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第三話 桜の季節のお話。

街は一面、春景色です。

「ええ気候になったなぁ」

穏やかな陽の光に目を細め、気持ちよさげにつぶやく、みこと姐さま。

天井に向かって大きな欠伸をして、つづみ姐さまは気怠い声を上げています。

「今日は開店休業じゃな」

そう。

麗らかな春の休日、『めいぼくそう』には閑古鳥が鳴いていました。

私は頷いて…そうだ!と小さく手を打ってみます。

「お花見に行きませんか!?今日はいいお天気で、桜も満開ですし…」

一瞬瞳を輝かせたものの、すぐに渋い顔になって、だが…とつづみ姐さまがぼやきます。

「杏珠さまは…何とおっしゃるかの」

「そやねぇ…杏珠さま次第ってとこかしら」

「………そうですよね」

三人顔を見合わせ。

つづみ姐さまの表情も、きりっと引き締まって。

日向ぼっこをしていたみとが、みゃあ…と一つ欠伸をしました。

「じゃーんけーん…」

歌うようなみこと姐さまの声が響き。

「ぽん!!!」


勢い良く出された、三人の手。

勝敗は………一目瞭然でした。

やーった!と指を鳴らし、つづみ姐さまは私の肩をぽん、と叩きます。

「じゃあ夢、頼んだぞ!」

「………私…一人で行くんですかぁ?」

「まぁまぁ…夢、杏珠さまに弛んでるって叱られでもしたら、二人で慰めたげるから」

にこにこしている二人の姐さまに、思わず愚痴がこぼれます。

「お二人とも…私が何出すか、読んでらっしゃったんでしょ?」

意味深な笑みを浮かべ、みこと姐さまは唇に指を当てました。

「そやねぇ…まあ、占い師やし、私達」

「そーそ。分が悪いの承知で乗ってきた夢が悪かろ」

「…もう!姐さま達の意地悪!!!」


がちがちに緊張して訪れた杏珠さまの部屋からは、一本の古い桜の木が見えました。

「…花見だって?」

「………はい」

桜は今を盛りと咲き誇り、淡い桃色に染まっています。

「今日はお客さまもいらっしゃいませんし…」

「…そうだねぇ」

『桜ならここにもあるじゃないか!』と…怒鳴られるのではないかと思ったのですが。

杏珠さまは予想外に、にっこり笑っておっしゃいました。

「まあ、いいだろ。明日には天気も崩れそうだし…三人で行っておいで」

「…よろしいんですか!?」

ああ…と頷く杏珠さまは、とってもご機嫌なご様子。

やはり春の陽気と桜の威力はすごい…と、思わず感心してしまいます。

「では…行って参ります!」

杏珠さまのお気持ちが変わる前に…と、ぺこりと頭を下げ、お部屋を辞した私の背中に。

夢、と…お声が掛かりました。

「…何でしょうか?」

「『桜切る馬鹿』という言葉を、聞いたことがあるかい?」

『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』

桜は古枝ほどよく花をつけ、梅は新しい枝ほどよく花をつけるのだとか。

以前、みこと姐さまに伺ったことがあります。

でも………

一体何故、そんなお話をなさるのか。

不思議に思いながら頷く私に、杏珠さまはにやりと笑っておっしゃいました。

「いいかい、夢…何か困ったら、物事をひっくり返してみるのも大事だよ」


桜並木の河原は、大勢の花見客でごった返していました。

桜舞い散る、長閑な昼下がり。

ほろ酔い大人達と、はしゃいで駆け回る子供達。

敷物を広げて、鼾をかいて寝ている中年の男性を眺め、つづみ姐さまがため息をつきます。

「やれやれ…風情も何もあったもんじゃないな」

「…そう?これはこれで、ええもんやない」

ゆっくり髪を掻き上げるみこと姐さまの言葉に、私も同意して頷きます。

