ジャクジー
家に戻った叶多は寝室に行きクロノをベッドに寝かせようとするとするとギュッと抱き付いたまま離れない。
「起きてるならパジャマに着替えろ」
「ヤダ」
「なんでだよ?ハンター服のままなんて寝にくいだろうが?」
「このまま抱っこしてて」
「俺は風呂に入るんだよ。討伐の後そのままだったらまた血の匂いがしてくるかもしれんだろうが」
「こうしてたらしないんでしょ」
「それはそうだけど、俺は着替えたいの」
「だって離したらカナタが帰っちゃうかもしれないもん」
「お前が自分の世界に帰れないのにどうやって俺だけ帰るんだよっ」
クロノは酔って思考が回っていない。感情のみが優先されていた。
「いいから寝るか着替えろ。俺は風呂に行くからな」
とクロノをベッドに置いて風呂に行く叶多。
叶多はあまり飲んでいないが水を飲んでから風呂にいく。
血の匂いがしないように身体を念入りに洗い、風呂に浸かる。
「外がオレンジ色だ」
討伐は昼過ぎに終わり、そこからしばらく話し込んでいた。秋は日が暮れだすの早いな。
そう思い、オレンジからピンク、紫へと変わっていく窓の外を眺めていた。
フッと灯りが消される。
結界の魔道具は発動していないのでクロノが消してたんだな。
「クロノ、入って来んなよ」
と言ったのにバスタオルを巻いたクロノが入ってきた。
「お前っ、入って来んなって言っただろうが。まだそんなに酔ってるのかよっ」
何も言わずに浅いバスタブに寝転ぶ叶多にクロノが入って来る。慌てて座る叶多。
「な、な、な、何やってんだよっ」
そして叶多に抱きつくクロノ。
「や、や、や、やめろって。こんな事されたら俺っ、俺っ」
「私とこうなるの嫌?」
「嫌じゃないっ、嫌じゃないけどダメなんだってっば」
「カナタ」
「は、は、はいっぃぃぃ」
「ずっと一緒に居て欲しいの」
「居るってば。居るからやめろって」
「だっていつか帰っちゃうって言うんだもん」
「そ、それはそうだけどっ。それからどうするかまた考えてたらいいじゃないかっ」
「ダメ。一回帰ったら私の事を忘れちゃうもん。だからこうなったらもうずっと一緒にいられる」
ヤバいヤバいヤバい。もう自分もそれでいいとか思いそうだ。
「ク、クロノ。もしそうなっても永遠じゃないぞ」
「え?」
「寿命が無いだけで死なない訳じゃないだろ?もしお前が自分の世界に帰れないまま俺が死んだらどうすんだよっ。お前は永遠に一人になるんだぞっ」
「えっ?カナタ死んじゃうの?そんなのいやーーーっ」
バスタオル一枚のクロノに裸の叶多はぎゅうぎゅうと抱きつかれる。叶多の理性リミッターはすでにレッドゾーン。もう針が振り切れる直前だ。
叶多の手がクロノを抱き締めてようと伸びる。
が、ダメなのだ。これは超えてはいけない境界線。
叶多は背中に回しかけた手をクロノの肩に置く。そして自分から離した。
「クロノ、よく聞け。俺とお前はこうなっちゃダメなんだ」
「どうして?」
「この世界も俺の居た世界にもどんな影響が出るかわからんだろ?他にも世界があるんじゃないのか?」
「それはあるけど・・・」
「だから俺達二人の問題じゃないんだよ」
「だって・・・」
「さっきも言ったけど、お前は自分の世界に帰れるようにしておかないといけない。もし俺が死ぬような事があっても元の世界の俺まで死ぬかどうかわからんだろ?」
「それはそうかもしれないけど」
「俺の考えでは、今の俺が死んでも元の世界の俺は死なない」
「え?」
「向こうが本体なんだろ?言わば俺はコピーだ。本体が死んだら今の俺も死ぬかもしれんが、コピーが死んでも本体は死なん。だから、お前はいつでも自分の世界に帰れるようにしとけ。もし、こっちの俺が死んだらまた俺を召喚しろ。初めからやり直しになるかもしれないけど、きっとまた俺はお前を守る」
「本当?」
「本当だ。ずっと俺といたいならそうしろ。今こういう関係になったらそれも出来なくなる。わかったか?」
「うん」
そう言って目を閉じるクロノ。
叶多はそっと頬に手をやり目を閉じた。
が、思い止まる。
「クロノ」
「・・・」
「確認だ。キスでお前は自分の世界に帰れなくなるとかはないよな?」
「え?」
「だから、キスは大丈夫なのか?」
「わかんない」
危っな。
「じゃ、これもダメだ」
「大丈夫よ、きっと」
「それ勘だろ?」
「うん」
「じゃダメ」
「もうっ」
「風呂から出るぞ。このまま入ってるか?」
「出るわよっ」
「じゃ、お湯捨てるからこのまま髪の毛洗ってやるよ」
叶多はバスタブの中でクロノの髪を洗ってやる。
「んふふふふっ」
「だから笑うなって」
「これから毎日こうしてもらおうかな」
「毎日一緒に風呂に入るつもりか?」
「うん」
「恥ずかしくないのかよ?」
「恥ずかしいよ」
