アイドルと鼠
早朝5時、家を出て東京ドームへ向かった。六時から仕事、朝食はコンビニの弁当でいいや。
外にある警備室の鍵を貰っていたので開けてから、支給された服に着替えた。他の警備員は夜勤の人とすれ違いで来る。夜勤は元々いる人達がやっているらしい。
「焼きうどんうめ」
勤務時間の6時半に狩人カードを勤務確認パネルに翳して、仕事場に向かった。
「確か8時まで関係者は来ない」
背もたれのある椅子に寄りかかって映像を見た。
「あぁ〜〜あ?昨日の不審者」
服装は警備の服に変わっているが、見るからな昨日いた不審者だった。警備の制服は外にある警備室しか無いので、普通に不法侵入されてますね。
「あそこの警備室不備だらけじゃん」
だから狩人雇ったのか〜、とか思いながら私の担当の扉の前までやってきた。
「すみません。開けてください」
『合言葉お願いします』
一応、備え付けのマイクで答えた。
『クリームパン』
「え〜と、はいはい『照明スタッフの方ですね』」
「はい」
『いま開けるんで待っててくださ〜い』
無駄に重いかつ厳重なセキュリティを解除して扉を開けた。一般人これ開けれないだろ?
「おはよーございます、早かったですね〜」
「すみません。心配性な者でいつも早く来てしまうんです」
「いえいえ〜仕事ですから〜」
と言って、後ろを向いた鼠を躊躇なく流れるように近くに置いてある鉄パイプでぶん殴った。
「うわあぁああ?!」
髪の毛に掠るくらいでなんとか避けた鼠は、尻餅をついて酷く驚いた顔をしていた。
「殺す気ですか?!一般人を狩人が殺すのは重大事件ですよ!!」
「そんな大袈裟なぁ〜、ただの仕事ですよ、し・ご・と」
「警備する人を攻撃する、うわぁああ?!」
「おお〜、あと一回で空振り三振でアウトになりますね。いい腕してますね」
頭が丁度いい位置にきたのでスイングしたが、また避けられた。
「……スキル効いてない?」
隠す気も無くなったのか、戦闘態勢を構え始めたので最速で腹をフルスイングした。
「三振しただろ………」
「ホームラ〜ン」
完全に沈黙した鼠を手持ちのワイヤーでぐるぐる巻きにした。
「いやぁ〜相手のレベルが低くて助かった」
レベル差は絶対性はないが、スキル無しの肉弾戦では影響はあるからね。差があるならこんな初見殺しも余裕余裕〜。
「一体何処の組織かなぁ〜」
身体検査をしたが特に何も出てこなかったので、そのまま放置して仕事を続ける事にした。何度か起きようとしたのでその度に気絶させておいた。起きたらめっ!でしょ?
「これは……鼠よりリスかも」
それよりも警備員の格好して『照明スタッフ』とか無理があるだろ。天然か?
指定の時刻までは暇なのでアニマル動画を眺める。買っておいたジュースをチビチビ飲みながら、たまに鳴らせる断末魔がいいアクセント。
その後、続々と各担当の責任者が合言葉を言って入ってきた。作業も単純なので十数回すると飽きてくるな。
無心でいると、一般車ではなく芸能人が乗るようなワゴン車が地下駐車場に入ってきた。降りてきたのは護衛の一人だったな。
『合言葉いいですか?』
「はい、どーぞ」
『サクラバナ』
「………はい、今開けます」
「おはようございます」
「おはようございます。一応、確認として先行しただけですので暫くここで待機させてもらいます」
「了解です。もしかして、今入ってきた車ですか?」
「はい、もうすぐ来ます」
カメラには帽子とマスクで見えないが、明らかに雰囲気が異なる人物が斉田さんともう1人の護衛に挟まれて車から降りた。
それぞれの合言葉を聞いて入れていくが、女性の声は加工されたと思うほど淀みがない声をしていた。世界進出できる歌手のスターと会うの初めてかもなぁ。
「おはようございます。異常はあり……ますね」
斉田さんは軽い世間話をするつもりだったんだろうが、地べたに伏せている鼠を見て驚いておる。敏腕の人が驚く姿を見ると特別感あるな。
下っ端みたいな感想を感じていると、説明しろという視線が三方向から飛んできた。
「朝早くに入ろうとしてたので捕まえました」
シンプルで良い回答。俺なら百点あげちゃうね。
「何故入れたんですか?」
四十点だった。きびし。
「何故か合言葉を知ってたので、後で話を聞こうとして捕まえました」
「合言葉を………どの担当スタッフか分かりますか?」
護衛は警戒したまま、斉田さんは眉を顰めて質問した。
「照明スタッフの責任者の方ですね」
「………わかりました、確認をしておきます。それで…」
「どうしました?」
「後ほど警察も呼んでおきますので引き渡しお願いします」
「了解です」
「二人とも彼女を控え室に連れて行って」
「りょ〜かい」
「では行きましょうか」
三人とも突然早口になったな、スケジュール詰まってるのかな?
護衛の一人である女性が不自然に見えない程度に急いで女性を連れて行こうとしたが、サングラスから光線のような視線をまだ感じる。
「ーーーん〜その寝てる人に話し聞きたいな〜」
その瞬間に三人の空気が固まった。
「私、興味あるなぁ〜」
そうやって変装を外して顔を出した女性は、知らないお婆さんだった。
いや、誰やねん。