こんなに街の皆さんがのんびりしてらっしゃる光景、なかなか見ることは出来ません。

何と申しましても、『めいぼくそう』を訪れるお客さまは多くが悩みを胸に秘め、暗いお顔をされていますから…こういう風景を見ると、何だかほっとしてしまうのです。

呆れ顔で私達も見て、つづみ姐さまは頭をかきました。

「ぬしらは…どうもお人良しじゃのう」

私にはそうは思えない、とつぶやいて、姐さまは桜の下を歩き始めます。

「あ、待ってください!つづみ姐さま!」

頭上に広がる桜色の世界。

お腹の底から嬉しくなって、足取りはどんどん軽くなります。

こんなに素敵な春の日。

きっと今日みたいな日は、みんな辛いことも悲しいことも忘れてしまうのでしょう。

悩んでる人なんて、きっと今日は一人も………


「夢ちゃん?」

ふいに掛かった声に振り返ると、そこには…

小さな坊やの手を引く、ゆづきさんの姿がありました。

心底困り切った様子で、眉間に皺を寄せています。

「どうか………なさったんですか?」

「…それが」

ひゅうと口笛を吹いて、つづみ姐さまが可笑しそうに尋ねます。

「なんじゃ?そのちび助………まさか、お前の隠し子か?」

「馬鹿!!!そんなわけないでしょ!?」

鬼の形相で怒鳴るゆづきさんに、坊やは…堰を切ったように泣き出しました。

「あっ…あら?」

周囲の人が驚いた様子で立ち止まり、私たちを不思議そうに見ています。

ゆづきさんは顔を真っ赤にして…懸命に坊やをあやします。

「ねぇ…急に怒ったりしてごめんなさい…だから…ね?ご機嫌直してよぉ…」

ゆづきさんの困り果てた姿を見て、けらけら笑うつづみ姐さまを…今度は私とみやこ姐さまが、呆れ見つめる番でした。

はぁ、と大きくため息をついたゆづきさんの傍らで、大声で泣いている坊や。

どんなに宥めすかしてあやしてみても、泣き止む気配はありません。

どうしたものか…途方にくれはじめた、その時です。

坊やの小さな身体が…ふわりと宙に浮きました。

「…え?」


「よーし、これでどうだぁ」

いづこさんがにこにこ笑って、坊やを高く抱き上げます。

すると。

坊やはぴたりと泣き止んで、楽しげな歓声を上げ始めました。

「………いづこ」

呆然とつぶやく…ゆづきさん。

「男なら、そんなに泣いてお姉さんを困らせちゃ駄目だぞ」

いづこさんが優しい眼差しで、諭すように言い聞かせますと。

坊やは、うん!と明るい声でうなずきました。

ほぉ…と感心した様子でつぶやくみやこ姐さまに同意して、私は大きく頷きます。

いづこさんって…すごい。


坊やは桜並木の下で、迷子になって泣いていたのだそうです。

道場に敷かれた布団で、すやすや寝息を立てる坊やをちらりと見て…ゆづきさんはまた、困ったようにため息をつきました。

「おうちはどこ?お父さんとお母さんは?って聞いても…あの子、何も答えてくれないんだもん。どこから来たの?って聞いたら…」

彼女は、窓の外の桜の木に目をやります。

「…あれ」

「…何じゃ?」

「桜の木!何か…桜指さしてさぁ………あっちあっちって言うんだもん。私困っちゃって」

………桜の木。

そうかそうかと頷いて、いづこさんはいたずらっぽく笑います。

「それにしても意外だったなぁ…ゆづきって小さな子供苦手なんだね」

不本意そうに、ぐっと眉を寄せるゆづきさん。

「………だって」

「みことあたり、子供あやすのなんて朝飯前って感じするけど…駄目だなぁ、みんな」

いづこさんの笑い声に、ちょっとだけ傷ついて…

私は、道場の板張りの床に視線を落としました。

「そんなもん、出来る必要がないじゃろ」

口を尖らせるつづみ姐さまに、いづこさんは愉快そうにおっしゃいます。

