7月10日 沢渡愛美 情報提供編
過激な性的発言、表現があります。
苦手な方は、読まないことをお奨めします。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
「小さい観覧車とはいえ、近くで見ると大きいなあ」
「徹、その言い方だと、小さいんだか大きいんだか分からないぜ」
観覧車を前に徹君と竜司君がはしゃいでいる。気を使ってくれているのかしら。
美香は、相変わらず私の後ろにぴったりと、くっついている。
「じゃあ、僕は美香さんと乗るね。竜司は愛美さんをエスコートしてよ」
「ああ、分かった」
徹君の言葉に、竜司君が返す。
そして、徹君は私の後ろにいる美香の手を取ると、観覧車の方へ引っ張って歩いていく。
「ちょ…」
「二人にしてやろうぜ。徹ならきっと、今の空気を変えてくれるぜ」
徹君も竜司君も、私たちの空気が重いことを感じ取っていたのね。何だか申し訳ないわ。
でも、徹君と美香を二人きりにして大丈夫かしら。まあ、観覧車一周分の短い時間で、何か起こることはないでしょう。
「俺たちも乗ろうぜ」
「え?」
私たちも乗るの?
「徹たちが戻ってくるのを、下で待ってたら、二人の親みたいじゃないか」
竜司君が笑う。
確かに、形だけとはいえダブルデートなのだから、美香の気持ちを白けさせるわけにはいかない。
「そうね」
私は竜司君に続き、観覧車に乗った。
「今日は、ダブルデートをしてくれてありがとう。徹も楽しそうで良かったよ」
「あら、お願いしたのは私の方なのだから、お礼を言うのは私の方よ。美香ちゃんも楽しんでいるみたいだし。ありがとう」
「そういや、美香さん。ゲームセンターの時から、空気が重いな」
「当然でしょ。人に噛みついたんだから、反省しているのよ」
「まぁ、そうか…」
沈黙が訪れる。
「でも、徹なら、多分大丈夫だから、気にしなくていいのにな」
沈黙を破ったのは竜司君だった。
この一言を切っ掛けにして、私も話を振る。
「そういえば徹君。喧嘩が強くてびっくりしたわ。格闘技でもしていたの?」
「そうだな。とにかく、あいつは目がいいんだ。動体視力ってやつ。だから、素人じゃ徹には当てられないだろうな。そんなんだから、格闘技では負け知らずだったよ。本当に、将来を有望されていたんだ」
「勝ってるんじゃない」
「ああ、格闘技ではな」
「なるほどね」
不意に、スマホが震えた。
「ちょっと、ごめんなさい」
スマホを確認する。
川島からのメッセージだった。
どうやら今夜、肝試し会場の下見の決行を促すことに成功したらしい。良くやったわ川島。
これで、竜司君に提供できる情報が、本当にできた。
下見の集合時間は十七時か。もう少しね。
川島に「迎えにきなさい」とだけ返信する。
「そうだ竜司君。ダブルデートを開いてくれたから、私からも情報を提供するわ」
「お、いよいよ教えてもらえるのか」
竜司君が、前のめりに座り、私の言葉に耳を傾ける。
「今日の十九時に、肝試しの下見が行われるそうよ」
「なるほど」
「まあ、三年生で下見するって言ってたから、何か起こることはないでしょう」
「そうだな」
「これが一つ」
「一つ?」
「そう、一つ。二つ目は、その肝試しの下見の時間。そうね、二十一時くらいだと思うわ。その時間に、指定の部屋に行ったら、隼人先輩の実態を掴める出来事を目撃できるわ」
「二つ情報をくれるなんて、気前がいいじゃないか。だけど、一つ気になることがある」
「何かしら」
「深山先輩の実態を掴める出来事を目撃できるって、まさか、自分たちで何か起こす気じゃないだろうな?」
竜司君が険しい顔をする。
さすがね。なかなか鋭いわ。
「前に、多少の犠牲は考えろって言ってただろ。もしかして、誰かけしかける気なのか?」
「まさか!いくら私でも、他人を利用しないわよ。私が前に言ったのは、美香ちゃんと誰かが被害に遭ったら、美香ちゃんを取るってだけの話よ。私の話を曲げて受け取らないで欲しいわ」
「本当か?」
「しつこいわね。何で私が友達を売るような真似をしなきゃならないのよ」
「お?部の人を、ちゃんと友達だと思ってるんだな」
「当たり前でしょ?あなた、私を何だと思ってるのよ」
「冷徹な女」
「酷い男!」
嫌そうな顔をして、舌を出してやる。私の顔を見て、竜司君が笑う。
竜司君に言われて、改めて考える。
友達か。
自分で言っていて、こそばゆくなった。改めて認識したけど、確かに私は、部の人間を友達と思っていたのだと思う。
今まで、美香以外の人に、そう思ったことはなかった。
何だろう、この心境の変化は、少ししか関わっていないというのに。
もしかしたら、彼女たちが、隼人先輩のターゲットになりかねない立場にあるからだろうか。
守りたいのかな。同じ女性だから?自分の気持ちの着地点が見つからない。
それに、こうやって竜司君と、友達の様な会話ができるとも思っていなかった。昔の美香ちゃんの事件以来、私は、普通の人としての生活をできるとは思っていなかった。
だから、今の、この部に入ってからの心境の変化が、自分の中では意外だった。
心がざわざわする。落ち着かないけど、悪い気持ちではない。
もしかして、今日、美香のテンションがおかしいのも、私の様に、心に変化が起きているからなのだろうか?
