序:炎の草原
ムルトの草原は、紅く染まっていた。
炎がごうごうと唸りをあげ、草木を犯していく。
戦があったのだ。炎の中から怒号と罵声、悲鳴と馬のいななきが響いてくる。彼らは炎と煙にまかれて逃げまどい、しだいに動かなくなっていった。
惨状の風上で、向かい合う三つの影があった。
ひとつは風下の兵たちと似た服装の中年男。剣を片手にさげており、その顔は憎々しげに相手を睨みつけている。
男と向かい合っていたのは二人の青年。こちらも抜き身の剣を構え、厳しい表情で相手を見据えていた。
「あきれたものだな。この状況で草原に火を放って逃げるなど。部下を見殺しにしてまで、自分の命が惜しいのか?」
黒服の青年が、嫌悪感もあらわに口を開いた。
「ふん。兵の命は士官を守るためにあるのだ。かような状況だ。士官が撤退する時間かせぎにしかなるまい。過去の名高い兵法家も言っておるだろう。『将の命は兵のそれよりも優先される』とな」
「卑劣なことを……」
血走った眼で歪んだ論を語る男に、黒服の青年は舌をうった。
「なんとでも言うがいい。かの兵法家はこうも言っている『すべては結果に在り』とな。過程はどうあれ、最後に生き残った方が勝者であり正義だ。この炎だ。お前たちも無事ではいられまい。ここでお前たちに傷を負わせ、俺が生き延びれば俺の勝利だ。朱の将を倒した英雄としてな!」
高く笑う男を横目に、静かに炎を眺めていた紅服の青年が口を開いた。
「最後に生き残った方が、という点には同感だ。だが、あんたは俺たちの前から『生きて国に帰れる』と、そう思っているのか?」
「……」
「あいにく俺に、そのつもりはないんだが」
青年は無造作に、されど隙なく剣をかまえた。
「アシュレイ!」
「く、くそぉ!」
アシュレイと呼ばれた紅服の青年は、大きく息を吐き――
つぎの瞬間には、慌てふためく男めがけて、その刃を振り下ろしていた。
歯切れのよい音をたて、彼の首は宙を舞った。