トクン
「カナタ・・・」
クロノは寝る事もなく、動かない叶多から離れない。そしてふとポケットを見ると自分が着てきたシャツが入っているのに気が付いた。
それを出してみると、叶多の血がドス黒くなって付いていた。
わ、私のシャツをずっと持って・・・
また涙が出てくるクロノ。
「カナターーーーっ」
ベリーカでフランク夫妻と戻って来たリズ達をトーマスは招き、宴会をしていた。
「泊まっていくだろ?」
「ちゃんと着替え持って来たぜ。ここの風呂楽しみだったんだよな」
「リズはうちの風呂に入ったことあったか?」
「なーに言ってんだよ。泡風呂とかしてたじゃねーか?その後シンシアと一緒に寝たし」
「そうだよね。あれ?リズって私の部屋に来たことあったけ?」
「あれ?」
と疑問に思うも、女性陣で風呂に行く。
「こんなに身体洗うところ広かったっけ?」
「そうだよ」
とグボボボボとしてからシンシアの部屋に行く。
「この部屋は初めてだ」
「そうだよね?でも私もリズと寝たの覚えてる」
「ちょっと外に出てみる」
と、リズは外に飛び出した。
「あ、このボロ家・・・」
勝手に中に入るリズ。叶多はもう魔王の所に行く前に魔道具のスイッチを切って行っていた。もし帰って来れなくなった時に誰かが使えるようにと。
「こ、ここだっ。ここに間違いないっ」
見覚えのある部屋、そして風呂、そして寝室・・・。
「私はここでシンシアと寝てたんだ」
「おいおい、リズ。空き家だからって勝手に入る奴がいるかっ」
トーマスが追いかけてきた。
「空き家なんかじゃねーっ。私はここで風呂に入って、この部屋でシンシアと寝たんだっ。誰だよ、この家に居たのは誰なんだよっ」
「ここは女神さんと・・・」
トーマスも疑問が出てくる。女神はいつも誰かといた。それは誰だ?
そして、リズは寝室の扉を閉めて、服を脱ぎ、上の下着を取って前と同じようにして寝てみた。
そうすると自然と涙が溢れて出てくる。誰だよ。誰がこのベッドを使ってたんだよっ。最初で最後といいながら2回ここで寝た。かすかに残る優しい香りに包まれると幸せになる。でもそれが誰なのかわからない。そして、それは人のものだというのも理解している。嬉しいと切ないが交錯する。
「うわーーーっ」
リズは大声を上げて泣いた。
シンシアはクロノの寝室を開けた。かすかに甘い女神様の匂いが残っている気がする。
私は赤ちゃんみたいな匂いがすると言われた。誰に言われた?
いつも子供扱いされて残念だったけど、妹みたいに扱ってくれて嬉しいと思ってしまった複雑な感情が蘇ってくる。
「ギルマスっ。この家は誰の家なのっ」
「カナタ、ここなら何しても帰れなくなるとかないよ」
叶多は何度かクロノにキスをしかけてもしここに帰れなくなったらと言ってしてくれなかった。
「カナタ・・・」
クロノは叶多の唇に溢れる愛情と目を開けて欲しいとの願いを込めてキスをした。
『ダメだっ!』とは言ってくれない叶多。触れた唇は冷たい。こんな事になるなら自分から無理矢理にでもキスをして、帰れなくなる方が良かった。魔王から二人で逃げ続ける生活でもいい。ずっと一緒にいたかった。
クロノはまたボロボロと涙を流して叶多にしがみついた。
大きな声をあげて泣くクロノ。
トクン
えっ?
「カナタっ カナタっ!」
いま確かにカナタの胸の中でトクンと・・・
「カナタ、目を開けてカナタっ」
トクン
やっぱり。生きてるっ!
クロノはもう一度カナタにキスをした。
さっきより唇が温かくなっている。
クロノはそのまま叶多にしがみつき、カナタにキスをし続けた。
トクン、トクン、トクン、トクン。
生きてるっ カナタは生きてるっ
お願い、このまま目を覚ましてっ
カナタの指がピクッと動いて、そのままクロノを抱きしめた。
「カナタっ」
「なんで泣いてんだよっ」
「うわーーーんっ。カナターーーっ」
カナタは泣き続けるクロノを抱きしめてよしよししていた。
「クロノ、ここはお前の世界か?」
「うんっ」
「俺は死んだのか?」
「わかんない。死んだと思って、トーマスがカナタを焼くって言ったからここへ連れてきた。ここだと腐らないから」
そうか、時を操れるから腐らせない事も可能なのか。
「じゃあ俺は生き返ったのか?」
「わかんない」
まぁ、身体動くしな。と、叶多は起き上がってみる。
「ちゃんと動けるわ。これ、本体を召還したのか?」
「ううん。本体はあっちにちゃんといる」
「お前は何をしたんだ?」
と、何があったか聞いてみた。どうやら魔王はトーマスとシンシアが勇者スキルとワープスキルを使って倒してくれたらしい。で、帰ってきたら俺の事を覚えてなかったと。
「は?俺の本体に会いに行った?」
「うん。もしかしたら記憶が向こうにあるかもしれないと思って確かめたの」
「で、どうだった?」
「怒鳴られた。そんな事は知らないって」
学校の校門の所で、酒飲んだの、一緒に風呂はいったのとか皆の前で覚えてるのを聞いたのか・・・
なんてことをしてくれるんだお前は?