「目撃できるって言い切っちゃったけど、私も何が起こるか知らないのよ」
「あ、そうなんだ」
「ただ、一つだけ条件というか、約束をして欲しいの」
「何だ?」
「隼人先輩の実態を見に行くのは構わないけど、絶対に誰にも見つからないで。加えて、下見にも参加しちゃダメよ」
「何でまた」
「簡単な話よ。竜司君のことが隼人先輩の目に入ったことで、彼が警戒して、いつも通りの行動をしてくれないからよ」
「俺って警戒されてるのか?」
「新歓コンパであれだけ噛みついてて、よく、そんなことが言えたわね」
「あははははは……」
竜司君が渇いた笑いをする。
本当に無自覚だったわけ?鈍いのか何なのか、よく分からない男だわ。
「なあ、俺は今回のダブルデートで、少なからずとも、徹と美香さんは仲良くなれたと思ってるんだ」
「私もそう思うわ」
私たちを守ってくれた徹君は、私の中で、初めに会った時の印象から変わった。
初めは、その、なよなよとした印象に、苛立ちしかなかったが、そうではないことが分かった。
とはいえ、秘密の件がある以上、美香と仲良くすることは構わないが、それ以上、親密度は上げないで欲しいというのが、私の望みだ。
「それと…」
竜司君が私の背後に目をやり、にやつく。
「徹と美香さん、付き合うかもしれないな」
「え?」
私は振り返り、竜司君が見ているものを確認した。
観覧車が頂上に近付き、私たちのゴンドラから、美香の乗るゴンドラの中が見えた。
「んなっ!?」
つい変な声が出てしまった。当たり前だ、美香と徹君がディープキスをしていたのだ。
私のさっき願った望みは、直ぐに打ち砕かれることになってしまった。
「こりゃあ、恋人同士になっちゃったかな?」
竜司君がにやにやしながら言った。
冗談じゃないわ!
叫びたい気持ちを抑え、冷静を装う。
「まあ、可能性はあるかもね」
あくまで私は、中立の立場を装わなくてはならない。
デート開始の時みたいに、感情的になってはいけない。
「あれ、怒らないのか?」
「何で私が怒らなきゃいけないの?美香ちゃんの恋愛は、美香ちゃんの自由よ」
嘘だ。
美香に恋愛されては、正直困る。
第三者が、私たちの間に入って来るならば、美香をサポートすることの支障になるのは明らかだ。
それに、美香が徹君にディープキスをしている。この状態は危険すぎる。
キスしたということは、恋愛対象ではなくて、美香のターゲットになった可能性がある。それだけは回避しなくてはいけない。
あくまで私たちのターゲットは隼人先輩たちなのだから、関係ない人を巻き込みたくはない。
「親密になってきていることだし、徹のことを少し話したいと思う」
「徹君のこと?」
「ああ」
「徹君のことなら、美香ちゃんに話せばいいじゃない」
「俺は、愛美さんとも仲良くなったと思ってるぜ」
「え?」
面と向かって言われた。こんなにまじまじと言われると、ちょっと恥ずかしい。
親密って、あの二人だけの話じゃなかったんだ。
「まあ、そんなわけだから、話を聞いてくれよ」
「わかったわ」
「ゲーセンでさ、徹が喧嘩は強いけど、勝ったことも負けたこともないって言っただろ」
「ああ、頓智の話ね」
「頓智?そんなこと思ってたのかよ」
竜司君が笑う。そんなに可笑しいこと言ったかしら?だって、矛盾する二つのことを言っているのは、竜司君なのよ。これが頓智じゃないなら何なのよ。
「徹は喧嘩になっても、避けることしかしないから、負けることはないけど、相手を殴らないから、勝つこともないんだ」
「でも、さっきの喧嘩は、徹君が避け続けた結果、喧嘩売ってきた男どもは、バテて戦意喪失してたわよ。これって勝ちじゃないの?」
「あははははは、確かに!」
また大笑いする。だから、何が可笑しいのよ。
「俺は、相手を制していないから、引き分けだと思ってたぜ。でも、心が折れてるから、確かに勝ちだよな」
うんうんと、竜司君は頷き、一人で納得している。
私は当たり前の話をしたつもりだけどな。
「それで、その話がどうしたのよ」
