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第七話 道満さまのお話。

一生のほとんどを暗い土の中で過ごす、蝉たち。

つづみ姐さま曰く、土の中で十年あまりの長い年月を過ごすものもいるそうで。

一夏の命を精一杯謳歌しようとしているその姿に、胸を打たれないでは…ないのですが。

「ったく、今日もあっついのぉ…」

開き気味にした胸元を扇子でばさばさ扇ぎながら、つづみ姐さまがぼやきます。

「ただでさえ暑いというのに、蝉が五月蝿いと余計に怠さが増す。そう思わぬか?夢」

「そう…ですねぇ」

確かに、姐さまのおっしゃるのも一理あるな、と…つい、思ってしまうのです。

館の門前に打ち水をすると、瞬く間に微かな陽炎が立ち上ってすうっと涼しくなり、心地良い風が吹きますが…それもまた、一瞬のこと。

「ここらでぱあっと、涼しくなるような騒ぎでも起きんかの」

「物騒なこと言わないでくれない?」

不愉快そうに眉間にぎゅっと皺を寄せ、ゆづきさんがまっすぐこちらへ歩いていらっしゃいます。

「そんなに涼しくなりたいんだったら、街の広場へ行ってみたらいいじゃない」

遠い遠い北の街から、大きな氷の塊が届いたのです。

それは、『氷室』と呼ばれる冷たい洞窟の奥深くで保存されていたものだそうで。

幾つも立ち並ぶ氷の柱は、広場の空気をぐっと冷やし…街の皆さんに大層喜ばれているのでした。

「庄屋も考えたものだの。この暑さであれはかなりの宣伝になるだろうからな」

「そうねぇ。で、つづみは行ったの?氷はかなり大きいみたいだったけど…この暑さだもの、明日には溶けて無くなってしまうわよ?」

馬鹿馬鹿しい…とつぶやいて、姐さまは着物の裾をばさばさ煽ります。

「この暑い中、わざわざ街の連中がぞろぞろいるような所へ行くものか。どうせ芋洗いに混み合っておって、余計に暑苦しゅうなって帰ってくるのがおちじゃろが」

「そう…かしらねぇ」

そういえば…と、ゆづきさんが声を潜めておっしゃいます。

「その…氷なんだけど」

よくよく見ると、少々顔色が悪いように見受けられます。

「何か…おかしなものでも取り憑いているのですか?」

私の問いかけに…焦ったように笑って首を振り。

「いえいえ!取り憑いてるだなんてそんな…そんな…わけ、ないじゃない」

まるでご自身に言い聞かせるように呟いて、俯くゆづきさん。

ゆづきさんは人一倍に霊感が強いのだと、以前みこと姐さまに伺ったことがあります。

ですが………

彼女は人一倍に、怪談の類もお嫌いなのです。

ほぉ…といたずらっぽく目を細め、つづみ姐さまが彼女の顔を覗きこみます。

「本当かぁ?今の件は確実に、わしが言うた『ひやっとする話』に繋がっている気がするがのぉ」

「そっ…そんなんじゃ…ないわよっ」

ゆづきさんは首を横に向け、つづみ姐さまから目を逸らし。

何か声が聞こえたような気がしただけ、と…独り言のようにおっしゃいました。

「声…ですか?」

「………なんていうか…小さな女の子みたいな声が、ね」

ぱちん、と指を鳴らして、それは決まりじゃ!とつづみ姐さまが笑います。

「ゆづきに聞こえたというのならば間違いない!きっとその氷には、遊んでおって氷室に閉じ込められて死んだ女童の怨霊が取り憑いておるのじゃろう」

「ばっ…馬鹿なこと言わないでよ!!!そんなことあるわけないでしょーが!!!」

「いやぁそうとも限らぬぞ?なんせ百鬼夜行なんてものも実在しておるのだからなぁ」

「そっ…それは」

「そうと決まれば、のぉ夢!?」

「えっ………何でしょう?」

思わず嫌そうな声を出してしまう私にお構いなしで、つづみ姐さまは意気揚々とおっしゃいます。

