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カーニバル  作者: キキカサラ
七月八日
13/21

7月10日 沢渡愛美 手回し編

「愛美ちゃん、お願いがあるの」


 学食で一緒にお茶をしてたら、美香が言い出した。

 美香がこうやってお願いしてくる時は、大抵、ろくなことではない。

 嫌な予感しかしない。でも、今の状態の美香には、何でもしてあげると誓った。つまり、私に拒否権はない。自分ルールではあるのだが。


「どうしたの美香ちゃん?私で良ければ、協力するわよ」

「ホント!」


 美香の目が輝く。本当に嬉しそうだ。私は、この笑顔に弱い。


「小松川君とデートがしたいの!」

「は?」


 あまりにも、予想外の言葉に、反射的にとんでもない声が出てしまった。

 自分でもビックリしている。


「愛美ちゃん、酷い」


 反射的に出た声と共に、私はこの上なく不快そうな顔をしていたのだろう。美香が泣きそうな顔で言う。

 それにしても、デートがしたいと言い出したのは、初めてだった。

 そもそも、今の状態の美香は、男性の体にしか興味がない。恋愛的な感情が働いていること自体が、私にとっても初めてのことだった。

 一体彼女に何があったのだろう。


「美香ちゃんは、何で小松川君とデートしたいの?」


 素直に疑問に思ったことを訊いた。同時にこの質問は、凄く重要でもある。


「彼、今まで嗅いだことのない匂いをしているのよ」

「そうなの?」


 美香のこの発言には興味が出た。彼女が男性を食べたくなると、フェロモンを感じ取るからなのか、美味しそうな匂いがするという。つまり、小松川に関しては、そういう食欲に似た匂いとは違うということになる。

 これで、新歓コンパの時に、小松川と楽しそうに会話をしていことに合点がいった。


「どんな匂いがするの?」

「うんとね~、伝わらないと思うんだけど、無臭に近い匂いなのよ。無臭なのに匂いを感じるって、不思議じゃない?」


 私は美香の言う、人の匂いというものを嗅ぐことができないから、分からないが、無臭なのに匂いがあるというのは、確かに不思議な表現だ。想像もつかない。


「それで興味を持ったって訳ね。でも、いきなりデートって言うのは、早すぎない?」


 今私の中で、ターゲットにしているのは、隼人先輩を始めとする、部の先輩四人だ。それらの人に興味を抱いて欲しいところなのに、ここで私の興味のなかった小松川徹が出てきた。これは私にとって、厄介以外の何物でもない。