「まぁ、今はそうかもしんないけどさ。みんなそんなんじゃ、お母さんになった時大変だぞぉ」

う………と、絶句して凍り付く、つづみ姐さまとゆづきさん。

そして、やや不快そうにこめかみを引き攣らせ、みこと姐さまが静かに笑いました。

「お母さんになる予定なんて…しばらくないし?…お生憎さまや」


眠っている坊やをいづこさんに託し、ゆづきさんはお母さん探しに出掛けていきました。

私達も彼女のお手伝いをしようと、道場を後にします。

そして………

「あの…つづみ姐さま?」

遠慮がちに声を掛けた私を…

姐さま達は、目を丸くして見つめました。

「なんじゃ、夢…気づいてたか」

「あら、感心…あんたも成長したんやなぁ」

私は、みとを連れて来なくてよかった…と思っていたのです。

みとがいたらきっと………

あの子に噛みついて、余計に泣かせていたでしょうから。

「化人さまの子供ですよね、あの子」

ふむ、と腕組みをするつづみ姐さま。

「ゆづきの話から察するに…ありゃ、桜の子なんじゃろな」

「桜の…精ですか?」

「ああ、おそらく…間違いなかろう」

「…こんな陽気やしなぁ」

咲き乱れる桜を見上げ、みこと姐さまは憂鬱そうにため息をつきました。

「ついうっかり、こんな真昼間に…親とはぐれて出てきてしもたんやろけど」

「お母さんの所へ帰してあげる方法…ないんでしょうか?」

うーん…と、小さく唸って。

つづみ姐さまは、胸元から首飾りを取り出しました。

先端には、占いに使う水晶玉をうんと小さくしたような透明の石。

これはつづみ姐さまお手製の、持ち歩き出来る水晶玉なのです。

陽の光に照らしながら、何か呪文を唱えるつづみ姐さま。

ですが………

眉間に皺を寄せたまま、しばらく考え込んだ後。

「駄目っ」

途方にくれた様子で、姐さまは大きく首を振りました。

「何も…見えへんの?」

「映るのは…あれ」

紅色の石がついた指輪の光る白い指で、姐さまが指し示す方向を見ますと。

「桜の木………ですか」

じゃあ…あの子がゆづきさんに言ってたことは、やっぱり本当だったのね。

「どないする?やっぱし、杏珠さまに相談した方がええやろか?」

「そうじゃなぁ…」

深刻な表情のお二人に…私は恐る恐る、尋ねます。

「あの…」

「なんじゃ?夢」

「あの子が、桜の化人さまの所へ帰れなかったとしたら…何か、良くないことでも起こるのでしょうか?」

難しい顔で天を仰ぐ、つづみ姐さま。

「まぁ…はっきりとはわからぬが」

「どこかに…ひずみは出て来るやろね」

ひらひら舞い散る桜の花びらを手のひらに受けとめ、みこと姐さまがつぶやきます。

「あの子探して…桜が季節の移ろうの、止めてしまう可能性もあるし」

「…と、おっしゃいますと?」

「桜は春を保とうとして…咲いて咲いて、力の限り咲き続けて………」

狂ったように咲き続ける、桜の花が脳裏に浮かびます。

目眩を起こしてしまいそうな、その想像を打ち切るように…

みこと姐さまは物憂げな瞳で私を見つめ、手のひらの花びらを…ぱっと宙に放りました。

「………?」

「もし、そうなったら…桜は………一斉に枯れてしまうやろね」

「………そんな」

「ああ…自分の命を使い果たしてしもうてな」

同意するように、つづみ姐さまも低い声でつぶやきます。

そんなこと………

大変だ。

「探しましょう!」

突如叫んだ私を…

姐さま二人は、目を丸くして見つめています。

「だってそんなのっ…あの子も化人さまも可哀想すぎます!それにっ…街の皆さんは毎年、桜が咲く季節を楽しみになさってるんですよ!?だからっ………早くあの子を、お母さんの所へ帰してあげなくちゃ」

