第3話 死霊魔術士の仕事
喜羅和天道。
彼は幼少期から挫折というものを味わったことが無かった。
そんな天道に関して言うと学業や仕事での実績ばかりが注目されるが、実は運動神経も万能。
幼稚園などで行うようなかけっこでは常に一等賞であったし、学校での体育でも全てのスポーツを完璧にこなしていた。
もう一度言おう。
完璧に、である。
そのため同性からは疎まれていたが異性からはいつも憧れの眼差しで見つめられていた。これが彼の自己肯定感をさらに強めていった要員とも言えるだろう。
そんな彼が。
異世界で生まれて初めて。いや、生まれて死んでまた生まれて初めて。挫折を味わったのだ。
◇
俯きながら家に辿り着いたテンドー。
彼は自身が使える魔術を大人から伝えられた。
しかしそれはこの世界の花形魔術である『剣魔術』ではなく、むしろそれから最も遠いところに位置する『死霊魔術』。
どんな顔をして親に報告すれば良いのか?
テンドーはただただそんなことを考えながらトボトボと道を歩く。こんな経験はまさに生まれて初めて。
だが、帰宅後に両親の見せたものは思ったような反応ではなかった。
「死霊魔術を使えるのね!本当に良かったわ!」
「街に死霊魔術士がいるのなら、そこで魔術に関する話を聞きに行けば良い。諸々にかかる諸費用はこっちで出してやる。職場体験の準備も手伝うよ」
これはテンドーにとって意外だった。
家は貧乏で金はないはず。にもかかわらずそんな費用を出してくれるだなんて。
驚いたような表情を浮かべる彼だが、笑みを浮かべながら父親はこう話した。
「少し前までは魔術を使うことすらできない人間なんてざらだった、もちろん父さんや母さんもそうだ。だがお前は死霊魔術を使える。それだけで素晴らしい。お金?こっちは子供のためなら身銭を切ってでも何とかするさ」
これを聞いたテンドーは何も返すことができず、静かに自室へと戻る。
喜羅和天道の親も仕事が生きがいであり、異世界での両親とは違って子供のことは常に二の次だった。
そしてどれだけ彼が運動分野でも学業分野でも奮闘しても、一度も振り向いてくれなかったから。
◇
そして彼は街に出た。
目的はもちろん死霊魔術士に会うために、である。
そして到着したのは古く小さい建物。
「ここに死霊魔術士がいるのですか・・・?」
思わず扉の前で立ち尽くしてしまうテンドーだが、じきにその中から大人の男性が出てきた。
ぼさぼさの黒い髪に、無精ひげ。人相の悪い中年男性。
ここでテンドーは思わず眉をひそめてしまう。
喜羅和天道の頃、このような見た目の人物のところに営業に行ったことがある。
その時の印象は最悪。大体、自分の身だしなみを整えられないような大人というのはロクな仕事ができないし最低限の対人マナーも備わっていないはず。
それにこの小屋は・・・俗に言うオフィス?こんな小さい場所を拠点にするだなんて。
「おう。お前が向こうの村から来たガキってやつか。事前に学校と親から連絡は届いているよ。よろしくな。数日間住み込みになるが頑張れよ」
ほら。言葉扱いも悪い。この人はこういう人間だ。
しかしこの中年男性は満面の笑みを浮かべると、予想以上に優しい態度で彼に声をかけた。
「俺の名前はジャリアだ。お前の名前は?腹は減ってないか?遠くから来て大変だっただろう?まあ色々と心配だろうが安心しろ。街は怖いが・・・そばには俺がいるから大丈夫だ」
「え?あ、あの。・・・私の名前はテ、テンドーと申します・・・。食事は済ませてきたので、大丈夫です・・・」
するとジャリアは腰に手を当てて豪快に笑い飛ばす。
「がっはっは!テンドーか良い名前じゃねえか。腹もいっぱいなら十分だ、それじゃあ早速仕事に行くぞ、ついて来い」
こう言ったジャリアはテンドーの手を引くと、そのまま彼らはどこかへと行ってしまった。
