ポヨン
「待って、待ってよーーっ!」
「だからあそこで待ってろと言っただろうがっ」
「だって怖かったんだもんっ」
まぁ、確かに男に無理矢理襲われそうになったのは怖かっただろう。
「あーっもうっ。ほれ」
叶多はしゃがんでやるとクロノはひょいっとおぶさって来た。
今は両手が空いてるからおんぶもやりやすい。クロノは軽いから走ることも可能。
わっせ わっせ わっせ
むにょん むにょん むにょん
・・・・・
立ち止まる叶多。
「どうしたのよ?」
「いや、これは良くない」
男のロマンが背中に波状攻撃を仕掛けて来るのだ。いかにムカつく女だとはいえ、それはそれ、これはこれなのだ。
「走りにくいから抱き上げるぞ」
と、叶多は一旦クロノを下ろしてお姫様抱っこをした。
そして再び走りだす。本当は首に抱き付いてくれた方が走りやすいのだが、女の子にそんな事をされたら叶多の心臓が飛び出てしまうので、抱き付けとは言えなかった。
「いっけーっ!カナタっ!走れ下僕よっ!」
「お前なぁっ!」
パツンっ
えっ?
ポヨン
「きゃあーーーーっ!何すんのよっ!カナタの変態っ!スケベっ!馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
男物のシャツのボタンが外れてクロノの胸がポヨシしてしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁっ」
それを見てしまった叶多は真っ赤になってじたばた暴れるクロノをぐっと抱き締めて全速力で走る。こんな顔を見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
「早くボタンをしめろっ!もうすぐ出口だぞっ」
何となく今朝より近い気がするけど、クロノのポヨンが衝撃的過ぎてそれどころでは無かった。
「何をこんな時にいちゃつきながら真っ赤になってるんだお前らは?」
トーマスにそう言われて抱き上げていたクロノを下ろす。
「いちゃついてなんかねーっ」
「おい、クソガキ、俺の景品に手を出すんじゃねぇっ」
「誰が手を出すかっ」
クロノは真っ赤な顔をして叶多にうーうー唸ってる。
ピコーン ピコーン
赤く光る魔法陣が点滅を始めたので慌ててタッチ。
ポン♪
緑に変わったのでそっと顔を出す。
「もう魔王のすぐそばのはずた。出たら大量の魔物が襲って来るからな」
「はっ、魔物なんて何匹居ても同じだ。あらよっと」
ジェイソンはゲートから飛び出して行った。
そして叶多達もそっと外に出てすぐ近くを指定して再びゲートを開き中に入って出口から様子を伺う。これで10分くらいは耐えられる。
「カナタ、ここは魔族領か?」
「そうだよ。俺は今日ここに来るの3回目だから間違い無い。あのデスボアって奴も大量にいる。あのジェイソンってのはそんなに強いのか?」
「まぁな、しかし、タチが悪い上に頭が切れる。犯罪紛いの行為を平気でやる鼻つまみ者だ。今回の女神様を拐った事も罪にならるかならんかギリギリのところだ。それにあいつは貴族籍を持ってるから罪には問われんだろう」
強姦未遂ってやつでも無理なのか。
「しかし、カナタの女だと立証出来たらお前は奴を殺しても問題ない。寝とられた旦那にはその権利があるからな」
「はぁ?俺が旦那?そんな訳ないだろがっ。それに懲らしめてやりたいとは思うが殺しなんてするわけないだろ?」
「そうか?さっきもキャッキャうふふしてたじゃねーか?」
「してないっ!あいつがトロくて出口まで間に合わなさそうだと思ったからだっ」
クロノはポヨンしたのをカナタに見られてしまったので拗ねてゲートの中に閉じ籠ったままだ。カナタとトーマスはゲートから顔を出して話していた。
「だがな、あの女神さんを合法的に守るなら考えておけ。お前は腕っぷしに自信がないんだろ?今のままじゃ身分が上のやつに差し出せと言われたら出さざるを得なくなるぞ」
「え?そんな事あるの?」
「平民とはそんなもんだ。シンシアって可愛いだろ?」
「そうだね」
「あいつは才能と見てくれの両方から他国で貴族に狙われてたんだ。たまたま俺があいつの両親が襲われているころを助けてな。初めはただの盗賊かと思ったがそうじゃなかった」
トーマスは勇者達と別れてからハンター業に限界を感じ現役を退いた。そしてギルドにギルドマスとして採用された移動中にシンシアを助けたとの事。
「身分制度って恐ろしいね」
「まぁ、そうだ。しかしあの国、エスタートは比較的身分制度も緩やかだし、魔族領と真逆に位置してるから魔物も少ない。だからハンターも弱い奴で十分なんだ。シンシアを隠しておくにはもってこいだな。貴族はギルドなんかに直接来ねぇしな」
「へぇ」
