ケース2 種を撒く者 ①
ある夜、もともと報道カメラマンをしていた私は、抗争中だった暴力団の組を取材中、カチコミをかけた敵対するヤクザのひとりに誤射され死んだ。そうしてめでたく異世界へと転生したわけだが、私にはもともと世界を救う気概だとか、勇者として弱きを助ける善行心などはなかった。
転生してすぐの頃は神だなんだと色々あったが、私が選ぶ道など始めから決まっている。
そうして今宵も、私にとって『絶対の共犯者』である姫様と、宵越しのランデブーに勤しむだけなのである。
月明かり陰るだだっ広い田畑の中央部。
背の高い稲穂に似た異世界特有の農作物が風に揺られ、カサカサと音を奏でる。しかしその場にそぐわない格好をした男がひとり、言葉もなく佇んでいた。
男の名はピース・リスボン。
彼の家は代々カイドラッド王国ルスカートの町外れで農家を営んできた、しがない普通の一族である。税に悩み、虫に悩み、天気に悩み、悩み多き中でも小さな幸せを噛み締めて生きている、どこにでもいる一農夫だ。
ルスカートの北西部、メリンダ川沿いにかけて広がる田園地帯の一角に彼の自宅はある。管理している田畑に囲まれ、さらに近くでは農家仲間であるいくつかの家庭が散らばって生活をしている。各々、日が昇れば仕事を始め、日が落ちれば一日の疲れを癒やすため眠りにつく。文字にすれば本当になんでもない、当たり前の農村生活だ。
「しかし男という生き物は、己がことを『絶対一』とする癖に、その他の存在を決して一とは認めぬ。愚かなる生き物ぞ」
「面目ありません。しかとその言葉、胸に刻みつけとうございます」
「わざとらしい言葉なぞいらぬ。それで、彼の者はあそこで何をしておるのじゃ?」
「そう慌てなさるな姫様。これから説明いたします」
ピース・リスボン。
この男もまた一では飽き足らず、その二、その三を求めてしまう男の性に飲み込まれた人物なのかもしれない。
26になったばかりのまだ若い部類に含まれるこの農夫は、一年前に生まれたばかりである娘のナタリーを溺愛する父親でもある。奥方であるマリーは第二子を妊娠中で、身重の姿でナタリーを育てる日々を過ごしていた。
しかし残念なことに、男は子育てに協力的でなく、都合よくも娘を甘やかすばかりで娘の世話はほぼ奥方であるマリーが担っていた。しかもその間、彼は農作物を見てくると嘘をつき、毎夜別の女のもとへ通っている。
「妻が妊娠中の夫の浮気。典型的な屑夫ではございますが、この際そこは置いておきましょう。我々が注目すべきポイントはそこではありません」
男は田畑の中央で膝をつき、大切な何かを柔らかに掴むようにして天へと掲げた。そうして神に祈るように、雲の切れ間から覗く月の光にそれをかざす。
彼が手にしていたもの。
それは女の『糞』である。
姫曰く、彼は男女の関係という定義上では愚かなる者かもしれないが、仕事をサボるわけでも、ましてや職務怠慢に陥って作物を枯らしてしまうわけではない。むしろどのようにすれば、より多くの農作物を効率よく育てることができるのかと、日々悩む勤勉な農夫、だそうだ。
不貞と仕事の良し悪しは無関係と巷で噂されるが、私自身、その事実をどうこう言うつもりはない。しかしどちらかというと、彼がある意味で仕事熱心なのは間違いない。それを判断するためにも、彼のナイトルーティンを紹介させていただこう。
子供を寝かしつけるマリーを残し、彼は毎夜特定の女のもとへと出かけていく。訪れる相手の数は必ず七人と決まっており、日替わりで順々に別の女のもとへと通う。一人と関係が消えれば、また別の人物にコンタクトし、新たな愛人を設けるという具合である。その点、男が過去よく聞いた草食系と一線を画する存在であることは間違いない。
「その『草食系』というものが何かは知らぬが、聞けば聞くほど愚かな生き物よの。して、今宵の肝はその『七』という数字にあると推察するが?」
「ご明察です。彼がその七という数字にこだわるわけは、この世界の暦に由来されています。俗に言う一週間という単位に合わせたもの、と想像されます」
「なるほど。要は毎週決まった曜日に、同じ女と、ことに興じておると」
あくまでも私の想像の範疇ではあるものの、彼が週替りで同一人物と関係をもっている理由は二つ。一つは相手する人物を違えぬための管理的な理由で、不貞を行う者としては基本的ルールなのであろう。しかし重要なのは二つ目である。