 更に言うなら、あいつは男らしく見えないし、大輝先輩にすごまれただけで、咄嗟に謝ってしまうような弱い奴。好みじゃない。これについては、私情以外の何物でもないけど。


「デート以外で遊びに行くには、どうすればいいの?」

「うっ」


 男性を遊びに誘ったことのない私には難解な質問に、言葉が出なかった。

 確かに美香の言う通り、興味を持って遊びに誘った時点で、デートなのではないだろうか。

 もう、こう言われては、デートの設定をするしかない。


「分かったわ。美香ちゃんの言う通り、小松川君とのデートを…」


 途中まで言って気付いた。


「美香ちゃん、何で自分で誘わないの?」

「えへへ~、連絡先聞きそびれちゃった」


 小さく舌を出して、恥ずかしそうにする。あざとカワイイ。

 デートに誘いたい相手の連絡先を聞かないなんて、何というポンコツっぷり。

 でも今回は、その可愛さに免じて、怒らないでおいてあげるわ。


「美香ちゃんらしいわね。分かったわ、私が設定してあげる」

「ホント?ありがとう!」


 ひまわりの様な笑顔を見せてくれる。小松川とのデートというのが、気が進まないけど、美香のモチベーションが上がるなら構わない。


「じゃあ、今日でいいかしら?」

「え!そんな突然すぎる~」


 恥ずかしそうに体をくねらせる。嬉しそうな顔をしているところを見ると、今日で問題はなさそうだ。


「じゃあ、ちょっと電話してくるわね」

「うん、ここで待ってる」


 私は美香から離れ、電話をした。


「はい、もしもし、どうしたんだ?」


 数コール後、相手が出た。私が電話した相手は、長瀬竜司だ。

 昨日、連絡先を交換したことが、直ぐに役に立つなんて、ちょっと皮肉だ。

 彼は小松川と仲がいい。長瀬を使って小松川とのデートを設定するのが、最も単純で確実だと思ったのだ。

 そして、彼に協力してもらう方法も分かっている。


「深山先輩たちのことで、有力な情報を手に入れたわ」

「何だって!?」


 やっぱり食いついた。あなたは、何としてでも情報が欲しいでしょうね。


「だけど、情報を渡すには、私のお願いを聞いて欲しいのよ」

「え?」


 長瀬が困惑しているのが伝わってくる。

 正直な話、情報なんて何も掴んでいない。でも、長瀬が私の要望に応え、事が上手く進めば、情報を提供することができる。つまり、嘘が真になる。

 逆に言うと、長瀬が私の要望を叶えなければ、その情報は発生しない。どちらを選択しようとも、真実になるのだ。


「協力するんじゃなかったのかよ」


 長瀬が不機嫌になったのが分かる。当然の反応よね。


「協力はするわ。でも、昨日話した通り、私も私で動いているの。だから、私の方にも協力して欲しいのよ」

「もうこれは、協力じゃなくて、脅迫じゃねえかよ」

「あら、面白いこと言うのね」

「面白くねえ」


 まあ、一方的な要望よね。でも、彼が納得する屁理屈は用意してあるわ。


「でも考えてもみて。私が苦労して手に入れた情報を、無償で渡したら、長瀬君は苦労することなく、有益な情報を手に入れられるわ。でも、それって、私だけが労力を使っていることにならないかしら?」

