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4:出陣前に

「ユタ様、出ました。《朱》です」


 ノルカが報告してきたのは、前線の駐屯地に入って四日目のことだった。


 後発の本隊が到着するのは、あと二日ということだ。連れてきた先発部隊とランダー第三神官の率いていた部隊との再編成は済んでいたが、戦力としては少々物足りない。何とかもたせることができればいいが。地の利は相手にある。できれば倍の数は欲しい。


「規模は?」

「はい。あちらの軍勢は千、本隊ではなく哨戒部隊のようです。こちらも一番から二番小隊の千を出しました」


 この返答に、ユタは少なからず驚いた。


「珍しい。四小隊も残すなんて」


 この副官は、堅実かつ思い切りのよい戦い方をする。特に「数の利」の準備には余念がない。現在こちらの数は三千。いつもの彼女なら千の部隊に対し二千は出しそうなものだ。本陣の守りに半分以上残すことは、なかなか珍しかった。


「私の信条は『勝てると思ったら思い切りよく、解らないときは慎重に』なんです。あちらは朱の大将が率いているとの情報も入っています。彼には前任もやられていますからね。慎重にもなります」

「なるほど。噂の大将殿か……」


 それならこの布陣を組んだノルカの考えもわかる。しかし。


「どう、対応しますか?」

「うーん」


 しかし、小競り合いを続けても進退はない。ユタは少しの間考えていたが、立ち上がると傍らの剣を手に取った。


「わかった。私が出るよ」


 驚いたのはノルカのほうだ。緒戦でなんの準備も前触れもなしに、全軍を指揮するべき将が前線に出向くなど正気ではない。確実に前線の兵が混乱する。

 百歩譲って元々ユタの部隊にいた者からすれば、彼女の奇行は『いつものこと』で済むかもしれないが、今回の部隊は前任神官から引き継いだ兵も多い。隊の長を担う第四神官も少なくない。ユタがいきなり出ていけば、彼らの混乱は必至だ。


「だ、駄目です! 何てことを言うんですか!」

「いいだろう別に。ここに居ても、ただ座っているだけだもの」


 ユタはのんきなものだ。


「駄目といったら駄目です! ここはいつもの部隊とは違うんですよ? 最初から持ち場を離れて、前線に加わる将がどこにいます」

「ん? ここ」


 副官必死の制止を、面白そうにかわすのは大将その人である。


「ユタ様。いい加減になさってください。今は言葉遊びをしている場合ではありません」


 ノルカの目が据わってきた。はぐらかせるのはここまでのようだと、ユタは居ずまいを正した。


「一度、きちんと会っておきたいんだよ。前にも話したけれど《ラゥ探し》で一番可能性が高いのは彼だ。本人が出て来ているならいい機会だし、それに大将の任だからといって後方で待機っていうのは、どうにも気持ちが悪い」

「ユタ様」

「それに、このまま細々と戦をくり返したところで、双方ともに消耗するだけだろう? 戦術的にはともかく、戦略としてのこちらの目的は《ラゥ探し》なんだから。でも、向こうの本音はわからない」

「朱の本音、ですか?」

「そう。あちらが求めていることが、『ただ戦をやめたい』なのか『ムルトからルンファーリアを追い出したい』なのか『ルンファーリアに復讐したい』なのか。推測をあげればキリがないけれど、その点をきちんと把握しておきたいんだよ」

「それはそうですが。言っては何ですけど、それほど一枚岩な組織でしょうか?」


 ノルカがぼやく。ムルトの成り立ちを考えると、その指摘は妥当なものだ。

 だが、ユタにはある懸念もあった。たしかにムルトの村同士の繋がりは強くない。しかしそれ以上に、ムルトとルンファーリアの間にある確執が、根深いことも事実なのだ。


 そもそもムルトとルンファーリアの相性は悪い。

 幾度となく小競り合いをくり返してきたし、血が流れた戦も少なくない。文化風習が違ったとしても同じムルトの村々に対する嫌悪感と、戦をくり返してきたルンファーリアへの憎悪を天秤にかけたとき、それがどちらへ傾くのかは想像に難くない。

 件の朱の大将は、そんな状況で盟を組み上げた。ユタは彼の手腕を警戒し、その真意を知りたかったのだ。


「だからこそ、直接会って話しておきたいんだよ。少なくとも《朱の大将》がどう思っているのかは、知れるかもしれないだろう?」

「それは、そうでしょうけど」

「まあ、そういうわけだから見逃してよ。ノルカ」


 しばらく二人はにらみ合っていたが、とうとうノルカが折れた。


「……わかりました。でも、無茶はなさらないでくださいよ?」

「信用ないなぁ」

「それは、ご自分の胸に聞いてください。ユタ様のお力は限りなく信用していますが、やり方が無茶すぎます。間違っても、単身で敵陣に乗り込むような真似は止めてくださいね? アーヴェルと一緒ならともかく、私一人では手に余ります」

「へえ。アーヴェルと一緒なら、ねぇ」

「な、なんです?」


 もう一人の副官の青年の名前を頼みに出してきたノルカを見て、ユタはほくそ笑んだ。以前は非常に、それはもう非常に仲が悪く、常に諍いあっていた副官たちだが、どうも近頃その関係に変化があったようなのだ。

 そうなった一番の要因は、ユタというままならない上官を相手にするという共闘と共感だということは、当の本人は知る由もないが。


「いやぁ? なんでもない。じゃあ、あとは頼んだよ。お願いね」

「まったく。かしこまりましたよ! ユタ様、お気をつけて」

「ありがとう、ノルカ」


 ノルカの肩をポンとたたき、ユタは駐屯地のテントを出た。


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