「ああ、ごめん、話が反れたな。さっき言ったけど、徹は喧嘩になっても避けることしかしないんだ」
「反撃しないってことね。何か理由があるの?」
「さすが愛美さん、鋭いね。それがこれから話すことなんだよ」
手が出せない理由があるってことなのね。
竜司君が深呼吸する。深刻な話なのだろうか。
「徹は、人を殴って死なせてしまったことがあるんだ」
「え!?」
予想すらしていなかった言葉に、私は叫んでしまった。反応を大げさにするつもりはなかったが、あまりにも衝撃的な内容に、咄嗟に出てしまった。
「まあ、そういう反応になるよな」
「人殺しってこと!?」
「それは違う!」
竜司君が叫んだ。その顔は険しい。
つい言ってしまって反省した。確かに徹君は、人殺しをするような人ではない。
「ごめんなさい、確かにそんな人ではないわよね」
素直に謝った。
「いや、いいよ。俺の言い方が悪かった、すまない」
竜司君も謝ってきた。
「あれは、不慮の事故だった。心臓振盪って知ってるか?」
「聞いたことないわ。脳震盪なら知ってるんだけど」
「簡単に言うと、心臓にタイミング悪く外的衝撃が加わると、心停止をしてしまう現象さ」
「そんなものがあるのね」
初めて聞いた。勉強不足だったわ。
「スポーツとか、格闘技とか、結構これによる死亡事故はあるんだぜ」
「そうだったのね」
「そして、徹もその一人になってしまった。練習試合中に出した打撃が胸に当たり、運悪く引き起こしてしまったんだ」
「それは…」
さぞ、衝撃的な出来事だったでしょうね。
「それ以来、徹は、冗談でも人を叩くことができない」
「そんなことがあったのね」
良くも悪くも平凡な男だと思っていた。そんな彼に、そこまでの暗い過去があるなんて想像もつかなかった。
そして、同時に思った。もしかして美香が徹君に惹かれているのって、徹君の内にある感情を読み取っているからなのかしら。
「徹君には、触れられたくない過去なんじゃない?何で、そんなこと話したの?」
「さっきも言ったけど、親しくなったからだよ」
「だからって、そんな過去、普通話さないわよ」
「俺は、それだけの関係になれたと思ってるぜ」
「それはどうも」
竜司君、人を信用しすぎじゃない?そのせいで、徹君が悪い噂を流されるかもしれないのよ?
まあでも、私は今の話を人に広める気はないから、ある意味、竜司君は人を見る目があるのかもしれないわね。
「徹の話は、美香さんに話してもいいぜ。徹にも愛美さんに話したことを言っておくよ」
「考えとくわ」
わかったわ、なんて返事をしたら、私がお喋りみたいになってしまう。
だから、考えとくわ、だ。
「おう」
私に返事をした後、竜司君はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「徹が、部に入った理由知ってるか?」
「お酒に興味があるからでしょ。自己紹介で言ってたじゃない」
何を言い出すのかしら。ちゃんと自己紹介は聞いていたわよ。
「それは、表立っての理由な」
「表?」
「そう。本当の理由は、彼女を作りたいからだってさ」
「はぁ?」
呆れた。あの男、見直して損したわ。
「ふざけた理由ね。そんな奴に、美香ちゃんは任せられないわね」
「そうなっちゃうよな。でも違うんだよ」
「何がよ?」
友達の印象を悪くする話をしておいて、フォローするってどういう話し方なのよ。
「事故以来、徹は恐怖で人と関わることができなくなったんだ。俺とか、本当に親しい人は例外だったけどな。でも、そんな徹が、もっと友達を作りたいじゃなくて、彼女が欲しいって言いだしたんだぜ」
竜司君は、天井を見上げた。その目は遠くを見ている。
「嬉しかったな。やっと、一歩踏み出したんだって思った」
「何で彼女なのよ」
友達じゃなくて彼女の意味が分からない。
「簡単だよ」
「わからないわ」
「上辺だけの人間関係を増やしたいんじゃなくて、親しい人を増やしたいんだ。友達は段階が必要だけど、彼女なら、直ぐに親密になるだろ?」
「なるほどね。まだ、色々な人と関わるのには抵抗があるってことなのね」