「今夜、街の連中が寝静まった頃にその氷の様子を見に行こう!となれば案内も必要じゃ、ゆづき!ぬしも一緒に来てくれるのじゃろう!?」

「………あんた、何血迷ったこと言ってんのよ!?」

裏返った声で叫ぶ、涙目のゆづきさん。

「思い違いだって言ってるでしょ!?私絶対絶対、ぜーったい行きませんからね!!!」


………と。

そんな話をしていた矢先のことでした。

館の前の細い路地から、すうっと黒い影のような者が…姿を現したのは。

あれっ?と思った次の瞬間。

大きな黒い影の塊はぬうっと通りに踊り出ると。

私達の居る『めいぼくそう』の門めがけ…物凄い速さで飛んで来たのです。

ひっ…と小さく悲鳴を上げ、顔を強ばらせる姐さまに。

「………きゃああああ!!!」

ゆづきさんは…耳を劈くような悲鳴を上げ、取り縋ります。

逃げる暇もなく、悲鳴を上げる余裕もなかった私は…ただ、ぎゅっと体を硬くしました。

何なの?…これ。

みるみるうちに近づいてきた黒い塊が突如、大きな赤い口を開け。

飲み込まれる!と…思った。

その時でした。

「あんた達、お退き!!!」

門の奥から走り出てきた杏珠さまが、私達を後方に突き飛ばし。

長い呪文を素早く唱え。

「往ね!!!」

黒い塊に…黄色いお札を突きつけたのです。

すると。

大きな影の塊は、先程の陽炎のように…

しゅうっと空気に溶けて消えてしまいました。

それは…ほんの一瞬の出来事で。


「夢っ!?大丈夫か!?」

つづみ姐さまに体を揺さぶられ…はっと我に返ります。

「だ………だい…じょうぶです」

震える声で答えると、はあ…と姐さまは大きなため息をつきました。

「ぬしは…立ったまま気を失っておったのか?」

「ち…違います!ちゃんと…見ておりました」

ゆづきさんは………

地面にぺたりと座り込み、がくがく震えておられます。

騒ぎを聞きつけた街の人々が、どこからともなく集まってきて。

「一体何事だ?」

「何か…妙なものが今、ここを通ったように見えたが」

「いや…一体あれは何だ?」

ざわざわと…黒い影の化物の噂をしていらっしゃいます。

杏珠さまは、興味津々の街のみなさんを冷たい目で一瞥すると。

低い声で、人ごみの奥の方へ向かい…おっしゃいました。

「隠れてないで出てきたらどうだい!?道満」

すると。

沢山の人の向こうから、愉快そうな笑い声が聞こえてきて。

「いやはや、見抜かれておったとは…さすがは杏珠じゃ」

人ごみをかき分け、現れたのは…

小柄な、年老いた一人の男性でした。


杏珠さまのお部屋で、二人は黙ったままじっと向い合っておられます。

「あの方は…どなたですか?」

襖の隙間から盗み見て、私は声を潜めて姐さま方にお尋ねします。

「いや…わしは知らぬ。みことはどうじゃ?」

「いえ………私も初めて会うわ、あの人」

「随分と、立派なご身分になったものじゃないかね、杏珠。あんなにべっぴんな占い師を三人も弟子に持つなんざ」

「…普通に占い師稼業やってりゃ皆こうさね」

「師匠はどうしておられる?相変わらず山奥の隠居生活か」

「…まあ、お変わりはないようだが?」

「年はとりたくないものじゃのう。あのようにお力のあった方が今では見る影もない。もう占いやまじないはは一切なさっておらぬのか?」

「…さあね。気になるなら自分で様子を見に出向いてはどうかね。きっと師匠もお喜びになるであろう」

冷たいのぉ、と嘆くようにおっしゃる道満様をじろりと見据え。

杏珠さまは…目の前の畳をどん、と叩きました。

「そりゃあ命の次に大切な水晶玉を、一番弟子が盗まれてしまったんだからね!それ以来すっかりお気を落としてしまわれて…今じゃ、あの有様だ!お前さんは一体誰が原因だと思ってるんだい!?」

