7月10日 小松川徹 観覧車編
「小さい観覧車とはいえ、近くで見ると大きいなあ」
「徹、その言い方だと、小さいんだか大きいんだか分からないぜ」
観覧車を見て出た第一声に、竜司の突っ込みが入る。
後ろを伺うと、美香さんも愛美さんも、何だか暗い。
さっきまで嬉々として、僕にくっ付いていた美香さんが、今は、距離を取っているように感じる。
僕の傷に罪悪感を抱いているのだろう。でも、それで距離を置かれるのは、何か違う。
この暗い空気を何とかするには、きちんと話さなくちゃダメだな。
「じゃあ、僕は美香さんと乗るね。竜司は愛美さんをエスコートしてよ」
「ああ、分かった」
竜司もこの空気が重いと感じていたのだろう、二つ返事で承諾してくれた。
僕は美香さんの手を引き、観覧車に乗り込んだ。デートはじめとは、まるで逆の行動だ。
「美香さんは、何で噛みついたの?」
お互いに向き合う形で座り、座るなり訊いた。
「痛かったよね、ごめんなさい」
美香さんが俯きながら言った。
場の空気が更に重くなる。
「ううん、そういうことじゃなくて、殴るとか蹴るとかじゃなくて、何で噛みつきだったのかなって」
「え?そういう話?」
美香さんが顔を上げて、目を丸くした。
「だって気になるじゃない?手や足が出るのは分かるけど、人間、なかなか口は出ないよ」
僕の発言に、美香さんが笑い出した。
「ふふふふふ、そんなこと気にするなんて、徹君変わってる」
やっと笑顔を見ることができた。
「私、女だから、腕力とかないじゃない。だから噛みついたの」
「あはははは、その考えに行きつかないよ。美香さんも変わってるなぁ~」
「えー、酷いー」
お互いに笑った。やっと空気が和んできた気がする。
「美香さん。僕が大丈夫って言ってるんだから、それ以上気にしたら、僕も怒っちゃうよ」
「ごめんさない。ありがとう、そうよね」
「でもさ、僕のことで美香さんが怒ってくれたのは、嬉しかったよ」
「こちらこそ、私たちを守ってくれて、ありがとう」
美香さんがほほ笑んだ。真正面から顔を見たのは初めてかもしれない。本当に綺麗だ。
「ねえ、隣座ってもいい?」
「うん、いいよ」
少し詰めて、スペースを空ける。そこに美香さんが座ってきた。
二人座るには少し狭く、体が密着する。
今まで、散々密着されてきたのに、何だか緊張する。観覧車というシチュエーションが、そうしているのかもしれない。
「私、やっぱり徹君のことが好きだ」
寄りかかりながら言われる。心臓の音が自分のものか、美香さんのものか分からない。
「ねえ、お願い訊いてくれる?」
「何?」
緊張しすぎて、美香さんの方を見ることができない。
「お願いは、こっちを向いて欲しいってこと」
「うん……ん!」
美香さんの方を向いた途端に、唇を重ねてきた。そのまま、舌が入ってくる。
初めてで、こんなキスをされるなんて、もう、何も考えられない程、頭がぐるぐるする。
これは現実なのか?僕がこんな美人からキスされるなんて、夢じゃないのか?
「んはっ。やっぱり、徹君は他の人とは違うね」
口を話して、美香さんが言った。
他の人とは違う。その言葉が引っかかった。
「あ!違う、そういうことじゃないの。そういうことじゃないの!」
言葉の引っ掛かりに、僕が変な顔をしていたのだろうか?
美香さんが涙目になりながら、必死に弁明する。
「好きになったのは、徹君だけなの!」
顔を真っ赤にして叫んだ。その必死な告白が嬉しかった。そして同時に、面と向かって言われて恥ずかしかった。
「うん、美香さんの気持ちは分かったよ、ありがとう」
僕が微笑みかけると、美香さんも泣きながら笑った。
「私と、付き合ってください」
改めて、交際を申し出された。美人の方から告白してくるなんて、思いもよらない出来事だ。
本来、美香さんは告白される側で、する方ではないだろう。
「あ、待って待って!答えは今度でいいから!」
急に美香さんが慌てだした。僕が断ると思ったのだろうか。でも、今は答えを聞きたくないみたいだから、要望通り、また会った時にしよう。
「そういえば…」
「ん?」
「私たち、連絡先知らなかったね」
言われてみればそうだ。告白の返事をしたいのに、連絡先を知らなかったら、前途多難だ。
返事をしたいからと、竜司経由で連絡をしたら、それこそ笑い話だ。
「何か、お互い抜けてるね」
「ホント、そうよね」
お互いに笑い合った。この子と付き合ったら、きっと毎日楽しいんだろうなあ。
観覧車を降りて、竜司たちの到着を待つ。
僕たちは、しっかりと恋人つなぎをしていた。この指と指が絡む感覚は、本当に特別な関係であることを、感じさせてくれる。
竜司たちの乗っている観覧車が到着した。
竜司は、ニヤニヤしながら降りてくる。
逆に、愛美さんは、険しい顔をし、降りてくるなり、僕に近付いてきた。
「徹君ちょっと」
僕の手を強引に引っ張り、連れて行こうとする。
しかし、片手は美香さんとつながっている。それにより、二人に引っ張られる形になった。
「い、愛美ちゃん」
僕の手を離すまいと、美香さんが困った顔をする。
「美香ちゃん、ごめんね。徹君ちょっと借りるわね」
「で、でも~」
泣きそうになりながら、僕の手を強く握る。可愛いな。
「美香…」
「ごめんなさい…」
愛美さんが美香さんに圧力をかける。それを受けて、美香さんは手を離した。
一体この二人の関係は、どうなってるんだ。
「二人は先に行ってて。私は徹君と、ちょっと話があるから」
「行こう、竜司君」
「お、おう」
竜司は何が何だか分からず、取り敢えず、美香さんに着いて行った。
竜司もそうかもしれないけど、僕だって今の状況が分かっていない。
「こっちの観覧車から見えていたわよ、二人がキスしてるところ」
竜司と美香さんの姿が遠くなると、愛美さんは口火を切った。
まさか、キスを見られていたとは…友人に見られるのは、さすがに恥ずかしい。
「キスされたからって、美香ちゃんに好かれてるとか思ってない?勘違いしないで欲しいわ」
何だ?何の話をしてるんだ?好かれていないのにキスをされたと言っているのか?
