7月10日 小松川徹 ダブルデート編
「さあ、着いたぜ」
話しているうちに、目的地に着いたようだ。これで一端、気まずい空気は回避できたのだろうか。
着いたのは、大学から少し離れたところにある、地元では有名なショッピングモール、曙光山モールだった。
この施設は結構大きく、自然公園が隣接しており、そこに小規模ながら観覧車まである。この観覧車が、カップルの間では結構人気だ。
「確かにこりゃあ、デートって感じだね…」
車から降りながら、呟いてしまった。
色々なものが売っていて便利だから、買い物として利用したことはあるが、遊びを目的に来たのは、初めてだ。
今まで、気にしていなかったが、よく周りを見てみると、カップル率が高い。デートスポットと言うのは、本当なのだと感じた。
「沢渡さんとは、モール前で待ち合わせしてる」
「あ、そうなんだ」
言われて、竜司に着いて行く。
「そういえば、ダブルデートってことは、竜司は沢渡さんとデートするってこと?」
「んな!?」
竜司が嫌そうな顔になる。その反応は、沢渡さんに失礼だと思うんだけど。
「だってそうだろ?僕と七瀬さんでデートなら、竜司と沢渡さんでデートしなきゃ、ダブルデートにならないだろ?」
「確かに言葉通りだとそうなるけど、あくまでダブルデートは、徹と七瀬さんをデートさせるための口実だぜ。徹だって、二人きりだと、緊張するだろ?」
「まあ、確かにそうだけど。何でそこまで、僕と七瀬さんをデートさせたがるかなあ…」
「七瀬さんが、お前とデートしたがってるから、としか聞いてないぜ」
「う~ん…」
やっぱり、昨日の深山先輩と七瀬さんのキスシーンが、頭から離れない。僕には本気じゃないだろうに、何でそこまでデートしたがるんだろう。
僕の気持ちは、コンパの時に興味があると言われた時よりも、明らかに冷めていた。
「お、いたぜ。やっぱり目立つな」
竜司に言われて顔を上げると、七瀬さんたちがいた。さすが美人、竜司の言う通り非常に目立っていた。彼女たちの脇を通り過ぎる人々が、七瀬さんをつい見てしまっているのが分かる。
「あ、こっちだよ~」
僕たちに気付いた七瀬さんが、嬉しそうに大きく手を振ってきた。物凄く目立つ。
七瀬さんを見ていた視線が、そのまま手を振っている先である、僕たちの方に向けられた。
「え?お前たちが連れなの?」という冷たい視線を受けているように感じた。
「嬉しい、来てくれたんだね」
七瀬さんが、僕の手を両手で包む。そして、そのまま、ゆっくりと抱き付いてきた。
「え?」
突然のことに、僕は硬直した。周りから、更に冷たい視線を感じる。
「やっぱり、不思議な匂いだわ~。でも癖になる」
抱き付きながら、七瀬さんが耳元で囁いた。昨日は言っている意味がよく分からなかったけど、要は匂いフェチってことでいいのかな。
それにしても、昨日から女性に抱き付かれる機会が多く感じる。今までこんな経験はなかった。一体最近、僕の人生どうなってるんだ。
「離れなさい美香ちゃん。徹君が困ってるでしょ」
素直に離れる七瀬さん。僕はもう、どう反応していいか分からなかった。
「徹、めちゃくちゃ好かれてるじゃないか。何があったんだ」
入れ替わりに、竜司が近づいてきて言った。
「僕にもさっぱりだよ…」
正直な感想だった。匂いが気になるからデートして、しかも出会うなり抱き付くって、どう考えても常識じゃない。
「そうそう、徹君」
沢渡さんが問いかけてきた。そういえば、いつの間にか名前呼びになってる。
「私の名前分かる?」
「え?沢渡さんでしょ?」
「苗字じゃなくて名前」
「えっと……」
やばい、分からない。
沢渡さんは、やれやれといった感じで、ため息をついた。
「まあ、私はいいとして、この子の名前は?」
七瀬さんを前に出し、質問してきた。
まずいぞ、覚えてない。
「まあ、そんなもんよね」
沢渡さんは再びため息をついた。
「いい?これから私たちはデートをするの。デートをする者同士が、名字で呼びあってたら、距離感があるでしょ?だから、今日、今、この瞬間から、名前呼びを強要します」
言っていることは分からなくもないけど、突然の提案だなあ。いや、沢渡さん曰く、提案じゃなくて強要なのか。つまり、是が非でもやれということだ。
「私は愛美、覚えておくように」
愛美さんが、胸に手を当ててふんぞり返った。
「美香です。今日は来てくれて、ありがとね」
美香さんが、また手を握って言ってきた。この子もスキンシップが多いな。昨日はこんなんじゃなかった気がするんだけどな。
