疫病神
「坊や、どこに行くの?」
坊や・・・
「泊まるとこ探してんの。お金無いから寝るだけの安いところ」
「じゃ、うちに泊まってく?サービスするわよ」
これって客引きだよな?
「いや、遠慮しとくよ。本当にお金無いんだよ。この服装みたらわかるだろ?」
シャツをクロノに着せたからタンクトップ姿の叶多。元の世界ならまぁまぁな身体付きだがこの世界では貧相な部類に入ってしまうだろう。しかも中学生ぐらいにしか見られているかもしれない。
「ふふ、初めてなら銀貨1枚でいいわよ」
「いや、そんなに持ってないからいいって」
高校生だった叶多はこういうのに断り慣れてない。腕をガシッとお姉さんにホールドされてしまう。
「本当にお金無いんだって」
「じゃあ、お姉さんが奢っちゃおうかな。ね、初めてでしょ?」
そうだけどっ!
「だから勘弁してって」
バッとホールドされた腕を振り切り走って逃げる。しかし、安宿がありそうな所はそういう宿も多いのかどこでも似たような目に合う叶多。
なんなんだこれは?そんなにカモ面してんだろうか俺。
綺麗な宿はどこも銀貨1枚以上する。借金している身で寝るだけにそんなお金を払う訳にはいかない。生活費を貸してくれと言ったが、これは商売をするための軍資金だ。おいそれと使う訳にはいかない。
叶多は仕方が無く公園で野宿をすることに。季節もちょうど良く寒くも暑くもない。水飲み場もあるからここにしよう。
各ベンチにも稼ぎの少ないハンターだろうか?数人が同じように寝ていた。
ーその頃のギルドー
ブスッ
クロノはふてくされていた。
「女神様部屋に案内します」
「ここでいい」
「ここはギルドマスターの部屋だからダメです。もうここも鍵を閉めますから」
「女神さんよ、そんなに拗ねないで部屋で寝てくれ。疲れてんだろ?」
「疲れてない」
「魔族領で寝てたじゃないか。カナタがその後抱っこして面倒みてたんだぞ」
「えっ?ギルマス、魔族領に行ってたんですかっ」
「あぁ、カナタのワープってやつでな。あいつ、今日だけで3回目だと言ってたぞ。よくもあんな恐ろしい所にひょいひよいと行くもんだ」
「カナタさんって、本当は強いんですか?自分では弱いとか言ってましたけど」
「まぁ、魔法も使えないし、剣も使ったことないってのも本当だろうな。短剣持っててもジェイソンと対峙した時に抜こうとしなかったからな。普通は敵を見たら剣は抜いておくもんだ。そういう事も知らんのだろ」
「それなのに魔族領に行ったり、ここのハンター達が怖がって女神様を見捨てるぐらいの相手の所に助けに行ったんですかっ」
「あぁ、全く迷うことなく女神様を助けに行ったな。だから俺はてっきり女神様と良い仲なのかと思ってたんだが・・・。魔族領に行くときも抱き上げて走ってたし、寝てる時も起こさずに大切そうに抱えてたからな」
「私の下僕なんだから当たり前でしょっ」
「なぁ、女神様よ。カナタの事を下僕、下僕って言うが、本当にカナタは下僕なのか?それにしちゃ、ずいぶんとカナタが女神さんに対する口のきき方が乱暴だな」
「そうよっ!あいつ人間の癖に女神に向かって説教したりするのよっ。すぐに怒鳴るし、だいたいあいつはねぇっ・・・」
そしてそのままクロノはギルマスに八つ当たりを始めた。
ー公園のベンチで寝転ぶ叶多ー
あー、たった1日でめちゃくちゃ色々あったな。これ夢ならいいのにな・・・。
しかし、クロノを放ってきたけど大丈夫かな?トーマスやシンシアに迷惑かけてんじゃないだろうな?