「けど………どうやって?」

みこと姐さまの問い掛けに…言葉を失います。

呆れ顔の姐さま方に、照れ笑いをして…

私は頭を掻きました。

「やはり………杏珠さまにご相談するのが…一番ですねっ」


ところが。

館に戻ると、杏珠さまの姿はどこにもありませんでした。

代わりに、お部屋の机には

『出掛けてくるので留守番頼む』

という…置き手紙が。

杏珠さまの達筆が走る薄い和紙をひょいと摘んで、ふむ…とつづみ姐さまが唸ります。

「どうやら…春の陽気が、杏珠さまの悪癖を呼び覚ましてしまったようだの」

杏珠さまは時々、こんな風にふらりとお出かけになるのです。そして、風の向くまま気の向くまま…いつお戻りなるかは、きっとご本人すらご存知ないのでしょう。

「困ったなぁ…どうしたもんやろ」

ぎゅっと眉をしかめ、みこと姐さまがおっしゃいます。

「すぐ…お戻りになるといいんですけど」


ところが…というか、案の定というか。

杏珠さまはなかなか帰って来られませんでした。

ゆづきさんのご苦労も空しく、坊やはおうちに帰ることが出来ず。

桜は…冷たい雨にも強い風にも負けず咲き乱れ。

その姿はまるで、迷子の坊やがいつ帰って来てもいいように、戸口で待ち続けるお母さんのようでした。

「いよいよ…困ったことになったな」

水晶玉を撫でながら、つづみ姐さまがおっしゃいます。

私は頷いて、庭の桜の古木に目をやりました。

さすがに放ってはおけぬと、つづみ姐さまもみこと姐さまも、八方手を尽くしてくださったのですが…

「やっぱり…杏珠さまをお頼りするしかないのでしょうか」

庭の桜は、満開の中にも…どこか疲れを覗かせています。

木肌に艶がなく、花の色も褪せてきているよう。

「一刻も早く手を打たねばと思うのだが、一体…どうしたものかの」

「………そうですね」


坊やはお母さんが見つかるまでの間、いづこさんの道場でお世話になっています。

ゆづきさんや私達にもすっかり打ち解けてくれ、街の子供達とも元気に遊んでいるのですが………

時折ふと…淋しげな目をして、桜の花を見るのです。

「おうちはどこか…思い出せない?」

尋ねる私に、困り顔で首を振る坊や。

あちらこちらで、桜の木に声を掛けてみるのですが…私もまだまだ未熟ゆえ、なかなか答えてはもらえないのでした。

どうしたらいいのかしら…

誰か…一人でも良いから、桜の化人さまが私達に気づいてくれたなら。

坊やのお母さんを捜すことも、きっとそう難しいことではないはず。

………そう。

気づいてさえもらえれば。


丁度あの頃も、桜が満開の美しい季節でした。

『夢!?』

何をしてるんだい?と…杏珠さまが下から見上げていらっしゃいます。

『女の子が木登りなんてはしたない、怪我でもしないうちに早く降りておいで』

私は答えず…せり出した太い枝にしがみつきました。

『そんな高い所にいたら、街中からまる見えじゃないか。あの子は何をしてるんだと、みんなの笑い者になってしまうよ?』

…それでもいい。

ここにいれば…お母さんも、きっと私を見つけてくれる。

そしたら…お母さんと手をつないで、一緒におうちに帰れるんだ。

そんな風に思いながら………

私は日が暮れるまで、街で一番背の高い木の上で過ごしたのでした。

あの日木の上で見た、燃えるような夕焼けは…


「…お姉ちゃん?」

坊やに呼ばれ、慌てて悲しい回想を断ち切ります。

目の前には、力いっぱい咲く桜の木々が見えます。

それも、美しいことには間違いないのですが…

街の外れにある、大きな桜の古木。

長く伸ばした枝いっぱいにほの紅い花をつけた姿は見事で、街の皆さんもお花見の折は、その桜まで足を延ばすのが常だそうです。

長い長い年月、街の皆さんと共に春の喜びを分かち合ってきた桜の古木。

きっと…街のことなら、何から何までご存知なのでしょう。

何から何まで………

………そうだ。

「いづこさん!」

私は道場でお仕事中のいづこさんに、お母さん探しの手掛かりが見つかったことを告げ、坊やの手を引いて…桜の許へと向かいました。


空はもう、夜の訪れを告げる藍の色に染まっておりました。

街の外れのその場所は、人の気配もなく静まり返っております。

深呼吸をして。

まずは…一声。

「化人さま!おられるのでしたらどうかお答えください!」

いつものように、桜は黙して語る気配がありません。

ですが…落ち込んでいる場合ではありませんので。

手の届く高さに伸びる細い枝を…ぎゅっと握りしめます。

「お答えいただけないのなら…」

さぞや桜は痛かろう…と想像すると、ひどく胸が痛みますが…

ここは一大事。仕方がありません。

ちょっとだけ…我慢してね。

「これで………どうです!?」


ばきっという、痛々しい音と共に…

眩しい光が周囲を包み込みました。

堰を切ったように泣き出す…坊や。

と………

『桜を折るうつけは…そなたか?』

現れたのは…白髪の老人でした。

腰は曲がり、髭は地面につくかという長さです。

白い着物はほのかな光を放っており…

今まで幾人かの化人さまにお目にかかりましたが、ここまで威厳のある方は…初めてでした。

化人さまは長い髭を一撫でし、しわがれた…でもよく通る声でおっしゃいます。

『これは…誰かと思えば、坊ではないか』

「この子を…ご存知なのですか!?」

