因縁
その日、真田は病室の片隅にノートパソコンを広げ、複数の画像を並べていた。
セルゲイの顔写真、組織の構成図、監視カメラの映像。
美月は静かにその隣に座り、言葉少なに画面を見つめていた。
「セルゲイ……じいちゃんと、昔どういう関係だったの?」
美月の問いに、真田はゆっくりと口を開いた。
「セルゲイは、もともとロシアの特殊部隊の狙撃兵でした。冷戦時代、裏の世界に流れ込み、傭兵となった男です」
真田は画像を切り替えた。
画面の中のセルゲイは若い。獣のような目をしていた。
「20年前。彼は、日本に潜入しある組織の暗殺任務を請け負いました。標的は――斎藤先生でした」
美月は思わず顔を上げた。
「じいちゃんが……標的?」
真田は静かに頷く。
「当時、先生はすでに『伝説の殺し屋』と呼ばれていました。セルゲイは、組織から斎藤先生の暗殺を依頼され、日本へ潜入しました」
「でも……生きてるってことは……」
「ええ。先生はセルゲイの奇襲を逆に読み切り、返り討ちにしました。完璧な狙撃戦だったそうです。だが――」
真田は一枚の傷跡の写真を画面に映した。セルゲイの右肩の古い銃創。
「完全には仕留めきれなかった。セルゲイは瀕死の状態で国外へ逃走し、地下組織に身を隠しました。そして今、裏社会で巨大な麻薬・人身売買のネットワークを築き上げたのです」
美月は言葉を失った。
(じいちゃんは……昔、命を賭けて戦っていたんだ)
真田の声が重く続いた。
「奴は執念深い。失敗を恥辱とし、今なお斎藤先生への復讐を狙っています。こちらが動かなければ、いつか先生やあなたに牙を向くでしょう」
美月は、ふと斎藤を見た。
祖父は窓の外の空を静かに眺めている。
だが、その横顔は、どこか遠い過去の戦場を見つめているようでもあった。
「セルゲイは、先生の狙撃術をコピーし、常人では捉えきれぬ動きを身に着けています。普通のスナイパーでは仕留められません。……セルゲイの思考パターン、癖、僅かな呼吸のリズム――それを熟知しているのは、唯一戦った経験のある先生だけなのです」
美月の胸に、重いものが沈んだ。
(じいちゃんにしか……できない)
真田がそっと付け加えた。
「――むしろ、セルゲイ自身が、“先生に仕留められること”を望んでいるのかもしれません」
美月の視界に、カーテン越しの春の光が揺らいだ。
静かな風が通り抜け、祖父の白髪をわずかに撫でる。
斎藤はゆっくりと、美月に視線を移した。
「……終わらせねばならんのだ、美月」
その声は、いつもの優しさに加え、確かな覚悟を帯びていた。
だが――その奥底にある老いと、静かな孤独を、美月は感じ取っていた。
美月は強く唇を噛んだ。
(私は、見届けるしかないのか――)
彼女の目に、わずかに滲んだ涙が光を受けてきらめいた。