あー、しまったな。絶対あいつの事だから迷惑かけてんな。面倒臭くなって丸投げしたけど、あの二人には関係の無い話なのに悪いことしたな・・・・。明日引き取りに行かないとな。それでクロノが俺と来るのが嫌だと言ったらトーマスに強そうな奴がいるところを教えて貰って預けに行くか。
俺に戦闘能力があれば守ってやれるんだがな・・・って、なんで俺が守るとか言ってんだ。彼女でもあるまいし守る義務なんてないんだ。こっちは無理矢理連れて来られて酷い目に合わされてんだからな。
・・・しかし、あいつって魔物に狙われるやすいんじゃなかろうか?魔物がクロノを見付けたら他には目もくれずクロノを狙ったからな。
ん?ジェイソンって奴もこんなハンターとして稼げない街になぜ来たのだろう?もしかしてクロノはああいう輩も呼び寄せるのだろうか?
もし、そうだとしたらトーマスにも迷惑掛けるし、シンシアも巻き添えを食うかもしれん。あいつ神様は神様でも疫病神なんじゃないのか?
トーマスとシンシアに疫病神を押し付ける訳にはいかないよなぁ・・・。明日から商売する予定だったけどギルドに戻るか。
面倒臭いとトーマス達に申し訳ないのがぐるぐると頭の中で回り、初めての野宿ということもあってなかなか寝付けない叶多であった。
ーギルド職員宿舎ー
クロノはポツンと宿舎の部屋に一人でいた。
「何よ、あいつっ、私の事を放って一人でどっかに行ってんのよっ。勇者スキルを与えたやつは女神様っ、クロノ様ってずっと私の気を引こうとしつこかったのに。ここの人間もそうなのに。どうして下僕は私にそうしないのよっ」
クロノはぶつぶつと半泣きになりながらベッドに座ってテーブルの脚をコンコン蹴っていた。
翌朝
ぜんぜんっ眠れなかったな・・・
一夜にしてげっそりとした叶多は公園にある水場で顔を洗って頭にバシャバシャと水をかけて目を覚ます。
あー、風呂入りてぇ。走って汗だくになったのに身体も洗えてないから気持ち悪い。着替えも無いから服も汚い・・・。あ、昨日、クロノに着せたシャツは汗臭くなかっただろうか?
まずは着替えが必要だな。クロノは着替えどうしたんだろう?服は買って帰ってやってもいいが、下着とか買えないしなぁ・・・
クロノの服は自分で選ばせるか申し訳ないけどシンシアにお願いしよう。
叶多は戻る前に安そうな服とカバンを買って帰った。シャツと下着それぞれ3枚、それとカバンで銀貨2枚ほど使った。しま○らやユニ○ロみたいな店は無く、服はそれなりに高い。この調子だと銀貨10枚なんてあっという間に無くなる。早く稼がねば。
「おはよう」
「わぁー、カナタさん戻って来てくれて良かったぁ」
受付のシンシアは叶多を笑顔で迎えてくれる。
「あれから問題無かった?」
「大丈夫でしたよ」
そう聞かされてホッとした。クロノが魔物や賊を呼び寄せなくて良かった。
「クロノは?」
「まだ部屋から出て来てないですよ。カナタさんは朝食食べました?」
「まだだけど」
「ここの朝食の時間はもうすぐ終わりですからすぐに食べた方がいいですよ」
「あ、そうなの?じゃ、クロノの部屋がどこか教えてくれる?いい加減起こさないとダメだしね」
「昨日カナタさんが出て行ったあと、物凄く機嫌悪かったんですよ。部屋から出て来ますかね?」
「まぁ、出て来なかったら飯抜きになるだけだな。あ、部屋に風呂ってある?あと洗濯出来る場所とかも」
「はい、お部屋にお風呂ついてますし、洗濯は共同でありますよ」
シンシアは共同洗濯場を案内してくれた後に部屋に案内してくれ、受付に戻って行った。
コンコンっ
「おい、クロノ。朝飯食わないともう時間終わりらしいぞ」
シーン
まだ寝てんのか?
