ケース2 種を撒く者 ②
「彼にとって最も重要なのは、先に確認いただいた『糞』なのです。彼は趣味的か、はたまた義務的なのかは存じませんが、スカトロジーに固執するきらいがあり、相手する女性たちから軒並み糞を拝借する日々を過ごしております」
「うむ。しかし興味深いのはそのあとの情報であろう?」
「興味深いの判断はお任せしますが、我々が目を見張るポイントであることは認めます。何より彼は、その糞を『自身が愛でる対象の肝』としておりません。ですからこれを性的趣向の範疇に収めるかどうかは、議論の余地があるかと思います」
「ではどのような趣向だと?」
「彼は女性の糞を手に入れ、それらを自身の農地へ撒き、農地成熟の割合を日々確認し、糞率や糞具合における農作物の成長度合など研究に余念がありません。ある意味で、性的満足を満たしつつ、さらに自己肯定感までもを満たすべく職務を全うしている、と言えるかも」
「言えるかも、ではない。男の愚かさを棚に上げ、思ってもない詭弁を口にするでないぞ」
「確かに。しかし全てが詭弁というわけでもありませんよ。それは実際にご覧いただけばおわかりになると思います」
彼が天に祈りを捧げるその一角は、企画農地と銘打たれた、特殊な、ある意味で『聖域』となっている場所である。妻であるナタリーすら立入禁止とされるその区画は、文字通り事細かに区分けされ、約1ヘクタール(※100m×100m)の広さを7等分×10で分け、魔法で温度や日照時間などをコントロールして常に同じ環境を整えたうえで、生育状態を細かにデータ取りしている。奥方であるナタリーも、よもや女の糞を材料にして研究しているとは思わないまでも、その熱心で勤勉な夫の姿に騙されているきらいはあるのだろう。
「なにより彼のこだわりはそれだけではありません。相手の女性の日々の食事や飲み物、薬や健康状態までもを彼自身が管理し、そのうえでスカトロジーに興じつつ、糞を手に入れています。これを職務全うと呼ばず、なんと呼ぶべきでしょうか?」
「うむ、変態と呼べばよかろう。そもそもで言ってしまえば、ヒトの女の糞で確かめなければならない理由など皆無じゃからな。何より量が用意できぬ時点で議論の余地もなかろう。タダの趣味的思考の延長でしかない。よって詭弁じゃ」
「手厳しいですね。しかし愛する女の糞で育てた作物をまた愛でることにより、さらに新たな興奮を得るとは考えましたね。興奮のループとでも呼ぶのでしょうか?」
「否、それは結果論であり、最終的にたどり着いただけの終着点であると私は想像するぞ。その証拠に、例の聖域だが、まるで大した結果が出ておらんではないか。これだけ好き勝手遊び歩いた結果がこれでは奥方も浮かばれぬぞ」
「しかし研究とはそういうものです。何より『糞=堆肥』という凡人でも思いつく材料を、ヒト別、時期別、時系列などで分け、さらにそれを実益に繋げようとするなど涙ぐましい努力があるではないですか。これは男のロマン、否、糞のロマンでもあるかと思います」
「不貞で得た糞にロマンなどあるものか。よく見てみろ、奴の顔を。結局、自分の頬にも糞を塗りたくって興奮しているではないか。アレはどこにでもいる歪んだ偏愛者だ。我らが求める高みの者ではない」
「うーむ、やはり姫様は手厳しい。私はそれなりに好きな部類ですが、やはり顔に塗って喜んでしまうと凡人のそれを逸脱しないのは同意します。失望を覚えたのは間違いありません」
膝をつき、月と田畑の作物を神を崇めるよう熱心に祈り続けている男の姿をしばし見つめた我らは、彼のルーティングの終了とともに家路についた。
そして今宵も目にした全てを自身の心にのみしまって鍵をかけ、決して口外しないと誓うのだ。
しかし眠りにつく間際、ふとこんな考えが脳裏をよぎる。
一週間のルーティングといえば、私たちにも共通点があった。
我々が行うこの戯れも、決まって週末の夜に興じられてきた。
私はこの切実な夜に向け、毎夜情報を集めて歩き、足を棒にしてこの世界を生き抜いている。姫様曰く、私も彼と同じ『結果論』でしかなく、愚かなる者の終着点で漫然と生きる終末人間なのかもしれない、と。
しかし願わくば、もう少しだけ、この悠久の時を過ごさせていただきたいものである。
何よりも無神経で、何よりも無意味なこのひとときを――