7月10日 小松川徹 慌しい寝起き編
「あ……え?」
目が覚めたら、目の前に女性の寝顔があった。
あり得ない状況に、頭をフル回転して、思い出そうとする。確か昨日は新歓コンパだった。
そうだ、酔い潰れた結菜さんを、家に泊めたんだった。
いやでも、何で隣に寝てるんだ?確か昨日は、結菜さんをベッドに寝かせて、僕は床で寝てたはずなんだけどな。
あれ、もしかして、僕が間違えてベッド入ってしまったのか?
周りを見てみると、確かに床だ。
いやいや待て待て、冷静に考えてる場合じゃない、今この向かい合っている状況はヤバすぎる。早く起きないと。
「だめー、行かせない~」
起き上がろうとしたら、捕まった。そのまま背中に抱き付かれる。
胸が背中に押し付けられて、鼓動が早くなる。
「起きてたんだ。ってか、まだ酔っぱらってるの?」
冷静を装う。もう、心臓が爆発するんじゃないかというくらい、鼓動が早い。
でも、素で、こんなことするはずがない。酒が残ってるか、寝ぼけているのだろう。
「お酒は抜けてるよ~。でも、頭痛い~」
背中に顔を埋めながら話す。言葉を発する度に、熱い息が背中に感じ取れる。
今まで経験したことのない状況に、僕は身体を強張らせてしまった。
「そういや、ここどこ?」
え?今まで分からないで話してたの?
「僕の家だよ。そういえば、結菜さんのことはベッドに寝かせたはずなのに、何で床に寝てるの」
「徹君が床に寝てたから、一緒に寝たくてー」
何でそう恥ずかしいセリフを簡単に言うのだろうか。
一瞬、春花さんが言っていた、僕に気があるという言葉が、頭に浮かんだが、振り払った。
「とにかく、僕は起きるよ」
「あーん、徹君冷たい~」
抱き付いてくる結菜さんを引き剝がし、僕は冷蔵庫から麦茶を取り出し、二つのカップに注ぐ。そして、片方はレンジにかける。
「そういえば、ここが徹君のウチってことは、私、お持ち帰りされちゃったの?ヤっちゃった?」
「ぶっ!」
盛大に麦茶を拭いた。シンクに麦茶がぶちまかれる。キッチンで飲んでて良かった。
「し、してないよ!」
「そうでしょうね。私今、生理だし」
「んな…!」
そんな、あけっぴろげに言う?
春花さん、彼女は僕のことを好きなんじゃなくて、ただの気の許せる友達と思ってるんじゃないかな。
「あ、ごめん、頭痛薬切らしてるわ」
僕は薬箱をあさりながら言った。直ぐに用意出来たらよかったんだけど、申し訳ないな。
「あ、大丈夫。自分で持ってるから」
「へえ、用意がいいんだね」
「女の子は、みんな持ってるもんよ」
そういうものなのか。まだまだ知らないことが多いな。
「はいこれ。頭痛いなら、冷えてる麦茶より、ぬるい方がいいでしょ」
「ありがとう。こういうところなのよね~」
「こういうところ?」
「ううん、何でもない」
結菜さんは、そっぽを向いて薬を飲んだ。一体何だったんだろう?