男性は大層驚いたようで、言葉を失い目を丸くなさいましたが。

すぐに…大きな口を開け、けたけたと笑い始めました。


占い師は、一人前になると同時に師匠から水晶玉を贈られるのが習わし。

占いを続ける限り、同じ水晶玉をずっと使い続けるのです。

占い道具を丁寧に扱わねばならぬのは言うまでもないが、特に水晶玉は自分の命のように大事にしなければならない…と、杏珠さまにいつも言われております。

それに、使い込まれた水晶玉には、占い師の魂が半分移ってしまう…とも。

ですから、占い師をやめる…という時には、愛用の水晶玉を特殊な石の上に落として粉々に割ってしまうのが習わし。

そうすることで初めて、『占い師という業』から自らを解き放つことが出来るのだそうです。

『業』…というのも、私にはまだよく分かりませんが。


「あのじいさん…占い師なのか?」

訝しげに目を細めながら、つづみ姐さまが呟きます。

…そういえば。

「男の人でも占い師になれるんやね…」

初めて見たわ、とみこと姐さまも目を丸くしておられます。

「いや…祈祷師とか陰陽師とか、別の類のものじゃろ。女でなくば占い師にはなれぬはず」

「けど…水晶玉がどうとか、て」

相変わらず、杏珠さまは怖い顔で件の男性と向きあっておられます。

あんなに杏珠さまが感情を露になさることは、本当に珍しいことでありまして。

こんな風に戸惑っておられる姐さま方の姿も…普段お見かけする機会はございません。

と。

私たちが覗いている襖の隙間から、みゃあ…と呑気な声をあげながら、みとが杏珠さまのお部屋に入ってまいりました。

こら、みとっ…と呼んでみるものの、彼女は我関せずといった風。

男性が愉快そうな目をみとに向け…おっしゃいます。

「これはこれは、お主んとこじゃ飼ってる化け猫まで雌なのかい」

…ぎょっとして。

私は思わず襖の影から飛び出して、みとを捕まえに参ります。

しゃがみ込んでみとを抱きかかえる私を見下ろして…男性はにやりとなさいます。

「おやまぁ、隠れるのはもう止めたのかい?お嬢ちゃん」

少し背筋が寒くなるのを感じながら…

私は自分に喝を入れ、きっぱりと申し上げました。

「みとは化け猫なんかじゃありません」

「…ほう」

「ほら、よくご覧になってください!ごく普通の、どこにでもいる三毛猫なんですから」

男性はきょとんとした目のみとをじっと見つめ…ちょん、と鼻を突付きます。

すると。

体の重みはそのままに…

みとの姿がふっ…と見えなくなってしまいました。

「えっ!?」

手や腕には…みとを抱いている手応えがあるのに。

「…これは」

「貴様っ、みとに何をした!?」

襖を開け放ち、つづみ姐さまが怒鳴ります。

「ちょっと、つづみ」

「うるさい、みことは黙っておれ!みとはわしらの大事な家族なのじゃぞ!?それを」

と………

みとのいなくなった空間から、みゃあ、という呑気な鳴き声が聞こえてまいりまして。

男性は動揺する私たちを見て、げらげらとお腹を抱えて笑い出し。

「ほうれ見よ、やはり化け猫だったではないか!」

みとに化人さまの姿を見えなくする術を掛けたのだと、得意げにおっしゃいました。

………そんな術、初めて見た。

と、申しますよりも…

みとの『正体』を見破った方は、たとえ名のある占い師さまでも…今までいらっしゃらなかったのに。

自分の姿が消えてしまっていることに気づいてか気づかずか、みとはみゃあみゃあと鳴き続けております。

真っ赤な顔でぐっと生唾を飲み込み、つづみ姐さまはみとのいる場所を指さしました。

「で…その術はどうやったら解けるのじゃ!?早うみとを元に戻さぬか!?」

「まあそう怖い顔をするでないわ。綺麗な顔が台なしじゃぞ」

「なんだとこのクソジジイが!!!」

「ちょっと、それは言い過ぎやないの?」

「だぁらみことは黙っておれと…」

「その…つづみにみことと申したかの?」

「…ああ」

不敵な笑みを浮かべる男性に、意気を削がれたご様子のつづみ姐さまが頷きます。

「のうつづみ、お主はわしをクソジジイと申したな?」

「………だから、何じゃ?」

つづみ姐さまの答えに突然笑い出した男性をじろりと一睨みして。

杏珠さまが…呆れ顔でため息をつきます。

「つづみ…男の占い師がいるなんて、一体誰に教わったんだね?」

「…ええ。ですが………まさかっ」

心臓が止まるかと思うほどの大声で、つづみ姐さまが悲鳴を上げます。

「こやつ………女なのですか!?」

けらけら笑い続ける…『女性』に、また面倒そうな視線を投げ…杏珠さまが頷きます。

「まあ………『元』と言ったようが正しいのかもしれないがね。道満は…私の姉弟子だよ」


道満さまは、占いの術を使って今のお姿になられたのだそうです。

そんなことまで出来るなんて…

占い師の力というものに、底の知れないものを感じます。

「しかし…何故男性になろうだなんて思われたのですか?」

透明なままのみとを膝に載せ、そんな風にお尋ねいたしますと。

道満さまはにやりと歯を見せて笑い…私をご覧になりました。

「夢の…お主は男になりたいとは思わぬのか?」

「…ええ」

信じられぬ!と大きな声でおっしゃって、道満さまは目を大きく見開いておられます。

「おなごというものは色々と不便ではないか!いつも男の後をついて歩かねばならず、地位も権力も皆、おなごには無縁のもの。いわばおなごは男の所有物だ、男の劣化した生物だ。そうは思わぬか?」