「まあ、確かに…」


 やっぱり納得した。


「だから、長瀬君も労力を使うのが筋でしょ。その方法が私のお願いってだけ」

「何か腑に落ちないなぁ」

「あら?じゃあいいのよ。あなたも有力な情報を持ってきて。そして情報交換をしましょう」

「そうなるのか…」

「ね。そう考えると、悪い話じゃないでしょ?」

「そうだな…分かった。で、そのお願いってなんだよ?」

「ダブルデートがしたいの」

「はぁ?」


 長瀬が当惑しているのが分かる。その顔が浮かぶくらい、口調に出ていた。


「それって交換条件なのか?こっちが得してるんじゃないか?」

「あら、長瀬君にとって私とのデートは、労力じゃなくて、ご褒美なのかしら」


 私は悪戯っぽく笑って見せた。


「そ、そういう意味じゃねぇよ」


 返事に照れが混ざる。

 私を純粋に女性とみていることが、ちょっと嬉しかった。

 …嬉しい?私が、長瀬に対してそんな感情を抱くなんて、何だか滑稽だわ。

 おっと、無駄話をしている場合じゃない、美香の件を固めなくては。


「さて、冗談話はこれくらいにして、本題に入るわね」

「お、おう」


 長瀬が、まだ落ち着かないのが分かる。


「男性にとって、女性とのデートは楽しいものかもしれないけど、自ら望んでいない事柄に時間を割くことは、十分労力と呼べると思うわ」

「そういうもんなのかね」

「誘ってる方が言ってるんだからいいじゃない」

「そうだな。すまん、話の腰を折った」

「いいわよ。それでね、小松川君を呼んで欲しいの」

「徹を?何でまた」

「美香ちゃんがね、小松川君とデートしたいんですって」

「へえ、あの美人さんがねぇ」


 驚く様子はなかった。恋愛ごとに興味が無い。そんなように感じた。


「初めてのデートで、二人きりだと緊張しちゃうでしょ。だから、ダブルデート。私たちは、おまけ」


 これは嘘。

 美香ちゃんを二人きりにさせたら、何をするか分からない。

 あの子は、結構奇抜な行動をするから、私が監視してないと、危なくてしょうがない。


「なるほどね。理解した。それで、日取りは?」

「今日の十三時」

「はぁ!?」


 現在十時。そういう反応になるわよね。


「後三時間しかねえじゃねえか。いくらなんでも急だろうよ」

「時間がなくてごめんなさい。でも、この時間は譲れないわ」

「違う日じゃ、ダメなのかよ」

「ええ」

「何で」

「あなたにあげる情報が今日の夜のものだからよ」


 私の言葉を受け、長瀬が黙る。

 自分でも、無茶なお願いだと分かってる。でも、タイムスケジュール的に、本当にこのタイミングしかないのだ。


「…分かった。その条件を飲もう。それで場所は?」

「曙光山モールにしましょう。あそこなら、近いし、デートに最適でしょう」

「分かった。待ち合わせ場所は?」

「モール入り口にしましょう。じゃあ、また後で」

「ああ、後でな」


 電話を切る。取り敢えず、第一関門の美香ちゃんのデート設定は成功した。

 デートまでに、あと一つ、関門をクリアしなくてはならない。

 その為には、あの人を探さなくては。と、その前に美香と合流しなくちゃ。

 私は学食に向かった。


 学食の座っていた席に、美香の姿があった。だが、様子がおかしい。どこか一点を見つめている。私も、その方向に目を向けてみる。


「あ…」


 つい声が出た。視線の先には川島教授の姿があった。私の探していた、第二の関門だ。彼がこの時間、学食を利用するという情報を聞いて、ここで張っていたところに、美香にお願いをされた形だった。

