ケース5 積み重なった愛の結晶 ②
「そういうことはもっと早く言うようにせい。しかし凄い量じゃの。生真面目というか、馬鹿正直というか、判断に困るものじゃ」
「無駄打ちをしないことが彼の強みかと思います。奥方様との営みを合わせても、ただの一度もそれを欠かしたことはございません」
「ふむ。とすると、この者は子はおらぬのか?」
「当然おりません。彼が出したものの全ては、今この瞬間も、ここでこうして宙を漂っているのですから」
「愛の結晶という言語を文字に落とすとき、愛する者と子をなして始めて成立すると思っておったが、これを愛の結晶と呼ぶことにお主は抵抗がないのか?」
「愛の形は様々です。そして実際に、子はいないものの彼は奥方様を愛しておられますし、彼自身それを誇りに感じています。なんら問題はないかと存じますが」
「別にそれを否定してはおらぬ。言葉の綾じゃ。揚げ足をとるでない」
「それは申し訳ありません。しかしこちらは当人にとっての当たり前ですから、それを肯定も否定もしようがありません。ですが……」
「ですが……?」
「ときにヒトというものは、その日常を見つめ直したときに、目の前の日常がおかしいと気付いてしまうものです。あれだけ正しいと思っていたものですら、ある日意味もなく崩壊してしまうものなのです。彼にとってのこれも、いつか無意味なものになってしまう日がくるのかもしれません」
「無意味の中に意味を探し始めればきりがなかろうて。そもそも大きな尺度で語れば、ヒトの行動に意味などないのだ。一つの物体が死のうが生きようが、この世界全体にしてみれば微々たるものでしかない。意味など考えるだけ無駄だと私は思うぞ」
「あいも変わらず達観していらっしゃる。そうして此度の縁談話も、綺麗さっぱりお断りなさったのでしょうね」
「……。次その話に触れたらお主の首をはねてやろうかの」
「手厳しいですね、とても冗談とは思えません」
「フッ、口の減らぬ平民じゃ。して、今宵の興はここまでか?」
「いえ、まだ肝心の場面を御覧いただいておりませんよ。……さて、ちょうど本日の主役がいらっしゃいましたね」
悩み多きヒトほど、ルーティングされた日常を送り続けるものなのかもしれない。地下の隠し部屋に小さな光が灯り、僅かばかりに踵を鳴らし、ひとりの男がやってくる。そうして当日中に出したモノを魔力でコーティングし、大きく固められたひとつの物体に埋め込んでいく。さらにはダメ押しとばかり自身のモノを取り出し、物思いにふけりながら目を瞑り、一日の終りを労うように最後の性を絞り出す。そうして愛する我が子のように愛でながら、美しくコーティングし、大きな固まりとしてまとめ、一日を終えるのだ。
「うむ、流れるような手さばきであった。まさにルーティングと呼ぶに相応しい動きよの」
「快楽を求めるというよりも、彼にとってこの物体は、自己愛を具現化した道具に近いのかもしれません。そこにあって当たり前、ないことの方がおかしい普通のものだ、と……」
「なるほどのう。してお主や、お主にもそのようなものがあるのか?」
「何をおっしゃいますか。私にとっては、この姫様との時間が何よりの快楽ではございませんか。これを超える麗しの時間など、そうそうありますまい」
「ふん、そのような世辞など聞きとうないわ。しかし今宵の興はちと小ぶりじゃったの。少々物足りぬ感が否めぬぞ。ここのところ仕事が手ぬるいのではないか、うん?」
「これまた手厳しい。ヒトのモノを例に挙げて小ぶりだなんて、男のプライドをなんだと思っていらっしゃるのですか、姫様は」
「馬鹿たれ。もう良い、また次を楽しみにしておるぞ」
こうしてまた今宵も目にした光景を自分の中で噛み砕き、それを自然に昇華させ、自らの生きる糧とするわけなのだけれど、やはりふと物思いにふけってしまうこともある。
収集癖を拗らせると各々の部屋は途端にゴミ屋敷化してしまうが、ヒトというものは、ときに賢い選択をしたがる。まとめて整理することで見た目に美しく整えたり、目に見えない場所にそれらをしまうことで表面上取り繕うなどが一例だと思うが、もしかすると彼にとって今夜のアレも、たったそれだけの意味しかないのかもしれない。
かくいう私も、12のとき母親の手によって捨てられるまで、意味もなく小瓶に小指の爪を集めていたことがある。今にして思えばまるで意味のない行為であったが、恐らくはきっと、彼にとってひとつのアイデンティティだったのだろう。ただひとつ、その過去を他人に知られることだけは避けたいと思っている癖に、自分だけ棚上げにして他人の秘部を覗き見している現状を憂いてみたりもする。
そうして寝不足気味の頭を擦りながら、明日もまたルーティングされた一日が始まるのだろう――