「そう。でも部に参加したいってのは、本当に大きな一歩だと思う」
それはそうよね。彼女を作るためとはいえ、徹君の関わりたくない、その他多数にも関わらなくてはいけないのだから、勇気のいる決断ではあったでしょう。
「だから、本当にデートに誘ってくれてありがとう。感謝してる」
竜司君が改めて、深々と頭を下げた。
「いいわよ。美香ちゃんが言い出したことなんだから」
徹君の意外な過去を知った。そして、苦しんでいることも知った。できれば、彼女を作ってあげて、新たな人生を歩んで欲しいと思う。
でも、ごめんなさい。美香とくっつけるわけにはいかないの。
「何はともあれ…」
「うん?」
「美香ちゃんと付き合う気なら、その覚悟の程を、直接聞きたいものね」
「おー…」
竜司君が引く。
まるで、私が美香を取られて嫉妬している風に振る舞う。これで、私が徹君を呼び出しても不自然ではない。
「さあ、着いたわよ。降りましょう」
私は、ゴンドラを降り、真っ先に徹君のところへ向かった。
徹君と美香は、まるでカップルの様に、手を恋人繋ぎにして待っていた。
徹君、あなたは今、危機的状況にあるかもしれないことが分かっていないようね。
「徹君ちょっと」
徹君の手を引っ張る。しかし、その場から動こうとしない。いや、動けないようだ。
美香が踏ん張って、徹君を取られまいとしている。
「い、愛美ちゃん」
美香が抗議の目を私に向けてくる。
私にそんな目をするなんて初めてね。悲しいわ。
でも、どうしても今、彼と話をしなくてはダメなのよ。
「美香ちゃん、ごめんね。徹君ちょっと借りるわね」
「で、でも~」
まだ抵抗するのね。そこまで徹君のことを好きになってしまったのね。
それともそれは、好きという感情じゃなくて、獲物を取られたくないという感情なのかしら?
私の中に、イライラが積もる。
「美香…」
そして、強めに言ってしまう。
「ごめんなさい…」
今度は素直に手を離した。
初めからそうしてちょうだい。
「二人は先に行ってて。私は徹君と、ちょっと話があるから」
竜司君の顔が引きつる。
おそらく、先程私が言った、美香と付き合う覚悟を聞こうとしていると思っているのだろう。
「行こう、竜司君」
「お、おう」
そんな竜司君を、美香が連れて行った。背中が寂しげだ。
でもこれは、美香のためにやっていることなのよ。
美香たちの距離が、十分に離れたことを確認し、私は徹君に向き直り、話を始める。
「こっちの観覧車から見えていたわよ、二人がキスしてるところ。キスされたからって、美香ちゃんに好かれてるとか思ってない?勘違いしないで欲しいわ」
詰め寄る私に、徹君が困惑する。
「でも、美香さんから告白されて…」
「何ですって!」
美香が告白?そんなバカなことが。あり得ない。あり得てはいけない。
頭が混乱する。情報が処理できない。
「まさか、そんなことが…こんなの初めてだわ」
つい、独り言を呟いてしまう。冷静になりなさい愛美。今取り乱してはいけないわ。
美香から告白したのならば、恋愛感情はそのままで、ターゲットにはなっていないということになる。
しかし、告白という行為が初めての行動で、本当にそうという確信は持てない。
ならば、美香に徹君を近づけないという、当初の目的は変えない形にしよう。無用なリスクは減らすべきだ。
ここは、多少嘘を吐いてでも、彼に美香を嫌いになってもらわなくてはならない。
「決めた」
顔を上げて、徹君の目を見る。
「この際だから、美香ちゃんの真実を教えてあげる」
「真実?」
徹君が気圧されしていることが分かる。
このまま勢いで話していこう。
「友達の酷い過去を話すのは気が引けるけど、徹君が勘違いしたままだというのも可哀そうだから、話すわ」
徹君が緊張しているのが分かる。
「十年前の話になるわ。私の故郷の村で、女子児童誘拐事件があったの。鬼退村女子児童誘拐事件で調べてみれば出てくるわ。その被害者が美香ちゃん」
これは本当のこと。
是非、調べて、その真実を目にして欲しいわ。
「え?」
徹君が困惑しているのが分かる。そうでしょうね、さぞ衝撃的でしょう。