「僕…」
「二人のことは知ってるから、自己紹介は無用よ」
愛美さんが、僕の言葉を遮って言った。心なしか、ちょっと怒っている気がする。名前を憶えていなかったのだから、当然か。
「もう、愛美ちゃん、ツンツンしないの~」
いつの間にか、美香さんが、僕の腕を掴んで寄ってきた。
「分かったわよ。それじゃあ、もうお昼だから、取り敢えずランチにしましょうか。どこに行きたい?」
「カフェー!」
美香さんが手を挙げて即答する。この空気は、僕たちの意見が通らないやつだ。
「僕はそれで構わないよ」
「同じく」
竜司も場の空気を読んで、同意した。
「じゃあ、行きましょうか」
「行こう、徹君!」
美香さんは、僕の腕を引っ張りながら、先頭を行った。
腕を組むというよりも、腕に引っ付いているという感じだ。はたから見たら、恋人同士にしか見えない密着度だ。
愛美さんと竜司は、僕たちの後からついてくる。
「ここ!ここに入りたかったの!」
辿り着いたのは、紅茶の茶葉も販売している程の、紅茶専門のカフェだった。
「へ、へぇ、お洒落だね…」
このモールを男同士でしか来たことのない僕たちが、こんなお洒落な店に入ったことがある筈もない。雰囲気だけで気圧されしてしまった。
「早く入りましょ!」
そんな僕をお構いなしに、美香さんがぐいぐい引っ張ってくる。何でそんなにテンションが高いんだ。
店員に案内され、席に通される。
美香さんは相変わらず僕の腕を掴み、そのまま席に着く。
こうして、僕の隣に美香さん、正面に竜司。竜司の隣に沢渡さんといった座り順になった。
この配置、コンパの時と一緒だな。
「私はニルギリかな。これが飲みたかったのよ。濃いめのストレートがいいな」
「食事は何にするの?」
「食事はいいわ」
ランチに来たのに食事を頼まないなんて、ダイエット中なのかな?ダイエットが必要ないように見えるけど、それは無神経な考えなんだろうなあ。
「今は味が分からなくて」
「え?」
予想だにしなかった理由を言われて戸惑た。
愛美さんの方を見ると、眉間にシワを寄せている。余計なことを言ってということなのだろうか。
「あまり話したくないけど、美香ちゃんが既に口走っちゃたし、これからデートもするから話しておくわね。美香ちゃんは、持病の関係で、時々、味覚がおかしくなるのよ」
「ごめんなさい」
美香さんが縮こまって言う。
僕たちに対して、一緒に食事をできなくて、ごめんなさいなのか、愛美さんに対して、余計なこと言って、ごめんなさいなのか、どちらとも取れる言い方だ。
「謝る必要はないでしょ。こちらこそ、美香さんがそんな状態なのに、食事していいの?」
「うん、それは全然かまわないよ」
美香さんが満面の笑みで答える。
「味覚が変な時って、私は紅茶の味しか分からないんだ~」
隠さなくて済むようになったからか、美香さんは明るく言った。言い方的に、現状が苦に感じているようには見えなかった。その様子から、僕たちも神経質にならなくていいのだと悟った。
「じゃあ、お腹空いたし、遠慮なく注文させてもらおうかな」
「うん、そうして!」
美香さんが、満面の笑みで言った。この人は、よく笑うな。その笑顔は、明るい雰囲気で、僕は結構好きだな。
注文が終わり、各々が頼んだものが運ばれてきた。
「じゃあ、みんな注文のものも揃ったみたいだし、いただきましょうか。いただきます」
「いただきます」
各々、食べ始める。
「わー、やっぱり専門店。この紅茶美味しい~」
美香さんはご満悦だ。
「ん!食事も美味しいよ!」
サンドイッチを一口食べて、つい声を出してしまった。この店は、紅茶だけでなく、専門ではない食べ物も美味しいなんて、凄いお店だ。
「私の味覚が戻ったら、今度は徹君と食事しに来たいな」
美香さんが僕の顔を見つめて言ってきた。何か照れ臭い。
「さて、お姫様。この後、どこに行きたいのかしら?」
愛美さんが話を振ってきた。お姫様という呼び方が面白い。つまり今日は、美香さんの好きなことをやらせてあげるデートということなのだろう。
今までデートなんてしたことなかったから、僕はどんな形でも構わなかった。
「ん~、そうだな~。ここには大きなゲームセンターがあるらしいから、そこに行ってみたいかな。あ、あと観覧車にも乗りたい!」
手を合わせて、嬉々として言う美香さんは、無邪気で可愛かった。コンパの時は、綺麗でミステリアスというイメージがあったから、こんな一面もあるんだなと、何だか微笑ましく感じた。
