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カーニバル  作者: キキカサラ
七月八日
18/21

7月10日 山本史也

「何か詰まんなくなってきたな~」


 昨日相手にした女に服を着せながら、つい呟いてしまった。

 ふと隼人に目をやる。全裸でみっともない。

 もっと面白くなると思っていた。折角きっかけを作ってやったのに、考えることが平凡すぎる。

 こんなこと、誰でも思いつくだろう。もっと革新的なことをしてくれると思ってたのにな。

 まあ、でも、そのために次の手を打っておいたんだ。


「少しは面白いことしてくれると思ったのに、残念だ~」


 女を担ぎあげる。隼人に借りを作るのは嫌だから、自分で返しておこう。

 隼人の言いつけを守っているなら、川島教授が外に待機しているはずだ、家まで送ってもらおう。拒否はされないだろう。


 外に出ると、既に日が昇り始めていた。夏は日が出るのが早い。眩しい。

 逆光に当てられて、車の姿が見えた。


「おはようございます。送ってくれませんか?」


 川島教授が運転席から僕を見上げる。感情を隠す気がないのか、凄く嫌そうな顔をしている。

 無言の拒否を無視して、女を車に乗せる。


「朝に講義があるんですよ、お願いしますよ」


 自らも乗り込んで言う。ここまで渋られるとは、思わなかったな。

 僕の言葉を聞いて、川島教授は渋々エンジンをかける。

 教授をやっている身としては、講義を休ませる行動はしたくないだろう。


「僕の家でいいですよ。場所分かりますよね」

「はい」


 短く答えて、車を発進させた。話す気はなさそうだ。

 まあ、送ってくれるだけマシか。

 しばらく無言の時間が続く。

 無言の時間って、嫌だな~、何か空気が悪いよ。

 女でも触って気を紛らわすか、外の風景でも見て…ん?

