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ケース3 穴があったら入りたい ①


 皆さんはカイロプラクティックというものをご存知だろうか。


 広くは、背骨から伸びた神経系の働きに着目し、その機能を正常化することで身体の不調を改善しようとするもの、だそうだが、それに似た治療法というものが異世界にも存在している。一般にタンガンプラクトと呼ばれるその治療法は、この世界でごくありふれた魔力を用い、ヒトを始めとする生き物全般の肉体に存在している魔力根と呼ばれる魔力版神経のもとみたいな組織を正常化させるものを指す。


 もちろん治療の対象となる生き物は様々で、人族であるヒューマンやエルフ、ドワーフに妖精族、小人族からリザードマンやハーピーなどの獣人族に至るまで、その効果は一つに収まらず多岐にわたるという。中には種族間の敵であるモンスターや魔族にも効果があったという書物も残されている。


 ここでタンガンプラクトの治療例を一つ紹介する。もっとも一般的であるヒューマンを例に挙げてみると、その方法はとても単純である。いわゆるヒトの心臓にあたる部分の少し下側。種族によって多少の誤差はあるそうだが、基本はそこに魔力根と呼ばれる魔力の幹があり、施術者が直接そこに触れ、治療を行う。ただ元いた世界のカイロプラクティックとは異なり、この世界の施術方法は肉体の動きを必要としない。いわゆる魔力の流れ的な治療となるため、施術者が魔力根に触れ、そこから発生しているエネルギーの流れを正常化させるようなイメージ、らしい。その点は専門家ではないため割愛する。



「それは理解した。しかしこれは勘違いだろうか。私の目の前には、それはそれは巨大な全長15メートルはあろうかというモーウイが一頭いるだけなのじゃが」


「錯覚ではございません。確かにモーウイが一頭いるだけにございますよ。姫様のお目々は正常です」


「ふむ、それは安心じゃ。冗談はそれくらいにして、今宵の対象はどこにおる?」


「では少々お待ちくださいませ。準備いたしますゆえ」



 魔力というものは便利なもので、そこに存在するものを、それはそれは鮮やかに表現している。ヒト、動物、魔物に至るまで、生きとし生けるもの全てに、その流れが存在している。



「お待たせいたしました。それではわかりやすく、魔力の流れに色をお灯しいたしましょう」


「おお、モーウイの中に巡っている魔力の流れが光り始めたぞ。この中心でポンプの役割をしておるのが魔力根じゃな。……ん? 何やら中央部の横に変な塊のようなものがあるのじゃが」


「はい、その塊のようなものが此度の対象者でございます。わかりにくいので、少々拡大いたしますね」



 女の名はキャスリー・ルチアーノ。

 歳は29で、痩せ身のガッチリ体型。職人気質な性格に加え、男には絶対負けないが心情のしっかりものと評判だ。ルチアーノ家といえば代々続く魔導士の家系ではあるものの、彼女はその四女で、男勝りな性格からか婚姻に恵まれず現在もこうして手に職を得て仕事に励んでいる。



「仕事、か。して、これはどのような状況じゃ?」


「ですから仕事をしております。が、それはまぁ建前でして、公私混同と言って差し支えはないかもしれません」



 キャスリー・ルチアーノ。

 女の仕事、それは前述したタンガンプラクトにほかならない。ただ治療の対象はヒトではなく、ヒトが管理する畜産動物、いわゆる家畜を診る専門のタンガンプラクトに従事している。


 此度はその乳と肉を目的として育てられるモーウイ(※巨大な牛型の動物)の治療を命じられ、こうして夜通しの作業を行っている。


 若くして母親を亡くした彼女は、父であり公定魔導士としても名高いリーゼント氏に育てられた才女であった。しかし彼女は魔術師というよりも、その魔力の根源に見出された人物であったと人は言う。


 (よわい)12にして名門キングスベル魔術学院を首席で卒業したかと思えば、16の頃、突然学院から縁を切り独立。父親の跡を継ぎ、公定魔導士の道へ進むかと思いきや、進んだ先は極めて地味(※とされている)なタンガンプラクトの世界であった。


 かれこれ既に10年以上の時を経て、今となって彼女のことを揶揄する者はいないが、当時は相当な騒動となったらしい。時の権力者をして『国家の損失』とまで言わしめた彼女の能力は、それほどに優れたものだったという。



「おお、その者の噂は私も聞いたことがあるぞ。13にして生物の魔力根を変質させる術を会得したというあの天才じゃな。して、それがなぜこのような?」


「なぜもなにも、先にも申し上げたように、これが彼女の仕事でございます。今宵は近頃乳の出が悪いというこのモーウイの容態を見るよう命じられ、こうして治療を施しているのです」


「……治療、とな?」


「そうです、治療です」


「……しかし、タンガンプラクトというのは外的に魔力根に触れ、魔力を操ることにより治療を行うものと理解しておるが、違うのか?」


「私もこれを見るまではそう考えていました。が、彼女の場合は違うようです」


「これ、はっきり言わんか。いつまでたっても状況が理解できぬわ」


「ですから、尻からモーウイの中に入り込み、直接内部より魔力根を撫で回しておるのです。しっかり見てみてください。あの撫でっぷりを」


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