死ぬほどの努力
死ぬほどの努力。言葉にするには簡単だったが、実際やってみるとその生活は過酷を極めた。普段の魔女との訓練に加えて、自主練として純粋な魔力を引き出す修行も重ねた。それだけに必要な知識さえも吸収していった。
魔女の態度も一変した。その目は冷酷なものになり、ケイスケを完全に出来損ないとして扱った。1日に10時間魔力を練ったこともあった。流石にそんなことをしてしまえば脳神経が焼き切れるほどの頭痛に見舞われた。しかし尚もケイスケは修行をやめなかった。
そのような月日が1年間過ぎ去った。
「坊や。ここに来てどのくらいが経った。」
「1年です。」
「大きかれ少なかれ、坊やはよく成長した。だが、私には到底敵わない。」
「…はい。」
「…私にも教えれぬことがあるとはな。少し傲っていたようだよ。昔のように。」
「師匠…?」
「出来損ない…坊やは自分のことをそう言ったね。それは今も変わらないかい?」
「…はい…結局僕は、できることしかやってないように思えます…。」
「そうかい…ならこれ以上は、私じゃどうにもできないね。」
「そ、それはどういう…。」
「言葉の通りの意味だ。拾ったのも私の勝手。捨てるのも私の勝手。ただそれだけだよ。坊や。」
いつかのように魔女はケイスケを指差す。
「また、どこかで会えることを楽しみにしているよ。坊や。」
「し、師匠─────!!」
次の瞬間である。ケイスケの体はその場から消え失せた。ただ静かになった空間には魔女がただ立っているだけであった。そこからは魔女の独り言である。
「坊やは才能の塊さ…こんな牢獄に閉じ込めておくには惜しいくらいにね。少し世間を見てみるといい…もう少し、自己評価は上がるだろうさ…坊やに必要なのは誰かとふれあい、自分自身を正しく捉えることだ。その時にまた会おう…。」
不器用な魔女は、届かない言葉をケイスケに送った。ここからが、彼の本当の修行なのだ。
─────イル大陸、北西地域。針葉樹林のダンジョンより少し南方。
ダンジョンまでの道のりが整備された道から少し外れると、そこは完全に魔物の住まう森となる。
「師匠─────!!」
その声と共に、その少年。ケイスケは森に姿を表した。先程までの景色とは全く違う森林に戸惑う。
「そん…な…。」
また、捨てられた。死ぬほどの努力をもってしてもまた捨てられた。そんな無力感が込み上げるが、ふと考え直す。自分は本当に死ぬほどの努力をしたのだろうか?と。
「まだ…。」
そうだ。どれ程苦しかろうと、どれ程痛かろうとあの修行のなかでケイスケは折れることがなかった。
「まだ…もっと先がある。」
死ぬほどの努力…それを学んでこいと師匠に言われた気がした。うつむくことなく、回りを見渡す。
「とにかく…生き延びなきゃ。」
森のなかで一人きり。この世界に来た時とよく似た状況。
「まずは…頼れる人を探さなきゃ…。」
地理感覚もなにもない。流石にそれで生き残れるわけがない。しかし、ここは森のなか。誰かがいるわけもない。
「悪循環だな…。」
考えても仕方がない。そこで師匠の教えを思い出す。見たものをそのまま捉える。呼吸を整え、感じたままを見る。そうして理解する、この森の全貌。
「魔物だらけだ…。」
そのなかにひとつ、明らかに人間の気配があった。
「こんなところに…それも一人で?」
その事に疑問を覚え、気配のする方に目を向ける。
「この先に誰かがいる。」
思い立ったときには、魔力は回っていた。彼の体は宙に浮き、その方向へと飛び立った。森林を低空かつ高速で移動する。木々を避け、合間を縫うように飛ぶその様は手慣れたものだった。
もうすぐというところまで来ると状況がはっきりわかるようになった。金属音が聞こえる。荒い息づかい。そして、複数体の魔物。状況から見るに襲われている。
その大木を躱し、ようやく現場にたどり着く。大きな虎のような魔物が3体。対するは少女一人。その状況に目を疑う。迫り来るその猛攻を、彼女は剣1本で防いでいた。
「クッソ…疲れてんのによりにもよって…。」
そんなことをぼやいている。恐怖に竦むが、そんな気迫のなか少女は凛と剣を構え、依然集中を切らさず相手を見据えている。
来る。その感覚があった。爪による大降りのそれを容易くいなし、剣を振るうも魔物には一切のダメージがない。
「どんだけ堅いんだよ…コイツら…。」
軽口を叩けるだけ、まだ余裕があるのだろうか?それとも、余裕がないからこその軽口なのだろうか?そんな状況になにもできない自分自身に苛立つ。所詮は、出来損ない。出来損ないなら出来損ないらしく足掻く。それが教えだった。
「ふぅ…。」
軽く息をついた。魔力を回す。要はあの魔物をどうにかしてしまえばいい。風が辺りを包み込む。
「あ…?って、なんだおまえ!?」
その剣を構えていた少女はようやくこちらを見つけたようだった。
いつか見せてもらったように星を落とすなんて芸当は出来ない。だが、この程度の魔物を追い払う程度であれば容易い。指先で空間をなぞった。
直後、風が吹き荒れる。その3体の魔物のヘイトを一身に背負う。怖い。確かに怖いが動けないわけではない。
「今度こそ…僕は…!!」
この世界で認められたい。そう強く願った。数多の魔法陣が重なり、ひとつの大きな魔法陣を形成する。
「…えぇ…。」
少女のそんな気の抜けた声などお構い無しに今、自分自身に出来る全身全霊を注ぐ。魔力は空間を引き裂くほどに充満し、その覚悟に答える。
その目は、過去を、今を、未来を捉える。それこそが魔力。力の具現化であり彼の、ケイスケの扱う魔法。
「…吹き飛べ!!」
直後起きた爆発は、曰く地上に太陽が落ちてきたようだったと語られた。草木も大地も天も魔物も、等しくその光に消し炭にされた。ただその場所には、ケイスケと先の剣を構えた少女だけが佇んでいた。
「あ、あばば…。」
自分で放っておきながらそんな声を発する。それもそうだ。この魔法はあの魔女には指1本で封じられた魔法。ここまで吹き飛ぶなんてのは本人にとっても予想外だった。
「あ、あんた…バケモンじゃん…。」
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