愛美さんの、よく分からない理論に、頭が混乱する。
「でも、美香さんから告白されて…」
「何ですって!」
愛美さんが大声を出す。相当意外だったのだろう。顔が怖い。
「まさか、そんなことが…こんなの初めてだわ」
ブツブツと独り言を言っている。
「決めた」
一言発し、僕に向き直った。
「この際だから、美香ちゃんの真実を教えてあげる」
「真実?」
「友達の酷い過去を話すのは気が引けるけど、徹君が勘違いしたままだというのも可哀そうだから、話すわ」
酷い過去?一体何を話そうと言うのだろう。
緊張で喉が渇く。
「十年前の話になるわ。私の故郷の村で、女子児童誘拐事件があったの。鬼退村女子児童誘拐事件で調べてみれば出てくるわ。その被害者が美香ちゃん」
「え?」
突然の話に、胸がかき乱される間隔を味わう。誘拐事件の被害者。そんなことが過去にあったなんて。
「美香ちゃんは、誘拐犯に酷い目にあわされたわ…」
「ちょ、ちょっと待って。他人の僕に、そんな話しちゃダメでしょ!」
いくら何でも、話していいこととダメなことがある。この話は、絶対に掘り起こしてはいけない過去だ。
「他人?」
愛美さんが僕を睨みつける。
「付き合おうと思っている人が、他人面するの?美香ちゃんの過去も受け止められない程度の人間なの?」
言われて、胸が苦しくなった。
愛美さんの言う通り、これから付き合うとなれば、美香さんの何もかもを受け止めていかねばならない。
「聞くのやめる?」
「ううん、覚悟は決めたよ」
そうだ、僕は聞かねばならない。
「誘拐犯に乱暴された美香ちゃんの性癖は歪んでしまった。あの子は、複数の男性と関係を結ばなくては、自らを肯定できなくなってしまったのよ」
「そんな…」
衝撃的な内容に、言葉を失った。
観覧車の中でキスをした時、他の人とは違うと言ったことも、複数の人としていれば、納得ができる。
そして同時に、深山先輩とのキスにも合点がいった。
僕に興味があると言いながら、深山先輩ともキスをする。愛美さんの言っていることが確かなら、その行動も正しいことになる。
「だから、深山先輩と…」
つい、考えていたことが、口から漏れてしまった。
「ああ、見てたのね。なら、私が言っていることも、真実だって分かるでしょ。言葉が悪くて、言いたくないけど。一言で言うと、あの子はビッチなのよ」
「そんな言い方しなくても…幼馴染なんだろ!」
愛美ちゃんの汚い言葉に、怒りが込み上げ、つい怒鳴ってしまった。
「親しい友人だからこそよ。徹君と付き合ったとしても、あの子は、他の男と寝るでしょう。そうすることしかできないの」
愛美さんが僕の肩を叩く。
「あなたは、そんな彼女を愛することができるの?もう一度よく考えて、答えを出してね。これは、徹君のためでもあるのよ」
愛美さんの善意は分かった。
僕は、本当に美香さんを愛することができるのだろうか。もう一度、しっかりと考えることにした。
「お、来た来た。長かったな。何の話だったんだ?」
僕は、竜司の問いに答えることができなかった。言えるはずがない。
「徹君、大丈夫?」
美香さんが心配して近付いてきた。
しかし、その間に、愛美さんが割って入ってきた。
「今日は、デートに付き合ってくれてありがとう。今日は、ここまでにしましょう」
そう言うなり美香さんの背中を押した。
「じゃあ、またね」
「ま、またね」
半ば無理やり、美香さんを連れて行き、デートは終わりを告げた。
「徹の空気が重くなったけど、ホント、愛美さんと何話してきたんだ?」
竜司が訝しげに僕に言う。
「何の話は言うことができない。けど…」
「けど?」
「明日、ちょっと僕に付き合ってくれないか?」
そう、先ずは調べるべきだ。鬼退村の事件の詳細を、しっかりと知るべきである。