きっと、本体はえらい目にあってんな。もう高校在学中に彼女を作るのは無理だろう。
「今、時間止めてあるんだよな?」
「うん」
「俺もその様子を見れるか?」
ちょっと待ってと、モニターみたいなのを持ってきたクロノ。
そしてめっちゃ怒ったまま止まってる俺がいる。
「動かして」
うわっ、最悪だ。
「止めて止めて止めてっ」
本体|《俺》が可哀想過ぎる。
「もうこのまま止めておこうか」
「いいの?」
「そうしないとクロノとずっといれないだろ?もう死んだと思ったときに後悔したんだよ。本体をもう一度召還したらお前が寂しくないだろうと思ってたけど、自分とはいえ、違う人とクロノがイチャイチャすんの嫌だったんだ」
「私も、こっちのカナタしかイヤッ」
と、二人は抱き合う。
「クロノ」
「何?」
「好きだ。このままずっと一緒にいてくれ」
「プロポーズ?」
「そうだ」
「うん♪ もう他の人のお嫁さんになれないんでしょ私」
「そうだ」
「ここにいるから、帰れないってことないよ」
叶多はそう言われてクロノにキスをした。
「クロノ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「先に風呂に入りたい。ほら、俺血だらけになったし」
「わかった。じゃ、一緒に入る?」
「いいよ」
と、叶多とクロノはベリーカの家に向かおうとする。
「こっからどうやって行くんだ?」
「ワープと一緒。そこに行こうと思えば行けるから」
と言われて叶多はベリーカの家に向かった。
「わ、俺浮いてんじゃん」
「実体化してないからよ」
そう言われて納得する叶多。
そのまま浮いて家に入ると、上半身裸のリズが自分のベッドで泣いていた。
「あわあわあわあわあわっ」
「何で見るのよっ」
「見えたんだっ。って、皆俺の事を覚えてないんだよな?」
「トーマス達は覚えてなかった」
「なら、リズは何で俺のベッドで泣いてんだ?」
他にもトーマス達もいる。
「知らない」
とりあえず、家から離れてみる。
「そういえばクロノ、俺はなんで実体化してないんだ?もしかして俺は幽霊なのか?」
「知らないわよっ」
「・・・。まぁ、いいや。お前、神器持って来てるよな?」
「大丈夫」
「なら、実体化する方法を教えてくれ」
単純に実体化と念じるだけらしい。
実体化した二人は家に行く。
「お、女神・・・さん、そいつは・・・カナタっ!」
「トーマス、俺の事を覚えてんの?」
「当たり前だっ!」
そう言われてガバッと抱きしめられた。
「ちょ、ちょっとトーマス」
「馬鹿野郎、死んだと思ってたじゃねーかっ」
「ゴメン、俺も死んだと思ってたよ」
「カナタさんっ」
「シアちゃんも覚えてるの?」
「カナタさーーんっ」
抱きついて来たシンシアをよしよししてやる。
「トーマスと魔王を倒してくれたんだろ?ありがとうな」
「うんっ、うんっ」
その時、寝室の扉が開いてリズが飛び出して来た。
「カナタっ」
生ポヨンのままカナタに抱きつくリズ。
「ちょっ、ちょっ、リズっ」
「ちょっとっ!カナタに何すんのよっ」
と、クロノは怒ったが、リズはやましい気持や誘惑しているのではなく、単に叶多を思い出してそうした事を理解した。
「お、お前がいなくなって、それが誰が分かんなくてっ、ベッドにカナタがっ」
叶多に抱きついたまま泣きじゃくるリズ。クロノもその気持ちがわかるので、見てみぬふりをするしかなかった。
「リズ、抱きつくのは許してあげるけど、服ぐらい着てよねっ」
「えっ?あっ!キャーーーっ」
リズは慌てて寝室に入っていった。
そして、皆が落ち着くのを待って、トーマスの家に移動。
お互い、どうなってたか話をした。
そしてエリナがトーマスにお願いして叶多と2人で話をさせてもらった。
「カナタくん、ゴメンね。でも本当に良かった」
と、ぎゅうっと抱きしめられる。
「ちょっ、ちょっとエリナ、何を謝るんだよっ」
「カナタくんが死ぬなんて思ってなかったのよ」
「今、ここにいるから大丈夫だって」
そう言っても離さないエリナ。
「ゴメンね」
「だから何をだよ?」
「魔王は私なの」
「は?」
「あれは私の一部なの」
「意味がわかんないんだけど?」
エリナの話では人を殺したい、この世界を手に入れたいという悪の部分を切り離して人間の街に来たとのこと。世界を手に入れる為の調査に。
しかし、だんだんと人間と仲良くなり、そこへトーマスが守ってくれて惚れてしまったとのこと。
「だから、あれも私なの」
俺となんとなく感じが似てるのかも。
「もう、別じゃない?」
「え?」
「俺の本体もあっちにいるけど、記憶も違うし、自分が死んだらクロノはまた本体を召還すればいいと思ってたんだけど、クロノが自分とはいえイチャイチャされるの嫌だったんだよね」
「それと私のことと何の関係があるの?」
「もうエリナはエリナって事だよ。魔王は死んだし、別に気にすることないじゃない。俺も本体とは別だ」
「でも・・・」
「魔王が死んだけど、エリナの寿命ってどうなるの?寿命はないまま?」
「ううん、多分普通に歳を取って死ぬと思うわ」
「じゃ、なおさらだね。トーマスにそのこと話したら?きっと、俺と同じ事を言うと思うよ」
「本当?」
「本当。多分プロポーズされるから心の準備しときなよ」
そして、エリナはトーマスを呼び出したのであった。