第2話 異世界にて
喜羅和天道は転生した。
「こ、この子は凄いぞ!」
赤子ながらに立ち上がり、言葉を話し、文字を覚え、本を読み、この世界の文化を学んでいく。
「(そりゃそうでしょ・・・。私は天才なんですから・・・)」
しかしそんな様子を見て驚く両親を脇目に赤子、いや天道、いやいやこちらで偶然にも『テンドー』と名付けられた彼は淡々と己の置かれた環境を分析していく。
この世界はどうも魔術という非科学的なものが存在している。
現代日本ではお目にかかれないような能力・道具を用いて人々は生活しているのだが・・・。
このような世界に飛ばされたことに、テンドーは大いに不満を抱いていた。
「私は『ファンタジー』というものがすこぶる嫌いですから」
乳幼児から成長していく中で彼は常にこのようなことを口にしていたのだ。
喜羅和天道という人物は徹底的なリアリスト。
前世(いや、正確にはまだ前世の彼の死は確定されていないが)の彼は、同世代の人間が思わず没頭してしまうような様々な創作作品に触れてこなかった。
むしろ小学生の頃から専門的な学術書の読破してきた天道はそのような人々を蔑み、心の奥底からバカにしていたほど。
だから彼は、日本にいた頃と異なる『テンドー』という人間として新たな生を受けても、魔術が使えて魔物と共存するという夢物語のような環境を目にしても、心が震えるどころか悪態をついて大きく肩を落としてしまうのだ。
しかし。
と言っても。
当然このまま何もしないわけにもいかない。
天道は自らが興した会社の会議室で刺されて意識を失った後、神の口から放たれた言葉を覚えていた。
『人生を学べ、青年よ。世界はもっと広いんじゃから。時が来るまで待っておれ』
頭の良い彼は、異世界で新たに生まれ落ちたその瞬間から、毎日のようにこれの意味も分析していた。
そしてそこからはじき出された答えというのは。
「この世界にいれば、いつか神が迎えに来るのだろう。それでは、その時まであまり目立たずそこそこの人間として気楽に生きていれば良い。問題さえ起こさなければ蘇生させてくれるだろう」
それよりもこの嫌いな世界の中で、元の世界に戻れた際の新たなビジネスのヒントになるようなものも見つけ出せばメリットもある。
しかし天道/テンドーによるこの考えは、非常に浅はかなものだった。
◇
テンドーの生まれた家は貧しかった。
生活ができないレベルではないものの両親はあまりにも人が良く、自分たちの畑で採れた農作物を格安どころか無料で、自分たちよりももっと貧しい近隣の人間に分け与えていた。
「父さん、母さん。もうあんなみっともない真似はしないでください。分け与えてるとしても金銭を求めましょう。払えなかったら見捨てるまでです」
テンドーは幼少期より、この行いを強く咎めていたのだが、もちろん両親は聞く耳を持たない。
「そんなことを言ってはいけないよ。人生は助け合って生きていくことが大事だから。テンドーも大人になったら分かるはずだ」
ところがテンドーにこの言葉は響かない。
何が助け合いだ?人生は競争。より早く、より多く資産を積んだ者が勝者だ。
何が大人になったら分かるよだ?私はもう精神は大人だ。なんせ日本では多くの人間を束ねていたからな。他人を駒として扱える立場にいることが重要だ。
彼はふつふつと湧き上がる親への不満を、それでも問題を起こして神の機嫌を損ねぬよう胸に必死に抑え込み、気づけば16歳を迎えた。
◇
喜羅和天道の頃の16歳。
一般的には高校1年生ぐらいに当たる年齢だが、まさにその頃、彼は周囲から『神童』と謳われていた。学内のテストで好成績を残すのはもちろん、全国規模の模試でも毎回のように上位に名前がランクインしていた時代だ。もちろん既に高偏差値大学の合格判定は『A』という評価が並ぶ。
