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第1話 新進気鋭の若手実業家

5話完結という短めの作品ですがよろしくお願いします。

その男は優秀だった。


幼い頃から学業成績はケタ違い。周囲の大人が驚くほどの賢さを見せ、あれよあれよいう間に超が付くほどの高偏差値の大学に入学すると、そこでは主席となって卒業後は大手企業に就職した。


その男は商才があった。


会社ではすぐに営業成績トップになり、将来の幹部候補として期待された。しかしそこを数年で退社。そして20代半ばにして独立すると興した会社も瞬く間に業績を上げ、多くのメディアにも取り上げられた。


新進気鋭の若手実業家と呼ばれた彼のもとには、金も名声も異性も自然と集まってくる状態だった。


まさに天才。まさに我が世の春。


しかし・・・。


その男は横暴でもあった。


周囲には自分と同じレベルを求め、高い期待値を設定し、それをクリアできないと口汚く罵る。そのような性格から幼少期から友人もできず。しかし男はこれを改めることなどするはずもなく、独立した会社の代表になってからも社員にはこのような態度で接していた。


それが自身の運の尽きとも知らずに。





「今月の営業成績はこれですか・・・。なるほど、さすが下等生物の集まりらしい数字ですね。生きる価値あるんですか、君らは」


会議室。


役員が集められているそこでは男、喜羅和天道(きらわてんどう)が大きな円卓の周りで直立不動となっている年上の大人たちに向かって毒を吐いていた。


「新入社員の成績もこのザマ。研修で何を教えているんですか?いかにして私の機嫌を悪くするか、とかですかね?」


天道は手に持っていた資料を足元に叩きつけると、高価なスーツの襟を触れながら不機嫌そうに言葉を並べ、ポマードで固められたオールバックの頭をかきながら大きなため息をついた。


「はあ・・・。あのね、こっちは君らみたいな薄汚い無能を食わせるためにどれだけ苦労しているか分かりますか?人件費、バカにならないんですよ?分かってます?その腐った脳みそで少しは考えてみてくださいよ?」


「「「・・・」」」


役員たちはまだ30歳手前の彼の言葉を聞いて唇を噛みしめるが、何も言い返すことはできない。


不景気の昨今。


天道の口八丁手八丁なヘッドハンティングを受けてこの会社に入った彼らは、今ここでいきなり転職と言ってもそれは簡単に叶わない。


『迂闊だった』


この会社にいる人間は役員から末端の新入社員まで口を揃えてこう話す。


面接の折には、履歴書に記してある自身の経歴や能力を評価する笑顔の社長を見て『あの喜羅和天道から肯定されている』という高揚した気持ちだった。


メディアにも取り上げられるほどの有名人。まさに憧れの的。


ところがいざ入社してみると天道はその本性を現す。


求人票・サイトに書かれている内容とは、大きく異なる地獄のような勤務時間。

当たり前のように要求され、家族からも心配されるほどの休日出勤。

理不尽とも思えるような内容も含まれた、細かな査定による給与。

会社を辞めようとしても、もはやそう考える暇すら与えない閉鎖された環境。


天道は自分以外の人間のことを、自身に利をもたらすための駒としてしか見ていなかったのだ。


壊れるまで働かせて再起不能になったら捨てるだけ。


しかしこのような人間には・・・いつしか必ず罰が当たる。


「もう良いです。後は皆さんで話し合ってください。私はこれから大切な会食があるので」


こう言って席を立つと、そばにいるスタイル抜群で美しく若い秘書を伴って会議室の出口へと向かう天道。


だがこの直後。彼は背中に激痛を感じた。


「・・・へ?」


いつもの天道からは聞けないような、間の抜けたような情けない声。彼は恐る恐る後ろを振り返ると、視線の先には営業部部長である中年男性の姿があった。


彼の手に握られているのは包丁。そしてその刃は、天道の体に刺さっている。


鋭い痛みが襲ってくるのに言葉は出ない。


だが、背中を伝って自身の血がドクドクと流れ出ている感触は理解できている。同時に秘書の悲鳴が耳に響く。


「い、いい加減にしろ・・・!お、お前のせいで・・・僕は大切な人の死に目に会えなかったんだぞ・・・!」


部長の震える声を聞きながら天道は、そのまま意識を失った。





「いやあ、さすがに日常的にあんなこと言ってたらいつか殺されるって。あんた、他人の気持ちを考えなさすぎじゃ」


天道は目を覚ますと、真っ白な空間にいた。


そして目の前にはイスに座った大きな・・・いや巨大と称した方が良いような、長いあご髭を蓄えた老人。


「・・・あ、あなたは?ここは?」


「ここは死んだ人間が必ず通る場所じゃ。さしずめ生前の行いを審判するところと言えるじゃろう」


「・・・私は死んだのか・・・。それではさしずめ、そちらは閻魔大王か・・・」


呆然とした天道が尋ねると老人は笑い声を上げる。


「ま、もっと分かりやすく言うとワシは神じゃな。神じゃよ神。分かる?神様じゃ」


イスに座った老人・・・神は手に持っている書類から目を外して、天道のことを見つめる。


「それでは私はどうなるのですか?このまま天国に連れて行かれてしまうのですか?」


天道の言葉を聞いて深く頷く神。


そして彼は口角を上げながら天道にこう返した。


「まだじゃよ。あんたの肉体、実はギリギリのところでな。正直言うとこのまま完全に死ぬか、奇跡的に蘇生できるかワシの一存にかかっておる」


「!!じゃ、じゃあ!」


「まあそんなに慌てるな。これには条件がある」


そして神は天道のことを指さす。


「お前には課題を与えよう。ちょっくら別の世界に行って、色んなことを学んで来い」


「は?え?」


さすがに困惑する様子の天道をよそに神は彼に両手の掌をかざして唸り始めた。


「うーん・・・!はあ・・・!ふぅ・・・はあ!!!」


「ちょ、ちょっとどういうことですか!?私は一体、今から何を!?」


「ふおぉぉぉぉ・・・!って、え?そのままじゃよ。あんたは競争社会で生きることに適正がありすぎた。だけどあれじゃあ人はついて来ない。じゃがその才能もまた失うにしてはもったいない」


光に包まれる天道。この様子に慌てふためくそんな彼のことをじっと見ながら神は、最後に優しくこう諭した。


「人生を学べ、青年よ。世界はもっと広いんじゃから。時が来るまで待っておれ」


こうして喜羅和天道は、別世界に転生した。

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