~~~♪
スマホの着信が鳴った。表示を見ると、竜司だった。
「もしもし、こんな朝早くに、どうしたの?」
「早くねえわ、もう十一時だぞ」
もうそんな時間だったんだ。いつも通りの起床時間だと思ってた。やっぱり、お酒を飲むと、早く起きれないもんなんだなあ。
「これから、出かけるぞ。後十分で到着するから、用意しといてくれ!」
「え?僕に選択権なし?」
「そうだ、じゃあな!」
言うなり電話を切られた。何か焦っているみたいだったけど、何なんだ。
それに誘いが強引過ぎる。
スマホから顔を上げる。あ、そうだ、結菜さんがいるんだった。
「結菜さん、竜司に誘われたから、出かけるね。これ鍵」
結菜さんに鍵を手渡す。
「鍵はポストに入れといて。調子が良くなるまで、ここにいていいからさ」
「えー、徹君は具合の悪い私より、友達の誘いを取るの~?」
「具合が悪いのは、自分のせいでしょ」
結菜さんが頬を膨らませる。
「一杯で、あんなに酔うはずないんだけどなぁ~、おかしいなぁ~」
腕を組んで、悩んでいるそぶりを見せる。
「結菜さんを看病してあげたいのは山々だけど、竜司も何か急いでるみたいだから、行ってくるよ。ごめんね」
「ううん、さっきのは冗談よ。こっちこそ、ごめんね」
また駄々をこねるかと思ったら、急にしおらしくなった。どうも調子が狂うな。
「好きなだけいていいから、ゆっくり休んでよ。飲み物は冷蔵庫に、カップ麺はキッチンの上の棚に入ってるから、食べたかったら勝手に食べていいからね」
「ありがとう、ごめんね」
「謝る必要はないよ。じゃあ、行ってきます」
僕は結菜さんに布団をかけ直し、急いで用意して家を出た。
家を出ると、階下に竜司の車が停まっていた。
「おう、タイミングばっちりだな」
車のところに行くと、開け放たれた窓から竜司が言った。
「呼び出しが雑だよ。一体何なんだ」
「それは移動しながら言うわ」
仕方なしといった感じに、僕は車に乗り込んだ。
「あ、そうだ、結菜さんは?」
「まだ家にいるよ。頭が痛いんだって」
「そっか、大丈夫か?」
「結菜さんの看病しないで来てやったんだ、有り難く思えよ!」
「すまなかった」
随分素直だな。
「結菜さんにも、謝ってね」
「そうだな、謝っとく」
竜司が車を出発させた。
「それで、何を急いでるんだよ?」
「これからダブルデートをする」
「は?」
竜司の予想外の発言に、間抜けな声が出てしまった。
「え?そんなことのために、結菜さんを放らなきゃいけなかったわけ?」
頭にきた。家には具合の悪い女性がいるのだ。デートとかいう遊びなんかよりも優先すべきだろう。
しかもダブルデートを勝手に設定されている。一体竜司は、何を考えているんだ。
「そんなことなら、僕は帰るよ。結菜さんが心配だ」
「相手は、徹をご指名だったんだ。すまない、交換条件だったんだ。俺を助けると思って協力してくれ!」
僕の帰る発言に、竜司が必死に止めてくる。何故、ここまで必死になるのだろうか。
「落ち着けって!きちんと説明してくれよ。納得したら、ちゃんと一緒に行くから!」
「有益な情報をくれる交換条件として、徹とダブルデートさせろって言われたんだよ」
「だから誰に?」
「沢渡愛美だよ」
何で沢渡さんが?いや、思い当たる節はあった。
確か、沢渡さんは七瀬さんの幼馴染だ。
昨日、七瀬さんは、僕とデートしたいと言っていた。しかし、結菜さんの件があって、連絡先は交換していなかった。
「それって、僕と七瀬さんをデートさせたいって話じゃない?」
「え?何で分かるんだ?」
竜司は面食らっていた。当然だ。沢渡さんと話していたあの時に、僕と七瀬さんの会話が分かる筈もない。
「昨日、七瀬さんにデートしようって言われたんだ。でも、連絡先を交換してなかったからさ」
「なら、話が早いじゃねえかよ!あんな美人に好かれて、徹だって嬉しいだろうよ!」
「う~ん…」
歯切れの悪い僕に、竜司が不思議そうな顔をする。
僕は、昨日の帰りに、路地裏で深山先輩とキスをしている七瀬さんを目撃している。
深山先輩とそんなことをする人が、僕とデートをしたいという気持ちが、素直に分からないのだ。
