出来損ないのプロローグ
プロローグなので短めに
思えば、その人生に置いて自分という存在が役に立ったことなど一度として無かった。実の親にさえ出来損ないと吐き捨てられた。この長谷川 啓介という男が前を向く瞬間など訪れなかった。虚弱で迷惑ばかり掛けた。どんくさくて笑われた。そんなどんくさいから、今こうなっているわけだ。
痛みがその体を襲う。何が起きたのか、自分でも判別がつかない。交差点のど真ん中に放り出された体は思うようには動かない。衝撃を全面に受けたことだけは確かだった。
その男は死んだ。痛み、苦しみ、それに苛なまれながら。だからこそなのか、どこかほっとしてもいた。
「─────!」
死んだはずの意識は甦る。もと居た場所ではない。どこか遠くで。遠くの、別の世界で。一面に広がる草原は果てしなく、それでいて風が心地よく吹いている。幻想的な世界に見とれているとその男に声をかける人物の姿があった。
「おや、起きたのかい?坊や。」
振り返りその姿を確認する。
「え、えと…だれですか…?」
「私からしてみれば、君の方が誰なんだといたいところだけど…まあお互い初対面だ。許そう。私は【星の魔法使い】だよ。」
「ほ、星の魔法使い?」
彼女はそう名乗った。確かに、格好はファンタジーによく出てくる魔法使いの姿をしている。深く黒いドレス。同じく魔女の帽子。だがどこか光輝き、美しいとも感じる。
「ほら、名乗ったのだから坊やの名前も教えてくれるかい?」
「ぼ、僕は…長谷川 啓介…です…。」
「ハセガワ ケイスケ…東洋の子かい?」
「た、たぶん。」
「そうかい…なら、ケイスケ。これから君はどうするつもりだい?」
「ど、どうするというのは…?」
「ここは私の領分だからね。わかりやすくいうと、私とやりあうのかい?」
彼女の目付きが変わる。鋭く獲物を睨み付ける目だとわかる。
「い、いやそんなつもりじゃなくて…目覚めたらここにいたっていうか…何て言うか…。」
「ほう…目覚めたらねぇ…。」
すると魔女は少し考えたように首をかしげてしばらくなにかを呟き、続けた。
「よしわかった。坊や、私の弟子に成る気はないかい?」
「弟子…ですか?」
「ああ、その様子だと行く宛もないだろう?」
「ま、まあ。」
「それに、君には才能があるからね。」
才能。その言葉にどこか惹かれた。
「こんな…出来損ないの僕でもいいのなら。」
「出来損ない…ねぇ…それを決めるのは私だよ。坊や。さて…そしたらまずはついてきな。家まで案内するよ。」
そういうと、魔女は踵を返して歩き出す。果てまでなにも見えないことに若干絶望しながら、その後をついていくのだった。
どれ程歩いたか。日は少し傾いた。ようやく、それらしき建物が見えてきた。いや、建物というよりもそれは大木であった。枝にポツンと家が建っている。
「あ、あれ上るんですか?」
「当然よ。」
その言葉に膝から崩れ落ちそうになる。正直言って足がもう限界だったのだ。そうして、近づいて気がついたことがある。よく見てみるとおかしい。梯子らしきものがどこにもないのだ。
「こ、これ…。」
その瞬間。魔女は飛んだ。
「え…。」
ふわふわと、ツリーハウスのデッキに着地する。
「さて、坊や。あなたなら出きるはずよ?来てみなさい?」
「えぇ!?」
そんなの出きるわけない。人は飛ばない。
「あなたなら飛ぶくらい簡単よ。私の弟子なんだから。」
「と、飛ぶくらいって…。」
「強く念じてみなさい。自分の体が今どうなっているのか、わかるはずよ。」
強く念じる。半信半疑でその言葉に従う。自分の体を意識して。
数分ほど飛べと念じ続けていると不意に呼吸が整う。全能感が体を支配する。今だったらなんだって出きる。ふわり、体が軽くなるのを感じた。
「え…浮いてる…?」
その体はわずかではあるが浮いていた。飛べる。そう確信し、ツリーハウスへと向かう。
「流石ね…。」
不適に魔女は笑みを浮かべそう言った。ふわり、不器用にデッキに着地する。
「今のが魔術よ。」
「ま、魔術?」
「ええ。坊やには魔術の素質がある。だから言ったでしょ?出きるわよって。」
初めて見いだした自分の才能。
「ま、魔女さん。僕…。」
「さて、明日から修行の毎日よ?」
「しゅ、修行…。」
「当然。坊やにとってこれは基礎中の基礎よ。さっき感じたでしょ?一気に全能感に支配される。あれが魔力。その感覚を鍛えるのよ。自分が魔力に飲まれないためにもね。」
「は、はい。」
「さて、案内するわ。ついてらっしゃい?」
そうして、その男ケイスケと魔女の生活は始まったのであった。
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