復学試験1
初めて文学部らしいことをする。これは単なる青春群像劇ではない。そう言わば、青春をかけて戦った「青春戦争記」である。
銃を向けて立つ少女と無防備な僕、静かな図書館でそれは始まった。自身の目に映る残り体力を確認する。あと5。彼女はマガジンを変えているから5発撃てる。一発でも食らえば僕の負けか。
「残り時間も少ない。覚悟はいいか?」
ショートボブの梅重色の髪をしている彼女の目は酷く冷たい。初対面の印象とは全く別物だ。深呼吸を一度して、銃口へと視線を集中させる。
バンっ!
うるさくしてはいけないその場所で、大きな銃声が鳴った。
船から降りて涼しい風を浴びる。島風は心地がいい。
「お久しぶりです。体調は大丈夫ですか?」
話しかけてきたのは黒髪をゆるふわに巻いた女性だった。
「あ、えっと」
「あー、記憶喪失なんだっけ。んんっ。二回目になりますが自己紹介を、担任の古谷 未知子です。これから一年間、またよろしくね」
「はぁ。えっと、滝ケ花 吉備斗です。よろしくお願いします」
「うん。じゃあ学校まで行こうか」
「はい」
そう言われて僕は車へと乗り込んだ。戻って来たと言っていいのだろうか?記憶がないので、懐かしさは一ミリもない。
それなりの大きさがある学園島、商業施設などもあり高校にしては豪華過ぎるだろう。今から10年程前に日本の研究者によって作られたIC細胞によって大きな利益を得た政府が設立した島だから当然ではあるのだが……。
「滝ケ花くんはどれくらいの記憶がないの?」
「えーと、前の一年間は記憶がないですね。だから、初めて来たような感覚です」
「そうなんだ。じゃあ、“ぶかつどう”についても覚えてないの?」
「部活動ですか?それは、そうですね。はい」
「なら、ちょっと説明しといた方がいいのかな?復学においての試験はそれが元になってるし。いやでも……」
「……?」
部活動が元になった試験ってなんだ?
「あ、“ぶかつどう”って言うとダメか。えっと、戦闘訓練が正しいのかな」
「え?どういうことですか?」
「これから戦闘して貰うから」
「戦闘?え?」
「あー、これ以上はやっぱりダメかもな。校長に怒られるから。とりあえず頑張って!」
「いや、えっ?」
「そんなこと言ってたら着いちゃった。降りて」
車が止められて降ろされた。看板には「平和学園 文化闘」と書かれている。“とう”の漢字が違わないか、これ?
「待ってたよ、吉備斗くん。久しぶり」
そう言ったのは制服を着たピンクの髪をした優しそうな女の子だった。とても可愛いな。それに……。胸元に目をやった。苦しそうなジャケット、そこの胸ポケットには黒い何かが見えている。
「……えっと、あなたは?」
「記憶ないのか。残念、私くらいは忘れてないと思ってたのに」
「あの名前を」
「二条 小梅。思い出した?」
「……」
「ダメか」
「すいません」
「いや、いいよ。そっちの方がいいのかもしれないから」
彼女はそう言うとにこやかに笑った。名前を聞いて思い出すことはなかったが、一つ気づいた事がある。彼女の髪はピンク色ではない。梅重色であるということだ。いや、まあそれがなんだというのかは分からないが……。
「んんっ。二人共、そろそろいいかな?」
先生がタイミングを見計らっていたのかそう言った。
「私は大丈夫です」
「えっと、多分大丈夫だと思います」
「うん。じゃあ、試験内容を。10分間生き残ったら試験合格だから。それだけ」
「え?」
先生はそう言うと耳元に手をやって一人話し始める。
「準備完了しました。展開してください」
その一言から2秒後、頭の中に音声が直接流れた。
「復学試験プログラムを開始します。校舎内に入ってください」
どういう仕組みなのか考える暇はなさそうだ。校舎へと入っていく。
「10秒後からタイマーを起動します。カウント、10、9、8、7」
10分間生き残ったら試験合格……。戦闘訓練……。廊下を見渡してどちらへ行くかを立ち止まって考える。
「6、5、4」
まずい……。何か、とてもまずいことが起こる気がする。
「3、2、1」
「ちょっ!」
「0」
バンっ!
「うっ!」
銃声が鳴って肩に痛みが走った。よく分からないまま、走り出し目の前にあった階段を駆け上がる。何が起きているのだろうか?視界にはHPと書かれたバーがいつの間にか表示されていた。少しゲージが減っており、数値は9/10と表記されている。体力と考えた方が良さそうだよな?そう考えている間に二階へとついていた。目に入った教室へと入る。
実弾だったら死んでるはず……、というか血すら出てないし。ってことはこれは拡張現実か?脳に移植されたIC細胞が作り出したやつと考えるしか無さそうだ。思考を整理している中、階段を上がる音が聞こえてきた。
「……!」
咄嗟に扉を確認する。自分でも気づかぬ内に扉を閉めていたことに驚きつつ、出入口が二つあることを理解した。ここに入ったことがすぐにバレるとは思わないがだとしても焦った方が良いだろう。
かがんで自分が入って来た側の反対側へと静かに移動する。ドアが開いた瞬間にここから逃げればいいはず……。
バンっ!
「なっ!」
扉を貫通した銃弾が胸に当たる。咄嗟にその場を離れて設置されていた椅子を手に取った。
そして、それを自分が入って来た側の扉へと思いっ切り叩きつける。大きな音が鳴って扉が外れた。
「……!」
射線からの予測で彼女の位置をなんとなく賭けたが当たったな。倒れていく扉を小梅は避ける。その隙にと、走って僕は階段へと逃げていく。追いかけるような銃声は聞こえて来なかった。