第4話 感謝
『い、いい加減にしろ・・・!お、お前のせいで・・・俺は大切な人の死に目に会えなかったんだぞ・・・!』
喜羅和天道は会社の会議室を出る直前、部長から刺されてこう言われた。
念のために記しておくが、天道は『死』を軽く見ているわけではない。
どちらかというと実感が無いのだ。
彼の両親は大学生の頃に学生結婚で子を宿したため、天道が大学を卒業した時でもまだ40代だった。
それに両親の親、つまり祖父母もまだ健在。
経験で言えば、ろくに会ったこともない親戚の葬儀ぐらいであり、『死』というものがどこか架空の概念のようなものだった。
だから彼はテンドーとして異世界に転生してからも、十数年にわたり時折部長の言葉を思い出しては腹を立たせていた。
「人の死に目に会えなかった程度で、私のことを殺すだなんて。酷いことですよ」
しかし今、テンドーの心境は徐々に変化を迎えようとしている。
死霊魔術士としての仕事を目の当たりにしていく中で。
◇
ジャリアの家に住み込みで、死霊魔術士の業務内容を覚えていくテンドー。
そして彼はたった数日で、最初の老婆のケースがいかに恵まれていたものなのかを、すぐに分かるようになる。
親類と絶縁状態だった者。
志半ばだった者。
大切な人と喧嘩したままだった者。
様々な死を目にしていく中で、テンドーは人生というものについて深く考えるようになった。
同時に、この仕事がいかに大切なものであるかということも。
葬儀の際、もしくはそのすぐ後になって、死者の言葉を家族や友人や恋人に伝える。
その度に相手は涙を流し、自分たちに礼を述べる。
『わざわざありがとうございます』
『本当にありがとうございました』
『心より感謝を申し上げます』
そう言えば、死霊魔術を使って目覚めさせた死者もその最後は揃って感謝を口にしていた。
テンドーはその言葉を耳にするたび、思い返す。
ありがとうって、喜羅和天道の時に誰から言われたことがあるだろうか?
きっと職場のどこかで言われていた。だけどそれは本心からのものだったのだろうか?
ありがとう。
ありがとうって、喜羅和天道の時に誰かに言ったことがあるだろうか?
きっと職場のどこかで言っていた。だけどそれは本心からのものだったのだろうか?
多分・・・いやきっと。
違うと思う。
◇
住み込みでの職場体験の最終日。
ジャリアはテンドーのことを自室に呼び、茶菓子を出しながら話をした。
「今までよく頑張ったな。色々と辛かったと思うが、本当によく頑張った」
「いえ・・・。本当に勉強になりました」
これは本心から出た言葉。だがジャリアは神妙な面持ちのテンドーの顔を見て笑う。
「まあ多感な時期だ。思うところはあるだろうよ。んで、これだ・・・将来お前がどうするかは自由だが。死霊魔術士になるんだったら資格試験が必要になる。既に推薦状は書いてあるよ。新興の魔術士だしお前は頭が良いから合格できるさ」
こう言いながら書類をテンドーに渡すジャリア。さらに彼はテンドーの肩をポンっと叩いてこう続けた。
「もし死霊魔術士になるんだったら・・・。お前には俺ら、現状の死霊魔術士ができていないことに挑戦して欲しい」
テンドーは顔を上げて首を傾げる。
「できていないこと・・・ですか?」
現状の死霊術士ができていないこと。
それは貧しい人間の『死』に寄り添うことだった。
「お前も今回ついて来て分かっただろう?死霊魔術士が言葉を記録できるのは、今のところ金がある人物だけだ。誰からも看取られなかった人間は、死体の発見が遅く肉体の腐敗が進んでいると死霊魔術が効かない。これまで俺らが会ってきた死者というのは、家族だけでなく医者でも使用人でも誰かがその最期のそばにいられた人間だけなんだよ」
「まあ俺らの仕事はここ数年になって確立されたもの。田舎にはまだこの仕事している人はかなり少ないからな。時代はこれからだ」と続けられた言葉を聞いたテンドーは。
「・・・お前、この話を聞いて泣けるんだな。やっぱりこの仕事に向ているよ。優しい男だ」
「・・・え?」
その頬には涙が伝っていた。
しかし彼は意図して泣いていたわけではない。自然と零れ落ちる涙。テンドー自身でさえ、これに気づいて慌てふためいてしまうほどに。
「な、なんで?なんで・・・」
「人間ってのはそんなもんだよ。『死』とどう向き合うか。それの繰り返しだ」
そう話しながらジャリアは、しわくちゃのハンカチもテンドーに手渡した。
◇
テンドーは自宅に戻ると、死霊魔術士になることを両親に告げた。
同時に彼は父親と母親に頭を下げてこれまでの謝罪を口にした。
そこには色々な感情が込められていたが、両親は詳しくはもう何も聞かず、温かな食事を出した。
それから。
テンドーは死霊魔術士としての資格を取得するとまずはジャリアに正式に弟子入りをし、数年後に独立。
ジャリアが話していたことを実現するように彼は、地元の農村部に事務所を構えて仕事をこなすようになった。
じきに結婚し、子供を授かり、弟子ができ。
子供が結婚し、孫ができ、弟子が独立をし。
両親やジャリアの死を看取り、死霊魔術士として魔術を用い、最期の言葉も記録し。
気づけばテンドーはこの世界で寿命を迎えた。
彼は自分の死後、これまでの死者の気持ちを知りたいと死霊魔術を使うように弟子に話していた。
◇
何か聞こえますね。
ああ、これが死霊魔術の呪文ですか。こんなにも心地が良いものなんですね。
自然と体起き上がります。目が開かれます。
目の前に弟子がいます。家族もいます。どうしてそんなに泣きそうにしているんでしょうか。
・・・そうですね、きちんと皆にメッセージを残さないと。
子供。孫。弟子。仕事仲間。
言いたいことは言えたかな。もう後悔は無いですね。
もうすぐ魔術が解除されます。これで本当のお別れでしょう。
・・・。
なるほど。
こんな気持ちになるのですね。
それでは、本当に最期の一言を。
『ここにいる皆よ。ありがとう。神よ。ありがとう』
人生を学べ、青年よ。世界はもっと広いんじゃから。時が来るまで待っておれ。
私はもう老人になった。世界はとても広かった。
幸せな死を経験することができた。幸せではない死を見ることもできた。
神よ。今が、もうその時ではないでしょうか。