「………そうでしょうか」

「そうじゃよ。だからわしは、おなごであることを止めたのさ」

だから…って。

呆然と見つめる私や姐さま方を見渡して、道満さまは依然高らかに笑っておられます。

「おぬしら、男はいいぞぉ!酒も煙草も好きなだけ嗜める。化粧なぞせずともよいし、髪や着物や…色んな身なりを気にすることもない。それに…」

そして、ぐっと声を潜め…人差し指を立て。

「おぬしらには分からぬであろうが………男の手で触れる若いおなごの肌というのは…また格別でのぉ」

………ぞくっ。

「きっ…きっ………きさまっ…おなごを…抱く…のかっ!?」

仰け反ったつづみ姐さまが、裏返った声で叫びます。

さすがのみこと姐さまも、口に手をあて…青い顔で言葉を失っておられます。

道満さまは………

予想通りの反応だったようで、さぁどうかのう、とけらけら笑っておられます。

「どう…どうかのうではない!何と言うか………そっ、そうじゃ!…貴様のような小汚いじーさんに抱かれる娘なぞ、一体どこに」

「知らぬのか?世の中にはわしのような小汚いじーさんに抱かれることを生業としている娘衆もおるのじゃぞ?それに、おぬしには申し訳ないがわしは意外にもててのう。金もあって偉い占い師様とあれば、別嬪さんが向こうから言い寄ってくるわい」

