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決行前夜

夜の病室は静まり返っていた。

窓の外では遠くに都会の灯りが揺れている。


美月は病室の隅の椅子に座り、眠れずに祖父の横顔を見つめていた。

斎藤は目を閉じていたが、浅い眠りの中でも表情は硬かった。


そのとき、扉の向こうから控えめにノック音が響いた。

真田だった。


「すみません……少しお時間を」


美月は軽く頷き、そっと病室のドアを閉める。

廊下の非常灯が青白く二人を照らした。


真田は迷うように一度目を伏せると、静かに語り始めた。


「――美月さん。あなたに……本当は、もっと早く話すべきことがありました」


美月は小さく息を呑んだ。


「セルゲイは、ただの裏社会の犯罪者ではありません。彼が日本に撒いた麻薬――その流通経路の一部に、かつてあなたのお母様も巻き込まれていました」


美月の足元から、音もなく崩れていくような感覚が広がった。


「……え?」


「お母様は、当時まだ若く、友人を通じて薬に手を染めてしまった。軽い好奇心だったのでしょう。だがセルゲイの流す薬は質が悪く、依存も重かった。依存症は進行し、ついに――」


真田は言葉を詰まらせた。


「……それが……母が亡くなった理由……?」


「ええ。直接的には病死と処理されていますが……本当は、その影にはセルゲイの影響があった」


美月は、思わず口元を押さえた。

目頭が熱くなり、声にならない嗚咽が漏れそうになった。


真田はゆっくり続けた。


「先生は、ご自身がセルゲイを仕留め損ねたことが、すべての引き金になったと悔いておられます。ご家族に話せる内容ではありませんでした。……でも今は、あなたに知っておいて欲しかった」


しばらく二人の間に沈黙が落ちた。

廊下の時計の秒針だけが、乾いた音を刻んでいる。


やがて美月は、震える声で呟いた。


「じいちゃんは……あんなに優しかったのに。なのに、こんな重いものを……ずっと背負ってたんだ……」


真田はゆっくりと頷いた。


「殺し屋であったからこそ――人を失う痛みも、人一倍知っているのです」


その瞬間、病室の中から、斎藤の静かな声が漏れ聞こえた。


「……聞こえておるよ」


二人が驚いて振り返ると、斎藤は静かに目を開け、車椅子に手をかけていた。


「私の耳もまだ少しは使い物になる」


そして、ゆっくりと微笑む。


「真田……美月に話してくれて、ありがとう」


美月は、今にも溢れ出そうな涙を堪え、祖父の元へ駆け寄った。

斎藤は、その細い腕を優しく抱き寄せる。


「じいちゃん……」


「私のせいで……お前の母も……お前も、苦しめてしまったな」


「……違うよ。じいちゃんのせいじゃない。悪いのはセルゲイだよ」


美月は、小さな体を震わせながら、祖父の胸元で涙を流した。


斎藤の眼差しは静かだった。

だが、その瞳の奥底には燃え続ける一点の光――復讐でも憎しみでもない、

「贖罪」と「けじめ」の火

が揺らめいていた。


「だからこそ、終わらせる。……これが、最後の狙撃だ」


美月は涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。


「……じいちゃん、私は――見届ける」


斎藤は微かに頷いた。

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