 きょろきょろしていたら、あることに気付いた。


「今まで、潔癖症なだけかなと思ってたんですけど」


 僕が話し出しても、教授は何の反応もせずに運転を続けている。

 もっと僕に興味を持って欲しいな。ちょっと、意地悪をして狼狽えさせてやるか。

 信号で車が止まる。今だな。

 身を乗り出して、ハンドルを握る手から外れている指を触る。


「あ、やっぱり、これ義指ですよね」

「なにを!?」


 驚いて、川島教授がこちらに振り返る。

 いいね、その顔だよ。僕を無視するから、驚く目に遭うのさ。


「青になりましたよ」


 僕は何事もなかった様に、体を引っ込めて、シートに座った。

 教授は、仕方なく車を発進させるが、バックミラーで、ちらちらと僕の様子を確認している。

 意識せざるを得なくなったようだね。何か笑える。


「普段は気づかなかったですけど、車を運転している時に、左手の小指と薬指だけが立ってるから、違和感があったんですよね~」


 川島教授は何も言わない。


「でも、そこの指って、川島教授、実は元ヤクザとかってないですよね?そうだったら、怖いな~、どうしよう~」


 おどけて言った。


「山本君」

「はい?」

「そういう詮索は、しない方が身のためだぞ」

「へぇ、どうなるんです?」


 川島教授は、僕の問いに答えなかった。

 また沈黙が続く。


「着きました」


 教授は車を停めると、早々に車を降りた。

 そして、僕の脇のドアを開ける。


「どうぞ」


 親切な行動に見えるが、明らかに、早く降りろと言っているのが分かる。


「はいはい、分かりましたよ」


 これ以上、オモチャにしても、面白くなりそうもなかったので、僕は素直に従った。

 車を降りて、女を抱き上げる。


「どうもでした~」

「山本君」


 軽くお礼を言って、立ち去ろうとした僕を、教授が引き止めた。

 自ら話しかけてくるなんて、どうしたんだろう。そんなに僕の冷やかしが、頭にきたのだろうか。


「あまり首を突っ込まないことだ。厄介ごとに巻き込まれて、後悔するぞ」

「あははははははは」


 川島教授があまりにも面白いことを言うので、早朝にも関わらず、つい大声で笑ってしまった。

 僕の態度に、教授が戸惑っているのが分かる。


「教授、勘違いしてますよ。僕は厄介ごとに巻き込まれたいんですよ」


 代り映えしない毎日に、何の価値があるだろう。

 変わらない日常が、何よりの宝だと、講釈を垂れる奴がいるが、そんなの自分の退屈な日常を正当化しようとしているだけだ。


「僕は刺激のある毎日を過ごしたいんですよ」

「君は何を言ってるんだ」


 教授は絶句した。

 厄介ごとに巻き込まれるとか、意味深なことを言っているくせに、この男も平凡な日常が宝だと思っている、くだらない人間に違いない。

 そんな考えを持つこの男に、もう興味はない。僕はさっさと家の中に入った。


 女をベッドに寝かせて、シャワーを浴びる。

 そして、シャワーから出てくると、女が起きていた。


「ここは?」


 怠そうに言う。薬のせいだろう。


「僕の家だよ」

「え?」


 女が固まる。自らが置かれている状況が分かっていないようだ。

 この子の名前は何て言ったか。興味がないから覚えてないな。


「昨日、君は酔い潰れちゃったから、僕の家で介抱したんだよ」

「そ、そうなんですか。ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました」


 そう言いながら、そわそわしている。

 例え、ヤっている最中に意識が朦朧としていたとしても、体の違和感は残っているのだろう。

 もしかしたら、若干記憶もあるのかもしれない。


「あの、もしかして…」

「ん?」

「い、いえ、何でもないです…」


 自分からは聞けないタイプなのかな。それならそれで、放っておけばいい。

 ここで、状況をかき混ぜて発生する厄介ごとは、僕の好みのものではない。


「僕、朝から講義だからさ。申し訳ないけど、帰る準備してくれるかな?」

「あ!ごめんなさい!」


 女はいそいそと身支度をすると、玄関に向かった。


「ホント、昨日は、すみませんでした。お世話になりました」

「ううん、いいんだよ」

「お、お邪魔しました」


 そう言って女は、帰って行った。

 さて、僕も大学に行くかな。





 講義は退屈だった。でも、出席率がヤバいから、仕方がない。

 ご飯を食べてから、隼人の所に向かうか。


「ん?」


 学食で、川島教授と愛美ちゃんが話している。

 珍しい組み合わせだ。もしかして、あの二人、面識があるのだろうか?

 愛美ちゃんが居るということは、いつもセットでいる、美人の美香ちゃんはどうしたのだろうか?

 周りを見回すと、少し離れた席にいた。スマホを見ながら、ニコニコと操作している。

 この様子だと、教授と愛美ちゃんとの話とは、無関係そうだ。

 僕は、愛美ちゃんの方に注目することにした。

 愛美ちゃんが、川島教授から、何か紙を取り上げ、話している。

 一方、取り上げられた教授は、酷い狼狽えようだ。相当、まずいものが見つかったに違いない。

 愛美ちゃんは少し話すと、その紙を自分のカバンの中に入れた。あの紙には何と書かれているのだろう?気になる。

 そして今度は、教授の手に自分の手を重ねた。この二人、そういう関係なのか?元恋人とか?となると、さっきの紙は、婚姻届けとか?そんなバカな。

 様々な考えが頭の中を駆け巡る。予想ができない。


 あれ、あの指の動き…。


 愛美ちゃんが重ねた手を動かし、小指と薬指を執拗に触る。つまり、彼女も教授が義指ということを知っている動きだ。

 やはりこの二人、古くからの知り合いじゃないだろうか。


「ひぃっ!」


 教授が小さな悲鳴を上げた。注意して観察していた僕が、微かに聞こえるレベルだから、学食にいる学生は気づいていないだろう。

 教授の視線を追う。そこには美香ちゃんの姿があった。

 あの怯えよう、美香ちゃんのことがそこまで怖いのか。何故?

 二人のやり取りを見て、愛美ちゃんが、教授よりも強い存在なのは分かった。


 しばらく話し、川島教授と愛美ちゃんは別れた。愛美ちゃんは、美香ちゃんを連れ、学食を出て行こうとする。

 その最中、厨房のごみ箱に、何かを破り捨てた。厨房のごみ箱ならば、誰かに拾われないという考えだろうか。安易だ。

 捨てられたものは、僕の予想が正しければ、さっき、教授から取り上げた紙だ。

 愛美ちゃんが、学食から出て行くのを見計らって、そのゴミ箱に向かう。


「おばちゃん!間違えて、レポートをこのゴミ箱に捨てちゃったんだよ~。ちょっと中を見せて!」

「何やってんのよ、あんたは~。いいよ~、ゆっくりやりな~」

「ありがと~」


 さすが、学食のおばちゃん。人がいい。

 早速、ゴミ箱を漁る。


「ははっ、これは面白い」


 しばらく漁ると「危」という文字の書かれた切れ端を見付けた。

 危から始まる言葉…無難に危ないという言葉から、危険、危難、危篤、危害……どの言葉を取っても、危という言葉が入る以上、穏やかな言葉ではないことは確かだ。

 これは、僕が求めていた刺激のある事柄に違いない。

 先ずは、この切れ端を繋げて、何と書いてあるか見てみたい。


「おばちゃん、ごめん。レポートがバラバラになっちゃって回収が難しいから、このゴミ袋ちょうだい。代わりに、新しくしとくね」


 僕は、ゴミの入った袋を取り出し、新しいゴミ袋をゴミ箱に設置した。


「あら、悪いわね~。レポート、ちゃんと回収できるといいわね」


 食堂のおばちゃんが、ねぎらいの言葉を、投げかけてくれる。

 僕の嘘をまともに受けてくれて、笑える。


「ありがとう、おばちゃん。ごめんね~」

「いいのよ~」


 おばちゃんに別れを告げ、生ゴミの紛れた、臭いゴミ袋を持ち去る。

 ゴミ袋を持ち帰るなんて、凄く嫌な気分だが、中には日常を面白くしてくれるお宝があると思うと、そんな苦痛は吹き飛んだ。

 全部を繋げると、一体どんな言葉が書かれているのだろう。僕の心は躍った。


「僕、パズルは得意なんだよね」


 ゴミの入ったゴミ袋を担ぎながら歩くという、みっともない姿を晒しながら、自分の車に向かう。

 傍から見れば、ゴミを持った奇特な人間だが、僕にとって、この袋の中身は、ゴミと同時に、宝だ。

 車に着き、トランクにゴミ袋を載せる。そして、運転席に乗り、背筋を伸ばす。

 ふと、仕掛けのことを思い出す。


「紗耶ちゃん、上手くやってくれてるかなぁ」

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