『無論じゃ。ふらりとどこかへ出掛けたまま幾日待てども戻らぬ故…一族総出で探しておった』

と………

「お母ちゃん!」

坊やが叫んで…駆け出しました。

向かった先には。

透き通る程白い肌の…女の化人さまがいらっしゃいます。

坊やをぎゅっと抱きしめると…化人さまは目に涙をいっぱい溜めて、じっと私をご覧になり。

深々と頭を下げられました。

慌てて私も、ぺこりとお辞儀をいたします。

『おぬし…杏珠の処の見習いか』

「は…はいっ」

白髭の化人さまはにやりと笑い…見事、と誉めてくださいました。

「また遊ぼうね!お姉ちゃん!!!」

今までに見たことがない楽しそうな笑顔で、坊やは大きく手を振っています。

私も嬉しくなって、笑って手を振り返しました。

「勿論!いつでも遊びにいらっしゃい。でも…もう、迷子になっては駄目よ」

坊やの明るい笑い声と共に、化人さま達の姿は光の中に消えていきました。

そして………


それは、この世のものとは思えぬ…美しさだった。

満開の桜が一斉に散り…

街中が薄紅の嵐に包まれたのだ。

宵闇を照らす月明かりを受け、無数の花びらはきらきら光っており。

思わず…ため息が零れる。

「夢の奴…うまくやったようだな!」

まるで我が事のように…嬉しそうに笑うつづみ。

「つづみ、みこと、見て見て!あんまり綺麗で私…息が出来なくなっちゃいそう!」

ゆづきがはしゃいで走り出し、すかさずつづみが茶々を入れる。

「うぶな小娘のような事を言うでないわ!気色が悪い」

「…何ですって?」

「まあまあ…せっかくこんなにいい夜なんだから、二人もたまには仲良くしなよ」

呆れて笑ういづこに悪態をつき、つづみが私の傍に戻ってくる。

「杏珠さま…何か言っておられたか?」

「え?…いいえ。ただ、長旅はしんどうて体に堪えるて」

「そうか………」

低い声で呟いて、不意に真面目な表情になり…青白い月を見上げる、つづみ。

「ではやはり………手掛かりなし、ということか」

「…そやね」

杏珠さまの水晶玉にも映らないなんて…流石としか言いようがないけど。

「困ったもんやな…姐さんにも」

「ああ…全くだ」

まあ…困った人なのは、今に始まったことじゃないけど。

「性分なんやろな」

「………そう…皆言うがな」

ぎょっとした顔で…つづみが私の肩を掴む。

「お前まさか…良からぬことを考えとらんだろうな!?」

騒ぎを聞きつけ…ゆづきがすごい形相で走ってきた。

「みこと!駄目!」

彼女が大袈裟に首を振ると、艶のある長い黒髪がふわふわと揺れる。

本人が全く気づいていない風なのは残念だが、私にはそれが…とても美しく映る。

「私絶対に許さないからね!そんなの…」

目を白黒させる、息がぴったりの二人を微笑ましく思いながら、私は小さく首を振る。

「まあまあ…私はどこへも行かへんよ」

「本当か!?」

「ええ…ほんま」

「嘘ついたら針千本なんだからね、みこと!」

「大丈夫や。だって、私がいなくなったら…あんたらの小競り合い、誰が止めんの?」

はっとした顔で…動きを止める、ゆづきとつづみ。

少し離れた所で楽しそうな笑い声を上げ、いづこが舞い散る花びらを大きな掌に受ける。

「けどさ………本当に俺達…あと何回、こうして一緒に…桜を見られるんだろうね」

はたと…言葉に詰まる。

依然花吹雪を降らせる木々を見上げる、彼の横顔は…珍しく、ひどく真剣だった。

誰も言葉を発しなくなった、穏やかな春の宵。

………そうやね。

万物は流転するのだと、杏珠さまにも何度となく…教わってきた。

それは………


「そんなもの…数える必要ないじゃない!?」

突然上がった甲高い声に、驚いて振り向くと。

目を真っ赤にして佇む、ゆづきの姿があった。

「みんなどうかしてるわよ!せっかくこんなに綺麗なのに…」

「ゆづき?」

「な…のに…そんな悲しいこと…言わなくたって」

「ゆ…づき…ごめん!俺が悪かった。急に、変なこと言っちゃって…深い意味はないんだ、本当にごめん!」

「そ…そうじゃそうじゃ!いづこが悪い!だからゆづき…」

両手で顔を覆って泣きじゃくるゆづきの髪を、優しく撫でる。

なんだか懐かしくて、胸がいっぱいになる。

ゆづきは本当に悲しそうに泣くのだ。

あの頃も、そして…大人になった今でも。

「いい年して…そないに泣くもんやないで?」

宥める私の声に、無言でこくりと頷くゆづき。

「私たち、ずっと一緒やったんやし…これからも…な」

「………本当?」

「なんや…まだ疑うん?」

「んーん………ごめんね」

えへへ、と腫れた目で笑って、ゆづきは桜の嵐の中を走り出した。

「『めいぼくそう』まで競争!負けた人は明日みんなにあんみつ奢りねっ」

「お…おい、ゆづき!」

「急になんじゃそれは…」

「つべこべ言わないの!みことものんびりしてると置いてくわよー!」

「…はいはい」

思わず安堵の溜息が漏れる。

あの頃も…今も。

ゆづきはやっぱり…笑顔が一番似合うのだ。

あと何回………か。

ま、考えてもしゃあないな。

考え事は一旦休み。

私は、春の空気を胸いっぱいに吸い込んで…

この美しい夜に、心ゆくまで酔いしれることにした。

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