今日はこの、無邪気なお姫様に付き合うかな。
「いいね。じゃあ、そのプランでいこうか」
「ホント?嬉しい!」
美香さんが腕に抱き付いてきた。愛美さんの方を見ると、凄く嫌そうな顔をしている。
さしずめ、美香さんの要望だから、デートはさせるけど、ベタベタはして欲しくないといった感情じゃないだろうか。つまり、本当はデートすらさせたくない。
「じゃあ、行きましょうか」
全員の食事が終わり、愛美さんが言う。
「ああ、ここは俺が払うぜ。先にゲーセンに行っててくれよ」
「悪いわね」
愛美さんが簡単に竜司の提案を飲んだ。そして、美香さんの手を引いて、さっさと店を出て行ってしまう。
「いいのか竜司?」
「徹は無理矢理連れてきたからな、謝罪の意味も含めてだぜ。それよりも、早くお姫様をエスコートしてやってくれよ」
竜司は笑いながら言った。
「ありがとう、ご馳走様」
僕は竜司にお礼を言うと、二人を追いかけた。
店を出ると、既に二人の姿はなかった。一足先にゲーセンに行ったのだろう。
ゲームセンターに着くと、複数の男性に囲まれてる美香さんたちがいた。
「何?女の子だけで遊びに来たの?なら、俺らと合流しない?」
「いいえ、連れがいるからいいわ」
「あ!徹君!」
僕を見付けた美香さんが、手を振ってきた。
美香さんの視線の先を、男たちが追う。
「あはははは、随分、華奢な連れだな」
男の一人が馬鹿にしたように言った。愛美さんも、額に手を当てて、残念そうな顔をしている。ごめんね、強そうな竜司の方じゃなくて。
でも参ったな。僕を見てこの反応だと、連れがいるからって引いてくれる人たちじゃなさそうだ。
でも逆に、ここに来たのが竜司じゃなくてよかった。あいつだったら、確実に喧嘩になっていた。
人数は五人か。まあ、問題ないでしょう。
「なあ、兄ちゃんは、もう用がないから帰れよ」
一人が前に出てきた。
「そういう訳にもいきませんよ、僕とデートしてるんですから」
「徹君弱いんだから、竜司君呼んできなさいよ!美香ちゃんの前だからって、カッコつけないで!」
「おいおい、女にまで心配されてるぜ」
男たちが大笑いをする。
僕は気にせず前に進んだ。
「おいおい、弱い奴が出しゃばんなよ……!」
先程の男が、僕を捕まえようとして、空を掴む。そして、バランスを崩して転んだ。
「だっさ、お前何してんの?」
男の転んだ姿を見て、仲間が大笑いをする。
「あれ?おかしいな…」
男が不思議そうに立ち上がった。
「とにかく、お呼びじゃねぇんだよ」
再び掴もうとしてくるが、僕は軽く避けた。
今度は、明らかに避けられたことで、男の顔色が変わった。
「お前、俺とやりあう気か?」
男の顔が怒りに歪む。
「喧嘩する気はないですよ。人が傷つくの見たくないんで」
「バカにしてんじゃねぇ!」
今度は殴り掛かってきた。動きが遅いなあ、避けてくださいって言っているもんだよ。
「おいおい、そんな弱っちょろい奴に、何手間取ってんだよ!」
仲間からヤジが飛ぶ。
「クソ!逃げ回ってんじゃねぇ!」
なら、ちゃんと当てなよ。
とは、口に出しては言えない。挑発になってしまうからだ。だから僕は、無言で避ける。
相手はむきになって、色々と攻撃をしてくるが、何一つ当たらない。
「おい、何かおかしくねぇか?」
一度も攻撃が当たらない様に、さすがの仲間も顔色が変わてきた。
「お前ら、手伝え!こいつ逃げ足が速い!」
避けるのが上手いって言ってよ。
それにしても、タイマンじゃなかったのか。まあ、確かにタイマン張るとは言ってなかったけど、仲間呼んで、恥ずかしくないのかなぁ。
「覚悟しろよ!」
後ろから殴ってくる。声出したら、バレバレでしょうが。これは横に避ける。
「てめぇ!」
今度は正面から突進してくる。牛みたいだ。これも横に避ける。
「捕まえた!」
いや、捕まらないよ?待ち構えてるの見えてるよ。
両腕で覆いかぶさってくるところを、屈んで避ける。
何度も応酬するが、誰一人、僕を捕らえることはできなかった。
気付くと、男たちは疲れ果てて、座り込んでいる。
周りを見ると、人だかりができていた。まずい、目立ちすぎたなあ。
「あなたたち…」
声の方を見ると、美香さんがこちらに向かってきていた。
その奥には、沢渡さんと竜司の姿があった。何だ竜司、合流してたのか。でも、加勢しなかったのは偉いぞ。
「徹君を、こんな目に合わせて」
どうしたんだ美香さん、様子がおかしいぞ。
疲れて座っている男の一人に掴みかかる。そして、口を開けた。
何だ、まさか噛みつこうとしてるのか?