しかしこちらの世界でのテンドーは、あまり目立たないように、そして「早く神よ来てください」と願いながら16歳を迎える。
ただこの年齢になると、この世界ではある大きなイベントが控えていた。
それは。いよいよ自身が使用できる魔術が判明するというもの。
ここでは誰しもがどんな魔術を自由に使えるというわけではないらしい。どうも個々人の内在的な才能によって、使える魔術が決まるというのだ。
学内や村の中では同世代の子供たちが、やれ「自分はあの魔術を使えるようになりたい」とか、やれ「あの魔術の適正があったら嫌だよね」と話していたことを、僅かながらテンドーの耳にも入っていた。
ところが彼はこのような話題であっても鼻で笑っていた。
ただそれは当然だろう。
テンドーはいつか来る神の迎えを待つためにこの異世界で生きている。
そのようなイベントも、イベントについて友人たちと盛り上がるということも、彼にとってはさして重要ではないものだから。
◇
夏のある日。
村の大きな広場には色とりどりのローブを着用した大人が集まっていた。
ここで大人は16歳を迎えたばかりの子供たちに使用できる魔術を調べて伝え、彼・彼女たちに人生の道しるべを説くからだ。
横一列に立っている大人たちそれぞれの前に、こちらもずらっと縦に並んだ子供たちの列。
他の子供と同じようにそこにいるテンドー。
このイベントを「くだらない」と思っていた彼だが、しかし心の底では花形と言えるような魔術の適正が自分にはあるに違いないと確信しており、この世界でも成功者になれると高を括っていた。
その魔術というのは『剣魔術』。多彩な魔剣を用い、時折出没するという魔物を討伐する剣魔術士というのは子供にとって憧れの的であった。その魔術は難しく、体力だけでなく地頭の良さも必要だという。
一方、最も人気が無いのは『死霊魔術』。死体を対象とした様々な魔術を用いる死霊魔術士というのは、それを活用できる仕事も少なく、若者の目からは魅力的には見えない。
現に学校などでは「死霊魔術が使えるとなったらヤバい」という同世代による声をずっと聞いていた。どうもこの魔術を使える者というのは、落ちこぼれの傾向にあるらしい。
そして列が続々と進んで行く中、とうとうテンドーの出番が来る。
目の前にいる女性が使える魔術を調査して伝えるのだ。
「それではこれより、あなたが使用できる魔術を見てみましょう。腕を出してください。どちらでも構いません」
テンドーは彼女から促される通り右手を前を出すと、掌を開かされ、その上には緑の葉っぱが1枚だけ置かれた。
「それでは行います」
女性がこう言うとその葉はカタカタと動き出し・・・。
「っ!ビックリした・・・」
瞬く間にそれはパリパリっと音を出しながら破れ、掌にはちぎれた葉が妙な形として残った。
「結果が出ましたね。この形となると・・・あなたが使える魔術は死霊魔術です」
「・・・は?え!?」
「この村に死霊魔術士はいませんから、大きな街に出て住み込みでの職場体験を受けると良いでしょう。もちろん死霊魔術を用いた仕事だけを今後しろとは言いませんが、今後の助けにはなるはずです」
しかし事務的に淡々と言葉を並べる彼女の言葉は、テンドーの耳には届いていなかった。
どうして私が?
死霊魔術?
落ちこぼれ?
いやそんなはずはない。
違うだろ。
剣魔術じゃないのか?
この女が間違ってるんじゃないのか?
だが結果は変わらない。他の大人に促され、テンドーはその場から離され、広場を出る。
足元がおぼつかない中、彼はふらふらと家路につく。その道中、剣魔術などの華やかな魔術を使える才能を見出された者たちの歓喜の声を聞きながら。
すれ違った明るい表情の少年の中には、自分が心の中でバカにしていた者が何人もいた。
異世界でテンドーはただ、前世でもなかった敗北を味わうことになったのだ。