ドンッ ドンッ ドンッ
「おい、クロノっ。いい加減起きろっ」
ガチャっ
「なんだよ起きてるならさっさと・・・」
ドアを開けたクロノは昨日の服装のままで目が真っ赤だった。
「何よ、出て行ったんじゃないの?」
「お前みたいな疫病神をトーマスとシンシアに押し付ける訳にはいかんからな。取りあえず今日からどうするか話し合いだ。それより飯だ」
「いらない」
ガチャ、バタンっ。
そう言ってドアを閉めたクロノ。
ムカッ
叶多はムカついてクロノをそのままにして一人でご飯を食べに行った。
「あれ?女神様は?」
「飯いらないって」
そう答えた叶多は食堂でご飯を頼もうとした時にふと考える。
「食堂のお姉さん」
「何かしら?」
「これ、宿舎の部屋に持って行ってもいいのかな?」
「いいわよ。食器は今日中に返してね」
ということで二人分を注文。お盆にのせて貰って部屋まで持っていく。
「おい、クロノ。開けろっ」
ガチャ
「なによ?」
「飯だ」
「いらないって言ったじゃないっ」
「じゃ、俺が二人分食うからいいよ。取りあえず中に入れろ。俺はこれを食ったら風呂に入りたいんだよっ」
「こ、ここは私の部屋よっ」
「うるさいっ。ここは共同部屋なんだ」
「かっ、勝手に出て行った癖にっ」
「お前が面倒臭いからだろっ。飯食って風呂入ったらまた出て行くから早く入れろっ」
叶多はぐちゃぐちゃ言うクロノを無視して中に入った。
中はキッチンの付いたリビングと別々の寝室。それに風呂とトイレが付いていた。なんだ、共同部屋というから2段ベッドとかの寮みたいなのを想像してたけど豪華な作りじゃんかよ。寝室別々ならわざわざ出て行くことなかったわ。
リビングのテーブルにご飯を置いて食べ出す。クロノも向かいに座ったが拗ねて食べない。叶多は面倒なので無言でそのまま食べた。
そして食べ終わったらさっさと風呂に行く。
浅いバスタブの中にシャワーがあるタイプ。ゆっくりと浸かるには向いてないけど無いよりましだ。
シャンプーとリンス、石鹸まで付いてる。この世界の文明ってどれぐらい進んでるのだろうか?車とかは走って無いし、この入れ物も焼き物だから石油が無い世界なのかもしれない。
シャンプーとリンスの違いがわからないので、少し手に出して泡立つ方をシャンプーと判断して髪を洗い、リンスもしておいた。
浅目のバスタブに湯を貯めて少し浸かる事に。ふー、気持ちいいな。もう少し深いということないんだけどな。
さっぱりした叶多は服を着替えて出るとまだクロノはふてくされていた。
「飯食わないなら俺が食うぞっ」
「勝手に食べればっ」
というのでもう一人前食べた。高校2年生にとって朝飯2人前なんて朝飯前なのだ。朝飯を食うのに朝飯前ってなんか変だな?そんな事を考えながら食器を予洗いして片付ける。叶多は幼い頃に母親を無くして父と二人暮らしなので、家事は叶多の担当だった。
「クロノ、お前も風呂に入ってこい。昨日の走り回って汗かいただろうが」
「そんなのかかない」
「嘘付けっ。面倒臭い上に汗臭い女なんて最低だぞっ」
「失礼ねっ!臭くなんて無いわよっ」
「あーもうっ。ならその服を脱げ」
「なっ、何よっ!やっぱり変な事するつもりなんじゃないっ」
「するかっ!それ俺が来てたシャツだろっ。それを洗うからこっちを着ろ。それからお前の服とか買いに行くから。服屋で汗臭いとか言わても知らんからなっ」
「だから臭くなんて無いって言ってるでしょっ・・・ブッ」
「ごちゃごちゃいちいち噛み付いてくんな。さっさと着替えろ」
シャツを投げつけて寝室にクロノを押し込んだ叶多であった。