「いっつ!」
咄嗟に手を出して阻止をしたが、代わりに噛みつかれた。
女性なのに、結構噛む力が強い。
「美香さん、僕は傷つけられてないから、大丈夫だよ」
僕の言葉に、美香さんはハッとし、口を離した。
腕から血が流れる。意外に深かったようだ。
「ご、ごめんなさい、私…!」
「君たち何をしている!」
騒ぎに気付き、ゲームセンターの店員が駆けつけてきた。もう少し早くに気付いてくれてれば、こんなことにならなかったんだけどな。
「喧嘩か!?」
年配の店員が、怒りの表情で聞いてくる。
「まさか。ちょっと騒ぎすぎちゃったのは、ごめんなさい」
そう言って、近くの男の手を引き、立ち上がらせた。
「な、喧嘩なんてしてないもんね」
「あ、ああ」
男が空気を読んで肯定してくれた。
「でも君、腕から血が出てるじゃないか」
しまった、さっきの流血が不信感を抱かせてしまっている。
「ご、ごめんんさい、それは私が…」
「え?」
おずおずと手を挙げる美香ちゃんに、店員が驚く。まさか、こんな綺麗な女性が流血の原因とは思わなかったのだろう。
「すみません、こっちはカップルの喧嘩です」
現実が飲み込めず、しばらく呆然とする店員。その間、喧嘩じゃないと認識したギャラリーが、散って行っていた。
「そ、そうか。あまり騒がないようにな」
「はい、ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「お前、何で俺らを突き出さなかったんだよ」
「さっき言ったじゃない。僕は人が傷つくのは見たくないんだよ」
笑顔で答えた。
「喧嘩じゃないか。確かに、あんたと俺らとじゃ、喧嘩にならないや」
別の男が立ち上がりながら言った。
「華奢とか、弱そうとか言って悪かったよ。凄く強かったぜ」
「デートの邪魔して、すまなかった。それだけ強いんだ、お似合いのカップルだぜ」
「もうこれに懲りて、人には絡まないようにするぜ」
「絡んで悪かったな、じゃあな!」
男たちが口々に言って去って行った。去り際が嵐の様だった。
「お似合いのカップル…」
言われて、顔が熱くなった。そういえば、興奮してて、美香さんをまるで彼女みたいに扱っていた気がする。
「ごめんなさい、私、噛みついちゃって…」
そう言って、美香さんは僕の腕を舐めた。そして、驚いた顔をする。
「血の味がする…」
当たり前のことを言った。その姿を見て、僕は吹き出してしまった。
「あははははは、血を舐めたんだから、当たり前じゃない」
「そ、そうよね」
美香さんは笑顔で返した。しかし、その顔にはぎこちなさがあった。そんなに血の味がしたのが意外だったのだろうか。
あ、でも、現在味覚障害中だって言ってたから、味がしたこと自体が、おかしいことなのかもしれない。そう考えると、合点がいく。
「徹君って、喧嘩強かったのね。弱いとか言って、ごめんなさい」
愛美さんが申し訳なさそうに言った。
「僕は喧嘩は弱いよ」
喧嘩は弱い。僕は人を殴ることができないからだ。
「まあ、とにかく無事で良かったぜ」
「無事じゃないよ~、徹君の腕から血が…」
「え?徹怪我したのか?」
「私が噛みついちゃったから…」
「噛みつく!?」
泣きそうな顔で言う美香さんの言葉に、竜司が驚く。そりゃあ、噛みついたとか言われたら、誰でも驚くよな。
「美香ちゃん…」
「ごめんなさい」
愛美さんが、険しい顔をする。僕に怪我を負わせたからか?でも、それだけではない空気が漂う。
「僕は大丈夫だよ。だから、怒らないであげて」
その言葉に、愛美さんが険しい顔を解いて、ため息を吐いた。
「改めて、美香ちゃんがごめんなさい。大きめの絆創膏あるけど、それで大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫じゃないかな」
絆創膏を受け取り、傷口に貼った。うん、ちゃんと覆われてるから問題ないだろう。
「どうする、ゲーセンで遊んでくか?」
「さっきので、もう、ゲーセンで遊んだみたいな体力使っちゃったよ」
「まあ、徹はそうだよな」
竜司と一緒に笑った。
「私も、この後ゲーセンで遊ぶ気もなくなっちゃったから、観覧車に行こうかしら。どうする、美香ちゃん?」
「うん、私もそれで」
心なしか、美香さんの元気がない気がする。そんなに僕の傷のことを気にしているのだろうか。
ともあれ、満場一致で、観覧車に乗りに行くことになった。




