へ?」

「今朝ですね。ヘンリエッテ嬢に会いに行こうかと考えていたら、舞踏会に出席されると聞いたのでこちらに」

「そうでしたか」


 バートさんが兄様と話しているのを隣で聞いている。二人の仲が悪くなさそうで良かった。気が早いけれど、義理の兄弟になるからには仲良くして欲しい。


「ヘンリエッテ嬢、少し庭を歩きませんか?」

「ええ、喜んで」



 庭園は明かりが灯されていて、夜でも歩きやすい。月明かりもあり穏やかだ。


「こちらへの到着前に手紙を出したのですが、届くのが遅れていたみたいですね」

「急で驚きましたが、アルバート様にお会い出来たのは本当に嬉しいです」

「本当ですか? 私もヘンリエッテ嬢に会えるのが楽しみでした。離れている時間がとても長く感じましたよ」

「私もです」


 バートさんが離れている間も私と会いたいと思ってくれて嬉しい。バートさんは私を喜ばせる才能があると思う。ニコニコと喜んでいると、バートさんがまた不機嫌そうな表情になった。


「ところで、先程の男性はどなたですか? あなたとダンスをしていた方です」

「えっ? ニコラスですか? 彼は幼なじみで昔からの友人です」

「ニコラス、ですか……」


 あっ! しまった! 社交の場では様付けで呼ぶことにしていたのに、ついうっかり呼び捨てにしてしまった。バートさん気にしてないかな?と顔を見ると、ますます不機嫌な顔になっている。


「私はアルバート様なのに、彼のことは呼び捨てなんですね」

「ご、ごめんなさい。小さいころからの知り合いなので気安くしてしまって。アルバート様、気分良くありませんよね?」

「そうですね。しかも楽しそうにダンスして、耳元で小声で話してクスクスと笑い合って。まわりからもお似合いだと言われて」


 バートさんがどんどん暗くなっていく。これは駄目だ。ネガティブになってきている。


「アルバート様、彼は兄や弟みたいなもので、本当に何もありませんよ。私が好きな方はアルバート様だけですし。距離が近くて心配をおかけしたのは申し訳ございません。これからは誤解のないようにニコラス様との距離に気をつけますね」

「ヘンリエッテ嬢……」

「あの、よろしければバート様とお呼びしても? それなら私たちの仲ももっと近付くように思いますし。不安にさせてしまってごめんなさいね、バート様」


 私が呼び方を変えようと提案すると、バートさんは申し訳なさそうに私を見る。


「……すまない。こんなに自分が嫉妬深い人間だとは思ってもみなかった。ヘンリエッテ嬢が他の男性と話したり踊ったりするだけで、心が苦しくて苛立ってしまった。気を遣わせてしまって申し訳ない」

「いえ、私だってバート様が他の女性と踊っていたらヤキモチを妬きますわ」

「そうなのか?」

「ええ。私のバート様に近付かないで!と思いますもの」


 バートさんが幸せそうに微笑んだ。私のヤキモチが嬉しかったんだろうか。


「バートと呼んでもらえて嬉しい。私のヘンリエッテ、ありがとう」

「バート様」


 私のヘンリエッテだって! なんて素晴らしい響き。私のバートさんは最高だ。いつの間にか呼び捨てになっているのもときめく。嫉妬して不安になって、かなり年上の男性なのになんて可愛い人なんだ。


「私はあなたより年上だし、釣り合ってないといつも思っている。ヘンリエッテがいつか同じ年頃の男性を選んだらと思うと不安になる。こんなに狭量で重い人間ですまない。それでもそばにいてくれるか?」

「私はバート様がいいんです。私のほうが子供っぽいから捨てられたらどうしよう、といつも不安になっているんですよ。年齢は仕方ありません。いつまでも縮まらないですが、私のこと捨てないでくださいね」

「手放す訳がない。ヘンリエッテは私の唯一だから。ずっとそばにいて欲しい」


 バートさんに、ふわりと抱きしめられる。ずっとこの人のそばにいたい。そう思いながら彼の胸に頭を預けるのだった。



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