「けっ…けしからん!そんなものは………」

真っ赤な顔で怒鳴る姐さまを、道満さまはにやりと笑ってご覧になります。

「なんじゃなんじゃ…生娘のように動揺しおって。おぬし、見かけによらず初心じゃのう」

「………なっ!?なんだと!?」

怒り心頭に発し掴みかからんばかりのつづみ姐さまの体を、みこと姐さまが背後から必死で押さえておられます。

「離せみこと!こんな無礼なことを言われて黙っておれるか!?」

「ええから!ちょっと落ち着きなさいて」

「ええい離せ!このクソジジイが何を」

その時こほん、と大きな咳払いが響き。

部屋がしんと…静まりかえりました。

引き攣ったこめかみに手をやり、杏珠さまが低い声でおっしゃいます。

「道満…いい加減に、うちの若いのをからかうのは止めてくれないかい?」

しかし。

道満さまに悪びれるご様子は一切ございません。

「気に入った」

「…何だって?」

「杏珠が弟子を持ったというので、いつか見に来ねばとは思っておったが…石頭の杏珠の弟子の割には、なかなかどうして面白い娘達ではないか」

『石頭』がお気に障ったのか、杏珠さまのこめかみがまたひくっ…と動きます。

「どうじゃ、一つ…勝負をせぬか?」

「…勝負?」

「実は、今日参ったのは他でもない…珍しいものが手に入ったのでおぬしに見せようと思うてな。だが、ただ見せるのではつまらぬ」

立膝をついた道満さまは、膝頭をぽんと叩きます。

「そこで、おぬしの弟子の占い師どもじゃよ。わしの宝はこの街の、とある所へ隠してある…こやつらに見つけ出すことが出来たなら、それをおぬしに進ぜようではないか」

杏珠さまは呆れ顔でため息をつき、髪に手をやります。

「お前さんの宝なぞ…どんなものかも分からぬうちから、欲しがる輩がどこに」

「もし、明朝までに見つけ出すことが出来なんだら」

道満さまは、にやりと笑い舌なめずりをして。

低い声で…おっしゃいました。

「この街に…かわずの雨を降らしてやろう」

思わず…息を飲みました。

かわずの…雨。

想像しただけで、背筋がぞぞぞ…と寒くなります。

「どうじゃ?杏珠。乗るか乗らぬか、決めるのはそなたじゃぞ」

訝しげな目つきで…杏珠さまはしばし、道満さまを見据えておられましたが。

「つづみ、みこと、それに…夢」

私たちははっとして、はい!と声を揃えてお返事いたします。

「どうだい?この勝負…受けるか受けぬか。あれはああ言っているが…私はお前さん達に任せようと思うが」

「お受け致します」

間髪入れず、厳しい表情のつづみ姐さまがおっしゃいます。

ちょっと姐さま…と袖を引く私など、視界の隅にも入らないご様子。

「ご安心を。決して、杏珠さまに恥をかかせるようなことはいたしませぬ故」

そのお返事に一切表情を変えない杏珠さまと、手を叩いて笑う道満さま。

「…つづみっあんた」

「つづみ、本当にいいのだね?」

「お任せください」

「つづみ姐さまっ!?」

「これは愉快愉快!本当に受けるとは思わなんだ…つくづく面白い娘じゃわい」

「黙れ生腐占い師が!」

そう。

つづみ姐さまは…一旦口に出したことを、周囲が止めたからと言って引っ込めてしまうような方ではないのです。

「相当な自信のようじゃが、おぬし…もし出来なんだら、師匠の顔に泥を塗ることになるのじゃぞ?」

「ぬかせ!ぬしの妖しい術を見抜くのなんぞ朝飯前じゃ。もし出来なんだら、かわずの雨の降る表で裸踊りでも何でもしてやるわ!」

「これこれ…生娘が裸踊りなどとはしたないことを申すものではないぞ」

「うるさい黙れ!!!」

だん、と足を踏み鳴らし。

拳を握り、鼻を膨らませて…つづみ姐さまは高らかに宣言なさいました。

「ぬしの宝、このつづみが夜の明ける前に見つけ出してくれる!!!」


道満さまが楽しそうに体を揺すりながら、赤い夕日の中に消えて行くのを見送り。

「あんな安請け合いして…良かったのかい?つづみ」

杏珠さまがぽつり、とおっしゃいます。

当然です!と自信満々のつづみ姐さまに…

私は、ふと頭に浮かんだことをお尋ねしました。

「その…つづみ姐さま」

「なんじゃ?夢は不服か」

「いえ、そうじゃないんですが、あの………この勝負、道満さまは何も損をなさらないのではありませんか?」

「………何?」

「だって…宝とおっしゃってましたけど、ついこの間手に入れたものなのでしょう?それなら惜しいと言っても懐が痛むようなものではないでしょうし」

それに、先程杏珠さまがおっしゃった通り、どんなものかも分からないのです。

もしかしたら『宝』というのは名ばかりで、厄介事を杏珠さまに押し付けようとなさっただけ…ということも考えられるのではないでしょうか。

そう申し上げますと…つづみ姐さまの顔が青くなり、先程までの威勢がみるみる萎んでいくのが見て取れました。

いつの間に術が解けたのか、姿を現したみとがみゃあ…と大きな欠伸を一つ。

呆れ顔でため息をつく杏珠さまを見て…姐さまは弁解するように慌てておっしゃいます。

「まっ…まあ………私たちが勝てばあいつに吠え面をかかせてやることは出来るし…要は負けさえせねばよいのだ。なっ、夢!そうじゃろ!?」

「………そうですね」

そうと決まれば話は早い、と私の腕を掴んで館の戸口へ向かうつづみ姉さまでしたが。

「………みこと」

「…なっ………何?」

「何?じゃなかろう。早くせねば夜になってしまうぞ?」

「…私も…行くの?」

「………何を言うておるのじゃ!?当たり前じゃろ」

冷めた目をした杏珠さまと、訝しげに眉を顰めるつづみ姐さまに…

体を縮めて手にした水晶玉に身を隠すようにして…みこと姐さまはか細い声でおっしゃいました。

「私………蛙…駄目やねん」


勢い込んで、街へ飛び出した私とつづみ姐さまでしたが…

突然持ち上がった『宝探し』は、困難を極めるものとなりました。

なんせ『宝探し』の『宝』がどのようなものか、何の手がかりもないのです。

どんな大きさのものなのか、どんな形のものなのか…

敵は自称『偉い』占い師さまですから、捜し物はつづみ姐さまの水晶玉にも映りません。

とりあえず姐さまの『占い師の勘』とやらに従って、東に向かって走りましたが。

それらしいものはこれといって…見つからず。

「あの派手好きそうなじじいのことだ、きっと目立つものに違いない!」

気を取り直した姐さまの次の直感を頼り、手分けして町中を探しまわることにいたします。

私は南から時計回り、姐さまは反時計回りに。

背中合わせに立って、ふう…と大きく息を吸い込みました。

「よいか夢!普段見慣れぬものがあったらすぐ、私を呼ぶように」

「はい!」

「それは何か馬鹿でかいものかもしれんし、金か何かのようにきらきら光るものかもしれんし…とにかく何だか分からぬが、神経を研ぎ澄まして臨むのだぞ!」

「はい!」

よし、と大きく頷いて。

つづみ姐さまは勇ましい声で叫びました。

「では、解散!!!」

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