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カーニバル  作者: キキカサラ
七月八日
12/21

7月10日 小松川徹 観覧車編

「小さい観覧車とはいえ、近くで見ると大きいなあ」

「徹、その言い方だと、小さいんだか大きいんだか分からないぜ」


 観覧車を見て出た第一声に、竜司の突っ込みが入る。

 後ろを伺うと、美香さんも愛美さんも、何だか暗い。

 さっきまで嬉々として、僕にくっ付いていた美香さんが、今は、距離を取っているように感じる。

 僕の傷に罪悪感を抱いているのだろう。でも、それで距離を置かれるのは、何か違う。

 この暗い空気を何とかするには、きちんと話さなくちゃダメだな。


「じゃあ、僕は美香さんと乗るね。竜司は愛美さんをエスコートしてよ」

「ああ、分かった」


 竜司もこの空気が重いと感じていたのだろう、二つ返事で承諾してくれた。

 僕は美香さんの手を引き、観覧車に乗り込んだ。デートはじめとは、まるで逆の行動だ。


「美香さんは、何で噛みついたの?」


 お互いに向き合う形で座り、座るなり訊いた。


「痛かったよね、ごめんなさい」


 美香さんが俯きながら言った。

 場の空気が更に重くなる。


「ううん、そういうことじゃなくて、殴るとか蹴るとかじゃなくて、何で噛みつきだったのかなって」

「え?そういう話?」


 美香さんが顔を上げて、目を丸くした。


「だって気になるじゃない?手や足が出るのは分かるけど、人間、なかなか口は出ないよ」


 僕の発言に、美香さんが笑い出した。


「ふふふふふ、そんなこと気にするなんて、徹君変わってる」


 やっと笑顔を見ることができた。


「私、女だから、腕力とかないじゃない。だから噛みついたの」

「あはははは、その考えに行きつかないよ。美香さんも変わってるなぁ~」

「えー、酷いー」


 お互いに笑った。やっと空気が和んできた気がする。


「美香さん。僕が大丈夫って言ってるんだから、それ以上気にしたら、僕も怒っちゃうよ」

「ごめんさない。ありがとう、そうよね」

「でもさ、僕のことで美香さんが怒ってくれたのは、嬉しかったよ」

「こちらこそ、私たちを守ってくれて、ありがとう」


 美香さんがほほ笑んだ。真正面から顔を見たのは初めてかもしれない。本当に綺麗だ。


「ねえ、隣座ってもいい?」

「うん、いいよ」


 少し詰めて、スペースを空ける。そこに美香さんが座ってきた。

 二人座るには少し狭く、体が密着する。

 今まで、散々密着されてきたのに、何だか緊張する。観覧車というシチュエーションが、そうしているのかもしれない。


「私、やっぱり徹君のことが好きだ」


 寄りかかりながら言われる。心臓の音が自分のものか、美香さんのものか分からない。


「ねえ、お願い訊いてくれる?」

「何?」


 緊張しすぎて、美香さんの方を見ることができない。


「お願いは、こっちを向いて欲しいってこと」

「うん……ん!」


 美香さんの方を向いた途端に、唇を重ねてきた。そのまま、舌が入ってくる。

 初めてで、こんなキスをされるなんて、もう、何も考えられない程、頭がぐるぐるする。

 これは現実なのか?僕がこんな美人からキスされるなんて、夢じゃないのか?


「んはっ。やっぱり、徹君は他の人とは違うね」


 口を話して、美香さんが言った。

 他の人とは違う。その言葉が引っかかった。


「あ!違う、そういうことじゃないの。そういうことじゃないの!」


 言葉の引っ掛かりに、僕が変な顔をしていたのだろうか?