◇
「ここは・・・」
「テンドー。死霊魔術士の仕事詳細は聞いたことあるか?」
彼らが到着したのは豪華な装飾が施された屋敷。見るからに資産家が暮らしている場所だろう。
「い、いえ。詳しくは。村に死霊魔術士はいませんでしたし・・・」
「まあそうか。死霊魔術士の仕事が確立されたのは実は最近だ。だから街にしかいねえ、今からするから黙ってみてろ」
そして2人は屋敷の中に入る。
しかしそこの雰囲気は異常だった。静かで人気が全くない。
そんな状況にもかかわらずず大股歩きで進んで行くジャリアについて行くテンドーだが、とうとうジャリアは真っ白な扉の前で足を止めた。
「ここだ。最初は色々と衝撃を受けるかもしれねえ。だが大丈夫だ、これは必要な仕事だからな」
ジャリアの発する言葉に疑問を抱きながらも、テンドーは素直に頷くが。
「開けるぞ」
短くこう口にしたジャリアが扉を開けたその先には、大きなベッドに横たわる老婆の姿があった。
「・・・え?こ、この人は・・・」
ジャリアと共に彼女のそばまで足を運ぶテンドー。そしてその近くに行ったところで青白い老婆の顔を見て、ようやく意味を理解した。
「こ、この人、し、死んでる・・・!」
「そうだ。昨日の夜に亡くなったらしい。使用人から連絡が来てな、だが子供は離れたところで働いているから明日の葬儀にギリギリ出られるかどうか。だから俺らが必要だってわけだ」
静かに言葉を並べながらジャリアは、老婆の顔に手を当てて、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
そして。
「え、え!?目を覚ました!?」
彼女は急に閉じていた目を開けると、ゆっくり上半身を起こした。
『貴様らは・・・?』
「初めましてキャシル様。こちらは死霊魔術士でございます。キャシル様は昨日亡くなりましたが、お子様やお孫様たちに伝える最後の言葉を記録するため、今日は参りました」
『そうか・・・ワシはとうとう死んだのか・・・。しかし痛みは無かったな・・・』
そして老婆はジャリアとテンドーの方に顔を向けると、淡々と言葉を発した。
『息子のデイワン。あいつは弱気過ぎる、良い歳になったんだからもう少し貫禄を持て』
『娘のエリー。あいつの料理は美味い。これからも腕を磨いて欲しい』
老婆が家族に向けてつらつらと続けている内容を、ジャリアは手帳に記していく。その表情は真剣で、時に笑顔を交え、しかし緊張もしているようだった。
多くいる子供や孫に最期のメッセージを伝える中、いよいよ末孫の話題となった。
『末孫のボング。あいつは頭が良い。そして心も優しい。どうか立派になってくれ』
「かしこまりました・・・。財産は遺言書通りの分配でよろしいでしょうか?」
『ああ。構わない、しかし最後に一言』
「何でしょうか?」
老婆はジャリアとテンドーのことを指さし、口角を少し上げた。
『死霊魔術士、ありがとう。立派な仕事だよ。皆によろしくな』
「・・・お心遣い、誠にありがとうございます。お任せください」
こうして彼女は再び横になって目を閉じたが、もう目覚めることはなかった。
◇
翌日。老婆の葬儀が執り行われた。
一通りの流れの後、喪服を着用したジャリアが家族の前で前日に女性が発したメッセージを参列した家族に伝える。
そして末孫までの内容を口にするとそれまで気丈に振舞っていた家族は一斉に涙を流した。
式が終わり、帰ろうとするジャリアに近づいた男性と女性・・・老婆の子供たちが近づいて頭を下げる。
「「ありがとうございました。これで悔いなく母を送ることができます」」
それに対し、謙遜した素振りを見せるジャリアの隣でテンドーは、喜羅和天道のことを刺した中年男性である部長の言葉を脳内で反芻していた。