「美香ちゃんは、誘拐犯に酷い目にあわされたわ…」
「ちょ、ちょっと待って。他人の僕に、そんな話しちゃダメでしょ!」
徹君が話を止める。そのセリフは聞き捨てならない。
「他人?」
私は徹君を睨みつけ、詰め寄った。
「付き合おうと思っている人が、他人面するの?美香ちゃんの過去も受け止められない程度の人間なの?」
たとえ過去に人を死なせた経験があったとしても、この人も所詮、普通の人だということが、この発言で分かる。
やっぱり、美香の秘密を話すことは出来ない。一般常識しか持っていない人間に、話すことなんてできるものか。
「聞くのやめる?」
「ううん、覚悟は決めたよ」
覚悟ね…初めは聞かないようにしようとしたくせに、今更、よくそんな大層な言葉を使えたものね。
さて、インパクトのある話で、彼の心をかき乱してあげましょう。
それこそ、美香と距離を置きたくなるくらいにね。
「誘拐犯に乱暴された美香ちゃんの性癖は歪んでしまった。あの子は、複数の男性と関係を結ばなくては、自らを肯定できなくなってしまったのよ」
「そんな…」
徹君が言葉を失う。この人殺しは、意外に肝が小さいのね。
「だから、深山先輩と…」
徹君が呟いて、はっとする。無意識に言葉に出してしまっていたようだ。
新歓コンパの美香と隼人先輩のキスの現場を見ていたのなら、好都合だわ。
さぞ、徹君の中では、美香は淫乱女になっていることでしょうね。
「ああ、見てたのね。なら、私が言っていることも、真実だって分かるでしょ。言葉が悪くて、言いたくないけど。一言で言うと、あの子はビッチなのよ」
インパクトの強い言葉を選んで使う。頭にイメージを固めてやる。
「そんな言い方しなくても…幼馴染なんだろ!」
徹君が怒る。そして私を睨む。そんな顔もできるのね。
「親しい友人だからこそよ。徹君と付き合ったとしても、あの子は、他の男と寝るでしょう。そうすることしかできないの」
徹君の肩を叩く。畳みかけるわよ。
「あなたは、そんな彼女を愛することができるの?もう一度よく考えて、答えを出してね。これは、徹君のためでもあるのよ」
この気持ちは本当だ。徹君を巻き込みたくはない。
「お、来た来た。長かったな。何の話だったんだ?」
二人のところへ戻ると、竜司君がニヤつきながら訊いてきた。
まあ、私が美香への気持ちの強さを聞いていると思っているのならば、そういう顔になるわよね。実際は、もっと深刻な話だったんだけどね。
「徹君、大丈夫?」
美香が徹君に駆け寄ろうとしたところに、割って入った。
今、美香に甘い声を掛けられて、徹君の気持ちが美香に傾いては困る。
彼には、美香を見限ってもらわなくてはならないのだ。
「今日は、デートに付き合ってくれてありがとう。今日は、ここまでにしましょう。じゃあ、またね」
「ま、またね」
美香の背中を押し、無理やりお開きにさせる。これ以上ここにいたら、美香と徹君の距離が縮まってしまう。
それに、私たちには、この後の予定が迫っている。
「美香ちゃん、徹君に告白したんですって?」
徹君たちの姿が見えなくなってから、美香に話を振った。
「愛美ちゃん、何で知ってるの!?」
心底、驚いた顔をする美香。
「さっき徹君から聞いたわ」
真っ赤になる美香。本当に恋する乙女なのね。
「まあ、徹君との恋愛は、美香ちゃんに任せるわよ。私が口出しすることじゃないしね」
「うん」
美香に徹君に会わないように言うことは出来ない。それで機嫌を損ねられては困るからだ。
さて、美香の望み通りダブルデートをしてあげたんだから、今度は、美香に働いてもらわないとね。
「さて美香ちゃん。やっと舞台が整ったわ」
「え?本当?」
美香が目を輝かせる。
「男食いを始めましょうか」
「えぇ、楽しみだわ」
美香が笑顔で応える。
その顔は、先程までの恋する乙女ではなく、妖艶で大人びていた。
肉食女子という言葉が、ぴったりと合いそうな、含みのある笑みだった。
彼女の二面性には、いつも驚かされる。本当の美香の顔は、果たしてどちらなのだろうか。




