十二 私の声
俺の前、にこやかに笑う男がひとり。
「じゃあ今日はよろしく頼むよ」
同性の俺から見ても見惚れるくらいの笑顔を向けられる。
「は、はい……」
「そんなに緊張しないで」
そう言われても。緊張するに決まってる。
長めの黒髪をうしろでくくったいかにも和風イケメンなその人。
まさか神様だなんて、誰も思わないだろうな。
「だいじょうぶ?」
ガチガチの俺にぺったりくっついて聞いてくるのは、椿の子ども姿によく似た女の子。
肩までの黒髪に黒い瞳、ノースリーブの黒いワンピース。腰に黄色と黄緑のリボンを巻いてる。
椿は子ども姿でも大人っぽかったりしたけど、こっちは全然。もうただかわいいの一言。
「大丈夫。行くか」
その子の頭を撫でてから椿を見る。
お揃いのようなノースリーブの黒いワンピースに黄緑と白のリボン。
「そうだな」
微笑んで、椿が応えた。
「昨日はすみませんでした」
境内で騒いだことを謝ると、神様からいいよいいよと軽く返された。
「いいもの見せてもらったよ」
爽やかな笑顔で言われるけど、なんて答えれば。
遠い目をしてると、きゅっと手を握られる。
俺の手を握る小さな女の子。
昨日姿を見た時はほんっと驚いた。
「響にぃさま? どうしたの?」
「なんでもないよ。ありがとな、たんぽぽ」
椿そっくりのこの子、たんぽぽなんだもんなぁ……。
たんぽぽまで神使になったのは、やっぱり俺たちが理由だって、昨日神様が話してくれた。
椿が俺に渡した花。あれは椿の絆と神様の加護で。あの時たんぽぽはそこに、自分の縁と神様から預かってた仕掛けを加えたんだって。
俺が思い出すきっかけを増やすために。思い出した時、椿の歌が聴こえるように。
「椿は意地っ張りだから」
なんでそこまで、と言った俺に。神様は笑ってそう答えた。
神様の手伝いをしたことで神使になったたんぽぽ。
元の姿と、俺がつけた名前と。どっちに依るかと聞かれたたんぽぽは、迷わずこの姿を選んでくれたって聞いて。めちゃくちゃ嬉しかった。
元々が希薄な存在だから幼い姿だけれど、長い年月をかけて精神が成長すれば変わるらしい。
かわいいから、このままでいいんだけどな。
「響なら勤とも縁がある。私にとってもありがたい人選だったよ」
皆月のことを話す神様は、なんだか嬉しそうで。
皆月、きっと気に入られてるんだな。
そんなことを思ってると、神様がじっと俺を見てた。
「それに、椿は今でこそこうだけど、元々は小さくて臆病な子だからね。響くらい強引で丁度いいんじゃないかな」
椿が俺をからかう時のような、ニンマリした笑顔。
あの時強引だったのは認めるけど。
俺、普段からそんなに強引か…?
四人でやってきたのは、昨日見つけたコダワリシロップのかき氷の店。
椿に話したら食べたそうにしてたけど、テイクアウトはやってなくて。
それを聞いてた神様が、自分が一緒に行けば店でも食べられるからって言いだした。
いや、それ神様が食べたいだけじゃ……と思ったけど。もちろん言わないでおいた。
たんぽぽは今までずっと見てるだけだったから、もうものすごいテンション上がってる。
店に入って席に通されたけど。
椿、ほんっと自然に神様の隣に座るんだよな。
まぁ俺はたんぽぽと手ぇ繋いでるし、端から見たら神様と椿の方が美男美女でカップル感あるし。普通なのかもしれねぇけど。
……やきもちだって、わかってるけどさ。
三人とも味は共有できるらしいから、今日は俺は食べずに済むかと思ってたんだけど。
なんでいっつもあとひとつが省けねぇんだろうな。
四つまで絞ったあと、三人で顔を突き合わせてあまりにも悩んでるから。
結局いつものように、俺の分も頼むことにした。
暫くして、それぞれの目の前に山盛りのかき氷が運ばれてきた。
たんぽぽと本契約になるわけにはいかないから、前の椿と同じように最初の一口しか分けてやれない。
椿が食べればたんぽぽも味はわかるっていっても。目の前にあるのにかわいそうだよな。
取り皿でも……と考えて、ふと気付く。
何かしらの影響は神様なら無効にできる。だったら別にスプーン使ったあとに何口食べても大丈夫ってことなんじゃねぇのか?
そう言うと、三人でものすごく驚いたように俺を見てきた。
「響は天才だな」
「響にぃさま、すごい」
「人の子の知恵はやはりたいしたものだな」
いや、気付けって。っていうか大袈裟だから。
呆れる俺をよそに、三人は嬉しそうにいちごのかき氷をつつき始めた。
本当に、振り回されてばっかりだけど。
椿に出逢えてなかったら、俺は今もひとり追い詰められたように過ごしてたかもしれない。
椿との出逢い、これを縁というなら。
俺は目一杯感謝しないとだよな。
隣ではたんぽぽが嬉しそうに自分のかき氷を食べ始めて。
神様はじっと俺のかき氷を見つめてから、もう大丈夫だと渡してくれて。
椿は――。
「響」
名前呼ばれて視線を上げると、目の前にスプーン。
椿の分の、マンゴーのかき氷が載ってるけど。
食えってか??
思わず周りを見回してから、椿の持つスプーンを口に入れる。
なんか恥ずかしい。
「美味しいか?」
「……ん……」
口の中、とろりと甘い。
引っこ抜かれたスプーンの向こう、椿が笑ってるから。
甘いものも、なんか前より好きになった気がする。
ダダ漏れらしい俺の気持ち。
聞こえたんだろう、向かいの椿が極上の笑みを見せた。
〈幸せだな〉
俺だけに聴こえる、かき氷みたいに甘くとろける声。
微笑む椿は本当に綺麗で。
溜息が出そうになる。
〈響が私の声に気付いてくれてよかった〉
まっすぐ俺を見つめる瞳に、椿がどうして自分の向かいに座ったのかわかった気がした。
「椿ねぇさま、うれしそう」
たんぽぽの声に我に返って、俺も慌てて自分のかき氷を食べ始める。
視線を上げると俺を見つめる椿と目が合った。
ふっと和らぐその眼差しに、溢れる幸せな気持ち。
『この先ずっと』は俺のセリフ。
この先ずっと。
椿とともに――。
お読みいただきありがとうございました。
『空に昇る音は君に繋がる唄だから』
完結となります。
神使になる前の椿の正体は、囀るモノだということと帯の色と椿の花を好むことから連想していただければと思います。
これはもともとひとつの詩(と言えるのかどうかはわかりませんが)から思いついたお話です。
元となった作品は同時刻に投稿しております。
『昇音』
https://ncode.syosetu.com/n9737in/
神使になったたんぽぽの番外編を書きました。
『ただいまの場所』
https://ncode.syosetu.com/n5548jf/




