囚われた者
フレアとの作戦会議とも言えないような会話の後、ケイスケは全力で魔力を回した。持てる魔力を全て感覚に注ぎ込む。全てを持って知覚範囲を広げる。そして、記憶を辿る。半径2キロ圏内の足音、呼吸音、心拍数を把握する。それはとても常人にできるような技ではなく、ケイスケも尋常ではない苦痛を伴う作業だった。だが、そのお陰で見つけることができた。
「居た…。」
それだけ呟くと、ケイスケは飛んだ。霹靂とはまさにその事であった。路地を曲がり、道を行き、その場所を目指す。
「ムスカス…。」
尚も怒りは治まらないままであった。
─────啓介が育ったのは歪な家庭であった。
啓介が生まれ、すぐのことであった。彼は決して、無事に生まれてきたと言うわけではなかった。ことは一刻を争うほどの虚弱。それが彼の身体の性であった。幼い頃は、両親は啓介につきっきりであった。そして、生まれた直後の話をよく聞かされていた。そうして、月日は流れ啓介には妹ができた。
5つ下の妹は優秀で、両親からも溺愛されていた。一方の啓介は特段駄目だったと言うわけでもない。それこそ、妹には及ばないが優秀であったと言える。だが彼の妹、天音は間違いなく天才だった。何をやらせてもすぐに習得し、成長していく。だが、その瞳は笑うことがなかったと、啓介はそう記憶している。何もかも、つまらなさそうに淡々と秀逸な日々を送る妹を、彼はただ眺めていた。
小学5年生のある日、啓介は天音に聞いてみた。「生きていて楽しいのか。」と。返ってきた返事は「さあ?生きて欲しいと思われてるから生きてる。」といったものであった。その時啓介は初めて自分の妹に苛つきを覚えた。何もかも、自分より上。そんな存在は道具と変わらないそんな存在意義で生きている傀儡であった。啓介は続けて聞いた。「なら、死ねと望まれたら死ぬのか?」
端的に「皆がそう言うなら死ぬよ。」天音はそう言い放った。馬鹿げている。都合のいいように生きているそいつに腹が立った。自分よりも大きな能力を持っていながらも、生に無頓着かつ無気力なそいつが嫌になった。やろうと思えば、天音は大義を成せる存在である。自分には到底できないようなことができる天才である。
それ故に欠けた生への執着。そんな奴と比べられるのが嫌になった。生きる気力がなければ、それは人として、生物としての本能に反する。啓介はそれを理解していた。故に思ってしまった。自分の妹はでき損ないだと。心の奥底で僻んでいた。
中学に上がると、2人の実力差はより顕著に際立った。そして、啓介の考えに変化が生まれたのもこのときである。ふと気がついた。いつも、褒められるのは天音であった。啓介はただ生きているだけであった。その事実と、両親の態度を見れば明らかだった。この世界では、結果が全てであると。そして結果を残していない自分の方こそができ損ないなのではないかと。
誰も、なにもそんなことは言っていない。だが、ここに存在する事実だけ見れば、そう思わざるを得なくなった。
優秀な妹と比べられ、常に1人であった少年は自分自身に出来損ないの烙印を押した。へし折れたプライドが語ったその言葉の重み。軽々しく、自分は己の妹にそんなレッテルを貼ったのだ。己の卑しさを知り、そして実力を見せつけられた啓介は次第に独りを選ぶようになった。
友人関係も途絶え、高校受験を控える歳となった啓介。彼は家族間でも浮いていた。天音は変わらずに無気力。だと言うのに、両親は天音の肩をもつ。では、そこに悪意があったのかと言われるとノーである。ほんの少し、啓介の両親はスキンシップが下手だった。ほんの少し、天音は兄より優秀だった。ほんの少し、啓介は傲慢であった。それだけなのだ。誰も、なにも悪くない。だからこそ、啓介の怒りはやり場を失った。そうして、出来損ないと無理矢理自分をねじ伏せた。
─────今、ケイスケを支配しているのは怒りであった。かつてのように、「生きる」と言うことを踏みにじるその行為を、そいつらを許せなかった。
「─────チッ。」
そう舌打ちをしたのは、リオンの姿を捉えたときだった。後先考えずに飛び立ったせいで、フレアさえ振り切ってそいつの元へとたどり着いた。だが、1足遅かったようだった。
やつらは既に合流していた。ムスカスは例の魔族を抱え、見慣れない仮面の男はリオンの手首を掴んでいた。黒い霧が回りを包もうとしている。
「─────リオンさん!!!」
魔法を構築するよりも早く。リオンがこちらに気がついて叫ぶよりも早く、霧は闇夜に紛れ消えていった。
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