表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

旧き弟子

それから数日が経った。


病室のカーテンはわずかに開かれ、午後の光が斜めに差し込んでいる。

外ではツバメが低く飛び交っていた。


美月は斎藤の車椅子をゆっくりと窓際に移動させると、そっと膝掛けを直した。

その手つきは慎重で、どこかぎこちなかった。


それ以来、美月の中に、言葉にできない重たい感情が静かに居座っていた。

祖父の過去。

あの静かな手の持ち主が、かつて人を殺めていたという現実。


(だけど……じいちゃんは、今ここにいる)


そんな思考を遮るように、病室のドアが静かに開いた。

入ってきたのは病院の院長――真田だった。


「斎藤さん、調子はどうですか?」


低く落ち着いた声。

美月は思わず微笑み返した。

真田院長はいつも温厚で、病院でも評判の人だった。


斎藤は一瞬、院長を見つめると、わずかに眉を寄せた。


「……お前……」


その小さな呟きに、美月は首を傾げた。


真田は笑顔を崩さず、斎藤の車椅子の前にしゃがみ込んだ。


「先生。……お久しぶりです」


その言葉を、美月はすぐに理解できなかった。


「……先生?」


真田は静かに美月の方へ顔を向け、軽く会釈した。


「初めまして、斎藤さんのお孫さんですね。私は――かつて、斎藤先生の弟子でした」


美月の胸の奥に、冷たい何かがじわりと広がった。

(弟子? じいちゃんに……殺しの?)


斎藤は虚ろな表情をわずかに崩し、低く呟いた。


「お前が……院長か。時代は変わったな、真田」


真田の目に、かすかに懐かしさの色が灯った。


「私は先生の教えがあったから、ここまで生き延びてこられました」


美月の耳には、二人の会話が現実とは思えず響いていた。

白衣の下に隠された過去。

あの優しげな眼差しの裏に、何が眠っているのか――。


真田はふと、声のトーンを落とした。


「セルゲイは、、私の力ではもう止められない。あとは先生しか……」


斎藤はゆっくりと首を横に振った。


「もう昔の私ではない。身体も、頭も、動かん」


しばし沈黙が落ちる。


だが、その沈黙を破ったのは、美月だった。


「じいちゃん……無理しなくていいよ……」


声は震えていた。

その目には、これ以上祖父を何かに巻き込みたくないという祈りがにじんでいた。


斎藤は微笑んだ。

それは穏やかで、どこか父親のような優しさに満ちていた。


「ありがとう、美月……」


だが次の瞬間、彼の目には別の光が宿った。

獲物を静かに狙う猛禽のような、研ぎ澄まされた光。


「――だが、これは私のけじめだ」


美月は何も言えなかった。

ただ、そっと斎藤の手を握り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