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ユィートネルムの唄を聴いて 第一部:紅の大地と白の唄  作者: 千賀 万彩記
第一部:紅の大地と白の唄

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幕:ユィートネルムの 白の唄

「ユタ! 一人、そっちに行ったぞ!」

「わかった! ファート、顔を出しちゃ駄目! 隠れてなさい!」

「う、うん!」


 ユタとアシュレイは身構え、ファートは荷駄の陰に身を隠した。飛んできた短剣をアシュレイが弾き落とし、その刃がファートの足元を滑っていく。


 三人はノアドの街から陸路で大洋へと向かっていたが、その間もルンファーリアからの追手は後を絶たなかった。神殿で『特務』と呼ばれる、裏事に従事する部隊だ。決して楽な相手ではなかったが、簡単に捕まってやるつもりはない。


 ユタについては微妙なところだが、ファートには「生きていること」がその条件に含まれているはずだ。少なくとも「まとめて火事で……」などという強引な手は使ってこないだろう。

 手練れの襲撃は増えたものの、その分、備えやすいのはありがたかった。


 二人は追手を撃退すると、剣を払って息をついた。


「はあ、こうも続くと、さすがに面倒になってくるな」


 アシュレイは汗をぬぐい、ぼやいている。

 ユタは笑って、周囲を見まわした。


「ファート? もう出てきて大丈夫だよ」

「お、いたいた。ほれ」


 ユタの声に顔を出したファートの首根っこをつかみ、アシュレイは力にまかせて彼を持ち上げた。ファートは手足をバタつかせ、その腕の主をにらむ。


「痛い! アシュレイは、どうしてそんなに乱暴なんだよ!」


 不貞腐れた表情で、ファートはアシュレイをねめつけている。

 ファートが「不機嫌」をあらわにするなど、神殿に居たときには考えられなかったことだ。しかし近頃、ファートの感情は急速な成長をみせている。


 というのも……


「そうか? いざとなったらユタの方が、ずっと大胆で乱暴だと思うぞ?」

「そんなことない! ユィタのこと、馬鹿にするな」

「馬鹿になんかしてないさ。ユタは『勇ましい』って褒めているんだ」

「ユィタは『乱暴』でも『勇ましい』でもなくて『カッコいい』だよ! アシュレイはわかってない!」

「そうかぁ。ファートは『かわいい』なぁ」

「かわいいって言うな!」


 ……この調子である。



 アシュレイとは、ノアドの街で落ち合った。

 ファートをルンファーリアから連れ出したいと、うすうす考えていたユタはトンコウで、「しばらく適当にふらふらする」と言っていたアシュレイを、この旅に誘ったのだ。


 彼の戦力はあてにできるし、女と子供の二人旅も、男が一人加わるだけでいろいろと楽になる。目くらましにもなる。

 アシュレイとしても、この申し出は渡りに船で、多少の下心とともに快諾したのだ。



 しかしアシュレイと出会ったファートは、まずは警戒し、次に押し黙り、そして反発した。

 ユタはその理由を訊ねてみたが「よくわからないけれど、気に食わない」ということらしい。どちらかというとファート自身も、湧き上がる謎の感情に戸惑い、振りまわされているようだった。

 以来ファートは、アシュレイに反発しっぱなしなのだ。今ではことあるごとに、なにかと嚙みつき、言いあっている。

 

 彼にしてみれば、いきなり知らない大人の男が同行することになったのだ。人と極端に関わらない生活をしてきた彼にとっては試練だろう、などとユタは思ったが、アシュレイに言わせれば「ただのカワイイ嫉妬」だという。

 のんきなものでアシュレイは、「俺、兄貴はいたけど下は妹ばっかりだったから。『弟』って新鮮なんだよなぁ」などと笑い、憎まれ役を楽しんでいる。


 ままならないアシュレイとの旅は、幸か不幸か、ファートの感情を育む大きな要因になっていた。



「もう、これだからアシュレイは!」


 ファートは今日も、『気に食わないやつ』相手にぶつくさ文句を言っている。

 しかしそれでいて、戦い方——これはユタが教えるような術ではなく、拳や武器を使う体術などの戦い方ことだ――やら、屋台の菓子の値切り方やら、魚釣りのコツやら、一緒に蟻の行列を眺めていたりやら、妙なところで懐いてもいるのだ。

 これもアシュレイに言わせると、『男同士の何とやら』というもので「別モノ」らしい。

 釈然としないものはあるが、それでも悪い関係ではないのだろう。

 ユタはそう思い、じゃれあっている二人に声をかけた。


「ファート! アシュレイ! 行くよ」

「「はーい!」」


 言いあっていても、どうやら返事は揃うらしい。



 街道を歩いていると、ファートが唄を歌いだした。

 近ごろ気がつくと歌っているので、どうやら彼の流行りのようだ。どこでどう覚えたのか、色々な唄を口ずさんでいる。


「———— ・ ―——— ・ ―———」

「あれ? ファート、その唄って……」


 その聞き覚えのある旋律に、アシュレイはファートに訊ねた。


「ん? ユィタが教えてくれた唄だよ」

「そうなのか?」

「ああ。まあ教えたというか、私の鼻唄を聴いて、覚えたみたい」


 それはユタがムルトの草原で舞いながら、口ずさんでいた唄だった。

 そして、グラーチィアを鎮めた唄でもある。


「へぇ。いい唄じゃないか。ファート、もっと聴かせてくれよ」

「……わかった。いいよ」


 珍しく素直に、ファートはアシュレイの要望を受け入れる。照れくさそうな歌声が、あたりに響いた。


「なんていう唄なんだ?」

「え、と。ユタ?」


 まごまごと問いかけてくるファートを笑い、ユタは答えた。


「ユィートネルムの、白の唄」



 







 第1部:紅の大地と白の唄: 完 





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