 しかし、本当に情報通り現れるなんて、彼のルーティーンなのだろうか。

 一端、美香のところに行こう。美香が教授を意識しているのは、あまりよろしい状況ではない。


「美香ちゃん」


 私の声に、美香がこちらを向く。


「愛美ちゃん、おかえり」


 ちょっと、呆けている気がする。考え事をしているような、心ここにあらずというような、そんな感じだ。


「大丈夫?美香ちゃん」


 たまらず声を掛けた。


「あ、うん」

「何か気になることでもあった?」

「川島教授って…前にどこかで会ったっけ?」


 いけない。美香に今、彼のことを思い出させるのは、デメリットしか生まない。


「それは、大学の教授なんだから、構内で見かけるのは、当然なんじゃない?」


 沈黙が流れる。美香は、視線を宙に向け、記憶を探る様に考えている。

 一時の後、私に向き直った。


「そうだよね~。何言ってんだろ、私」


 良かった。思い出さなかったみたい。とにかく、美香が思い出す前に、早くやることを終わらせなくては。


「美香ちゃん、私、川島教授と話があるから、ここで待っててもらえる?」

「うん、分かった」


 このまま、美香を置いて行ったら、また思い出すかもしれない。なら、別のことを考えさせておこう。


「そうだ、美香ちゃん。今日、小松川君とのデートを設定できたわよ」

「え、ホント!」


 美香は、本当に嬉しそうな顔をした。まるで、初デートに心躍らせる少女の様だった。


「ええ。場所は曙光山モールだから、行きたい所とか、デートプラン考えといてね」

「うん、分かった!」


 目を輝かせて言う。これで、美香はデートのことしか考えられないだろう。


「ゴメンね美香ちゃん。私は川島教授と話があるから、もう少しここで待っててくれる?」

「分かった~、待ってるね」


 私に手を振ると、嬉しそうにスマホを操作し始めた。早速、曙光山モールのことを調べているのだろう。

 さて、私は目的の川島教授と話をしようかな。


「こんにちは、川島教授」


 私の突然の呼び掛けに、訝しげに顔を上げる。


「何だ君は」


 食事中に声を掛けられたため、不機嫌そうだ。

 テーブルを見ると、食事の他に、何やら名簿が置かれている。その中に、私と美香の名前もある。どうやら、酒類調査研究部の入部届のようだ。


「へえ、私たちのこと、調べてるんですか?」

「こ、これは違う!」


 慌てて、教授が名簿を手で隠す。


「違うって、何の話ですか。会話が成り立ってません、慌てすぎですよ」

「う、煩い!何なんだ君は」


 川島教授が狼狽えながら睨みつけてくる。


「私のこと、覚えてませんか?」

「私の講義を受けている人間が何人いると思っているんだ、覚えとらん」

「そうですか…」


 私は、おもむろに耳元に顔を近づける。


「鬼退村の沢渡愛美ですよ」


 そして静かに囁いた。

 私の名前を訊いた途端に、教授の目が見開かれる。そして、発汗が多くなり、顔色が青ざめる。

 その様子に満足した私は、教授の耳から顔を離した。


「思い出しました?」


 笑顔で言ってやる。

 私の笑顔とは真逆に、川島教授の顔は更に青ざめ、もはや白い。


「それにしても、酷いですね」


 怯えきって力が抜けた川島教授の手から、名簿をひったくる。そして、私と美香の名前を指さす。


「私と美香の名前に赤で印付けて、危険とか。あんまりじゃないですか」


 名簿の私と美香の名前には、赤いボールペンで、何度も何度もぐるぐると丸で囲われた形跡があった。更に、太い赤字で「危険!!!」と書かれている。


「こ、これは…」

「調べるように頼まれたんですね。隼人先輩ですね?」


 川島教授は私から視線を逸らし、俯いた。


「隼人先輩と、こそこそ話しているのは見ましたよ。お腹まで殴られて。私と隼人先輩が分かれた直後に会ったのは、迂闊でしたね」


 私は部会前に、川島教授と隼人先輩が話しているところを、目撃していた。結果、今それが良い方向に動いている。


「ぐっ…」


 悔しそうに唇を噛み締める。一番見られたくなった場面だけに、自分の軽率な行動を嘆いているのだろう。


「あなたは昔から、誰かの下で尻尾を振ることしかできないんですね」


 冷たく言い放った。


「これは書き直してください」


 私は名簿を自分のカバンに入れた。適当に捨てて、誰かに拾われたら大変だ。後で、安心できるところで捨てよう。


「さて、本題に入ります。川島教授、私たちに協力してくれませんか?」

「協力?」

「何をするかは言えませんが、ちょっと手を貸してくれるだけでいいんですよ」

「しかし私は…」


 言い淀む教授。今、彼の頭の中では、私と隼人先輩とを天秤にかけているのが分かる。

 だから、嘘でもいいから、一言背中を押してあげればいい。


「私に協力してくれて、上手くいけば、あなたは二度と、隼人先輩の言うことは聞かなくて済みますよ」


 教授が疑わしい目で私を見る。当然の反応だ。

 金も権力も持っている隼人先輩と、一生徒の私とでは、その力の差は比べるまでもない。


「まあ、普通に考えれば、隼人先輩を取りますよね。でも…」


 私は、テーブルの上に置かれている川島教授の手の上に、自らの手を乗せた。そして、白い手袋で隠された、歪な手の感触を確かめる。


「あなたは、私たちが隼人先輩以上のものを、持っていることを知っている」


 川島教授の体が恐怖で固まった。その顔は絶望にも似た表情をしていた。


「怖いですよね。でも、私たちに協力してくれたら、川島教授には危害を加えませんよ」

「ほ、本当か?」

「ええ、約束は守ります」

「分かった…」


 川島教授は頷き、私との協力を約束してくれた。

 話も固まったし、早速、川島教授には行動をしてもらおう。


「隼人先輩たちは、肝試しのために、廃病院の事前の見回りを計画しています。その日取りを、今日の夜に実行するように、誘導してください」

「今日の夜!?あまりにも急すぎる」


 不服を言う教授。当然の抗議だ。しかし、そんなことは許さない。


「私が、その抗議を受け入れるとでも?」


 そう言って、私は背後を見た。それにつられて、教授も私の背後に目を向ける。


「ひぃっ!」


 小さな悲鳴を上げた。そして震え出す。


「美香ちゃんが動いちゃいますよ?」


 嘘だ。

 何も知らない美香が動くはずもない。しかし、教授には、死の宣告とも取れる発言だろう。


「す、すまない。悪かった。何としてでも、今夜に実行させる!」


 ひねり出すような声で、テーブルに顔を突っ伏して、まるで土下座の様な姿勢で、弁明した。


「分かってくれればいいんです」


 私は、教授の肩を優しく叩いた。その手に、一瞬びくりとする。相当怯えていることが分かった。まさか、ここまで美香のことが怖いとは思わなかった。


「後、もう一つお願いがあるんですけど」

「な、なんだ?」


 怯えながら聞き返す川島教授。もう、何を言われるのかと、次の言葉が怖くて仕方ないのだろう。


「これから曙光山モールに行きたいんで、送ってくれませんか?」


 今のところ、事は上手く進んでいる。

 川島教授が、私の言ったことを、きちんと成し遂げ、デートで美香の機嫌を取れば、準備は万端だ。

 全てにおいて急ぎ過ぎている。それは分かっている。しかし、今は大人しい美香でも、私が男を提供しなかったら、他で男を食べてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 加えて、これは、ついでではあるのだが、これ以上、隼人先輩の被害者を出すのは、知っている身としては、寝覚めが悪い。

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