「何かあったのか?」
昨日のことを言うべきかどうか悩んだが、七瀬さんがどういう状況で、あの様なことになったか分からなかったので、一端、話すのをやめた。
「ううん、何でもない。いいよ、行くよ」
昨日のことを話さずに断ることは出来ない。取り敢えず、七瀬さんに会って、真意を確かめようと思った。
「ど、どうした?いや、一緒に行ってくれるのは、ありがたいけどよ」
「うん、まあ気にしないでよ。それより、有益な情報って、何の?」
今度は、こちらが訊く番だ。急に切り返されて、珍しく竜司が狼狽えているのが分かる。
「……分かった、無理に連れてきたんだ、いい加減に話すよ」
素直だ。腹が決まったという感じだ。以前言っていた、深山先輩の気になる話と関係があるのだろうか。
「学内で失踪者が出てるのは、この前の春花さんとの話で知ってるよな」
「ああ、廃病院のカナコさんの話?」
竜司が一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした。何だ?カナコさんが嫌なのだろうか?怖いのかな。
「怪談話が広まる前に、既に失踪者の話は出てたんだよ。だから俺は、失踪者の件は知っていても、カナコさんの噂は知らなかった」
確かに、竜司はカナコさんの噂を知らずに、失踪者のことは知っていた。それは春花さんと話している時に明らかになった。
「それで?」
竜司が奥歯を噛み締めているのが分かる。そこまで話したくないことなのだろう。竜司にとって、辛い話なのかもしれない。
「俺の友達の友達も被害に遭ったんだ」
「え?」
春奈さんの時もそうだが、また、友達の友達だ。本当に、怪談話の様だ。
「友達の友達って…竜司は面識あるの?」
「ない」
「はぁ?」
竜司の回答に、耳を疑った。面識ない人間の話に、何でそんな神妙な顔をしているんだ。失踪したかどうかだって怪しいじゃないか。
「面識ない人間が失踪したって話、なんで信用できるんだよ」
「俺の友達が、嘘を言う人間じゃないからだよ」
正論だった。仮に、竜司が同様に友達が消えたと言ったら、僕は信じるだろう。それほどに信用できる友人なのだろう。
「それで、深山先輩が関わっているってことも本当なの?」
「ああ、これも確実だ」
何なんだ一体。僕の周りで何が起きてるんだ。
「あ…」
深山先輩が神隠しの原因という話で、急に頭の中の情報が繋がり、部会の時の違和感の正体が分かった。
「僕たちの部活って、勧誘した部員には女性がいるのに、三年生には女性がいない…」
「徹も気付いたか」
この様子だと、竜司は既に気付いてたんだな。まあ、深山先輩をはじめから疑っていたのだから、そこに気付くのも当たり前だろう。
「春花さんから聞いたんだ、春花さんの知っている失踪した人も女性だって。そして、俺の知っている人物も女性だった。加えて、勧誘された新入部員の大半が女性。そして失踪者に確実に関係している深山先輩。これら全てが、別々の問題とは思えない」
「そんな大それた推理を…」
「俺は、深山先輩が、女性たちを食い物にしてると思ってる。いや、深山先輩たちがと言った方がいいのかもな」
「そんなバカな…」
「違う、言い換えるぜ。食い物にしていると断言する」
「何でそんな…」
その先の言葉を言おうとして、飲み込んだ。
竜司が、深山先輩が関わっていることは確実だと言った。その情報は、さっき言っていた友達の友達が関係しているのだろう。
そういえば竜司は、失踪ではなく被害に遭ったという言い方をした。つまりこれは、その友人が深山先輩に食い物にされたことを意味している。
情報が全て繋がり、僕は何も言えなくなり、口をつぐんだ。
「お前は昔から、頭の回転が良いよな。抜けてるところもあるけどさ」
竜司が悲しそうな顔で正面を見ている。
知られたくなかった。でも知って欲しかった。そんな葛藤を現しているのような表情に見えた。
「だからさ、どうしても情報が欲しかったんだ」
ぽつりと言った。
情報を得て、竜司はその後何をするつもりなのだろう。
何も知らない僕には、止める資格はない。言いようのないモヤモヤが胸の内に残った。