 美香さんが涙目になりながら、必死に弁明する。


「好きになったのは、徹君だけなの!」


 顔を真っ赤にして叫んだ。その必死な告白が嬉しかった。そして同時に、面と向かって言われて恥ずかしかった。


「うん、美香さんの気持ちは分かったよ、ありがとう」


 僕が微笑みかけると、美香さんも泣きながら笑った。


「私と、付き合ってください」


 改めて、交際を申し出された。美人の方から告白してくるなんて、思いもよらない出来事だ。

 本来、美香さんは告白される側で、する方ではないだろう。


「あ、待って待って!答えは今度でいいから!」


 急に美香さんが慌てだした。僕が断ると思ったのだろうか。でも、今は答えを聞きたくないみたいだから、要望通り、また会った時にしよう。


「そういえば…」

「ん?」

「私たち、連絡先知らなかったね」


 言われてみればそうだ。告白の返事をしたいのに、連絡先を知らなかったら、前途多難だ。

 返事をしたいからと、竜司経由で連絡をしたら、それこそ笑い話だ。


「何か、お互い抜けてるね」

「ホント、そうよね」


 お互いに笑い合った。この子と付き合ったら、きっと毎日楽しいんだろうなあ。



 観覧車を降りて、竜司たちの到着を待つ。

 僕たちは、しっかりと恋人つなぎをしていた。この指と指が絡む感覚は、本当に特別な関係であることを、感じさせてくれる。


 竜司たちの乗っている観覧車が到着した。

 竜司は、ニヤニヤしながら降りてくる。

 逆に、愛美さんは、険しい顔をし、降りてくるなり、僕に近付いてきた。


「徹君ちょっと」


 僕の手を強引に引っ張り、連れて行こうとする。

 しかし、片手は美香さんとつながっている。それにより、二人に引っ張られる形になった。


「い、愛美ちゃん」


 僕の手を離すまいと、美香さんが困った顔をする。


「美香ちゃん、ごめんね。徹君ちょっと借りるわね」

「で、でも~」


 泣きそうになりながら、僕の手を強く握る。可愛いな。


「美香…」

「ごめんなさい…」


 愛美さんが美香さんに圧力をかける。それを受けて、美香さんは手を離した。

 一体この二人の関係は、どうなってるんだ。


「二人は先に行ってて。私は徹君と、ちょっと話があるから」

「行こう、竜司君」

「お、おう」


 竜司は何が何だか分からず、取り敢えず、美香さんに着いて行った。

 竜司もそうかもしれないけど、僕だって今の状況が分かっていない。


「こっちの観覧車から見えていたわよ、二人がキスしてるところ」


 竜司と美香さんの姿が遠くなると、愛美さんは口火を切った。

 まさか、キスを見られていたとは…友人に見られるのは、さすがに恥ずかしい。


「キスされたからって、美香ちゃんに好かれてるとか思ってない?勘違いしないで欲しいわ」


 何だ?何の話をしてるんだ?好かれていないのにキスをされたと言っているのか?

 愛美さんの、よく分からない理論に、頭が混乱する。


「でも、美香さんから告白されて…」

「何ですって!」


 愛美さんが大声を出す。相当意外だったのだろう。顔が怖い。


「まさか、そんなことが…こんなの初めてだわ」


 ブツブツと独り言を言っている。


「決めた」


 一言発し、僕に向き直った。


「この際だから、美香ちゃんの真実を教えてあげる」

「真実?」


「友達の酷い過去を話すのは気が引けるけど、徹君が勘違いしたままだというのも可哀そうだから、話すわ」


 酷い過去?一体何を話そうと言うのだろう。

 緊張で喉が渇く。


「十年前の話になるわ。私の故郷の村で、女子児童誘拐事件があったの。鬼退村(おののきむら)女子児童誘拐事件で調べてみれば出てくるわ。その被害者が美香ちゃん」

「え?」


 突然の話に、胸がかき乱される間隔を味わう。誘拐事件の被害者。そんなことが過去にあったなんて。


「美香ちゃんは、誘拐犯に酷い目にあわされたわ…」

「ちょ、ちょっと待って。他人の僕に、そんな話しちゃダメでしょ!」


 いくら何でも、話していいこととダメなことがある。この話は、絶対に掘り起こしてはいけない過去だ。


「他人?」


 愛美さんが僕を睨みつける。


「付き合おうと思っている人が、他人面するの?美香ちゃんの過去も受け止められない程度の人間なの?」


 言われて、胸が苦しくなった。

 愛美さんの言う通り、これから付き合うとなれば、美香さんの何もかもを受け止めていかねばならない。


「聞くのやめる?」

「ううん、覚悟は決めたよ」


 そうだ、僕は聞かねばならない。


「誘拐犯に乱暴された美香ちゃんの性癖は歪んでしまった。あの子は、複数の男性と関係を結ばなくては、自らを肯定できなくなってしまったのよ」

「そんな…」


 衝撃的な内容に、言葉を失った。

 観覧車の中でキスをした時、他の人とは違うと言ったことも、複数の人としていれば、納得ができる。

 そして同時に、深山先輩とのキスにも合点がいった。

 僕に興味があると言いながら、深山先輩ともキスをする。愛美さんの言っていることが確かなら、その行動も正しいことになる。


「だから、深山先輩と…」


 つい、考えていたことが、口から漏れてしまった。


「ああ、見てたのね。なら、私が言っていることも、真実だって分かるでしょ。言葉が悪くて、言いたくないけど。一言で言うと、あの子はビッチなのよ」

「そんな言い方しなくても…幼馴染なんだろ!」


 愛美ちゃんの汚い言葉に、怒りが込み上げ、つい怒鳴ってしまった。


「親しい友人だからこそよ。徹君と付き合ったとしても、あの子は、他の男と寝るでしょう。そうすることしかできないの」


 愛美さんが僕の肩を叩く。


「あなたは、そんな彼女を愛することができるの?もう一度よく考えて、答えを出してね。これは、徹君のためでもあるのよ」


 愛美さんの善意は分かった。

 僕は、本当に美香さんを愛することができるのだろうか。もう一度、しっかりと考えることにした。






「お、来た来た。長かったな。何の話だったんだ?」


 僕は、竜司の問いに答えることができなかった。言えるはずがない。


「徹君、大丈夫?」


 美香さんが心配して近付いてきた。

 しかし、その間に、愛美さんが割って入ってきた。


「今日は、デートに付き合ってくれてありがとう。今日は、ここまでにしましょう」


 そう言うなり美香さんの背中を押した。


「じゃあ、またね」

「ま、またね」


 半ば無理やり、美香さんを連れて行き、デートは終わりを告げた。


「徹の空気が重くなったけど、ホント、愛美さんと何話してきたんだ?」


 竜司が訝しげに僕に言う。


「何の話は言うことができない。けど…」

「けど?」

「明日、ちょっと僕に付き合ってくれないか?」


 そう、先ずは調べるべきだ。鬼退村の事件の詳細を、しっかりと知るべきである。

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