「まぁ、なぜエスタートにジェイソンが来たのかは謎だ。あいつぐらい強ければ魔物が強い街に行けば稼げるし、それ目当ての女も抱きたい放題だ」
「あんなやつに?」
「カナタの世界ではどうか知らんが、こっちは強さ=モテるだからな」
「じゃあ、俺はモテないね」
「だろうな。が、女神さんがいりゃいいんじゃないか?可愛い以外に男を惹き付けるなんか持ってるだろありゃ?」
「そう?俺にはクソ女としか思えないけどね。シンシアちゃんの方がよっぽどいいよ。歳がまぁ幼すぎるから恋愛対象じゃないけど」
「はぁ?何言ってんだ。あいつはあと3年程で成人だろうが」
「え?15歳で成人なの?」
「お前んとのは違うのか?」
「少し前まで20歳が成人。最近18歳に変わったんだけどね。それでも働き出すのが大学出て23歳とかだから実際にはそれぐらいでやっと大人って感じかな。12歳っていったら本当に子供なんだよ。女の人が結婚するのも30歳とかだよ」
「はあっ、女が30歳で結婚か。こっちだと孫がいる奴もいるぞ」
「俺のところでもそんな人がいるけど極稀だよ」
と、世間話をしていると出口がそろそろヤバそうだ。
出口は点滅しだしたらあっという間だからな。
「おい、クロノ。出るぞ」
スーっ スーっ
寝てやがる・・・
「トーマス、先に出て。クロノを連れてくるから」
起こしている間に点滅したらまずいので抱き抱えて外に出る。
「やっはりいちゃついんじゃねぇか?」
「起こしてる間に出口が点滅したら閉じ込められるかね。もう一度ゲート開いて寝かせておくよ。走りまくったし、怖い目にもあったから疲れてんのかもしれない」
「なるほど、旦那というより保護者って感じか?」
「そうかもね。こいつは自分の世界に帰らないと何にも出来ないみたいなんだよ」
「まぁ、それだけ可愛けりゃなんも出来なくてもいいだろ?」
「いや、そんな風に思えるほど俺は大人じゃないよ。ムカついて仕方がない」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだよ」
しかし、ジェイソンのやつ遅いな。魔王
倒せるとは思ってはないから懲らしめる為に連れて来たけど、まさかもう死んでないよね?
「トーマス、ジェイソン遅いよね」
「あぁ、もう死んでるかもしれんな。カナタも殺そうと思って連れて来たんだろ?」
いや、死ぬほど怖い目に合えばいいと思ってはいるが、本当に死ねとまでは思っていないぞ。
「ちょっと、ジェイソンの近くにゲートを繋げて見に行こうか」
「もう放って帰ればいいんじゃないか?女神に手を出そうとした罰だ」
俺もだんだんとそんな気がしている。もし、未遂でなくて事後だったら自分は敵わずとも短剣を抜いていたかもしれない。
「まぁ、見るだけね」
と、ジェイソンを指定してゲートを繋げ、覗いて見る。
げっ、血塗れで倒れてやがる。
「もうダメだな。帰るぞ」
と、トーマスが呟いた時にジェイソンがこっちを見た。
「た、助けてくれ・・・」
ちいっ!
「トーマス、ゲートから出てっ」
バッとトーマスが出た後にクロノを抱えたまま外に出て、クロノを下に置く。そしてエスタートまでゲートを繋ぎ、ジェイソンをふんぬっとゲートの中に放りこんだ。
「クロノっ起きろ!ここに捨てて行くぞっ」
パチっ
「えっ?えっ?」
「いいから早くっ。魔物が来るぞっ」
まだ起き抜けでボーッとしているクロノの手を掴んでゲートに飛び込んだ。
「走れっ!」
「えーっ」
こいつ・・・
「俺はこいつを連れてかなきゃならんないんだよっ。お前まで面倒みられん。自力で走れっ」
「あっ、こいつ私を襲おうとしたやつじゃないっ。こんなの捨てて行ってよ」
「元はと言えばお前が悪いんだろうがっ!手伝えとは言わんからさっさと走れっ」
ブーたれるクロノを無視してトーマスとジェイソンを抱えて移動。
「トーマス、ゲートが消えるまで10分くらいしかない。急いで。おい、ジェイソンっ、聞こえるかっ。急いでここを出ないとみんな閉じ込められる。少しでも自力で動けっ。そうしないと見捨てるぞっ」
「う、う・・すまね・・」
何とか力を入れようとするが無理そうだ。トーマスと二人で力を合わせて引きずって出口まで急ぐ。行きに何となく気付いていたが今朝より少し出口が近い。これなら何とかなるかもしれない。
あと少し、あと少し。
ピコーン ピコーン
ヤバイ点滅しだした。
「トーマス急いでっ。あの点滅が早くなったら消えるからっ」
二人で渾身の力を振り絞って出口に到着した。
ゲートを開けて外に出るとそこはギルドの中だった。
「おいっ、誰がポーション持ってこい。後は治癒魔法を使えるやつは協力しろっ」
ギルド内は何が起こったのかわからず、騒然となったのである。