「俺も恥ずかしいんだよ。それに理性飛んだらどうすんだよっ」
「飛んでもいいよ」
「そうしたら自動的ずっと一緒にいられるもん」
「だから俺が死んだらどうすんだよっ」
「あ、そっか」
「だからやめとけ」
「うん。わかった。時々にする」
あーっもうっ。
こうして叶多の理性は日々鍛えられて行くことになるのである。
叶多は悶々とした日々を送りながら商売をしていき、ようやく風呂の工事の職人が来てくれた。
「えらくボロい家に豪華な風呂を付けるんだな」
と、やってたのはドワーフの職人だった。
「元々空き家を報酬でもらったんですよ」
「あちこちガタ来てるがこのままでいいのか?」
「ヤバい?」
「まぁ、そのうち雨漏りはするだろな。一度染み込むとあっという間に腐るぞ。屋根と土台は金をかけてもちゃんとしとけよ。じゃ、風呂付けるが前のバスタブは処分でいいな?」
「屋根とか土台とかの工事もやってるんですか?」
「あぁ、大工だからな」
「それと部屋増やしたりも出来ます?」
「増築か。構わんが時間掛かるぞ」
「どれぐらい?」
「今たて込んでるからな、半年は見みといてくれ」
ちょっと長いな
「こうなんとかもう少し早くなんないですかね?」
「無茶言うな。とりあえず今日は風呂だけ付けて、どこに部屋増やすかだけ教えろ」
「あと、この机をこんな風に加工出来ます」
卓上コンロを危なくないようにくり抜いて下げる加工だ。これから寒くなると鍋とかやるだろうからな。
「あぁ、それなら今日やってやる。あとここは油かなんかこぼしたのか?」
「そうなんですよ」
「張り替えた方がいいんじゃねぇか?」
「ならリフォームの時についでにお願いします」
「わかった。全部合わせたらそれなりの金額になるぞ」
「ざっくりどれぐらいですか?」
「ざっと、金貨10枚は覚悟しておけ」
まあ、そんなに高くないな。
と、風呂付けて、机を加工した後に増築部分を説明する。
「寝室を増やすんだな・・・」
と、ピタッと止まる職人。
「これはなんだ?」
「酒樽ですけど?」
「そんなことは見たらわかっとる。中身を聞いてるんじゃっ」
「こっちが火酒で、こっちがハポネの酒ですよ。どっちも銀貨20枚で卸してます」
「どこの火酒だ?」
「ドワーフの国のですよ」
「そんなことは知っとる。誰の店じゃ?」
「ザイル」
「どうやって仕入れとるんじゃ?」
「現地に行って。俺転移魔法みたいなもの使えるからしょっちゅう仕入れてますよ。買います?」
「ザイルと知り合いか?」
「まぁ、いつも良くしてもらってます。魔道荷車のドグとも」
「そうか。ならこの火酒の樽5つ持ってきたら全部の工事を1ヶ月でやってやる」
え?
「これ、仕入れ値もっと安いじゃろ?」
「そうですね」
「まぁ、他の奴等が運んで来たらもっと高くなるからな。お前転移出来るなら費用掛かっておらんじゃろ?うちは金貨1枚分で超特急工事を受ける。お前は仕入れ原価でそれを支払える。どうじゃ?両者とも得じゃろ?」
「了解!それでお願いします」
「次ドワーフの国に行った時によろしくと言っておったと伝えておいてくれ。ワシの名前はディックじゃ」
「知り合い?」
「昔のな」
ディックが帰ったので、早速、新しい風呂に入ろう。
「自分だけ入るの?」
「そうだよ」
「ズルいじゃない。新しいのに私も入りたい」
「じゃ、先に入る?」
「一緒に入る」
「お前、恥じらい無くなって来てんぞ」
「た、タオル巻くわよっ」
「灯り点けたまま入るからなっ」
「い、いいわよっ」
はぁー、また理性の修行か。
お湯を貯めるのに少し時間がかかるので先にクロノにシャワーを浴びてて貰う。
あ、発泡ワインを風呂で飲んじゃお。
叶多は鍋に氷を入れてボトルをセット。クロノも飲むだろうからピンクの方にした。
グラス2つ持って風呂場へ。
もういいか?
「ちょっと待ってっ」
もう大丈夫と返事があったので中へ入るとちゃんとバスタオルを巻いて後ろを向いていた。
新しいバスタブはジャクジー部分とジェットバスがくっついた感じだ。円形と寝転がれる部分がある。夢のバスタブだな。
まず円形のジャクジーボタンを押すとグボボボボっと泡が出てくる。
「わぁ、何これ?」
「ジャクジーってやつだよ。先に入ってていいぞ」
「あ、お酒持ってきたの?」
「新しい風呂に乾杯だ」
と、叶多は頭と身体を洗い始める。女の子と風呂入る生活が来るとはな・・・。
少しこういうのに慣れてきた叶多。
頭を洗い流してるとふんふん♪とクロノの鼻歌が聞こえてくる。あわあわが気持ちいいのだろう。
自分もそこに入るとまぁ、二人で入るのにピッタリのサイズ。
そして乾杯して飲むと至福の時だ。まるで少年雑誌の裏の広告みたいな感じ。これを買うだけで君も大金持ちだとか、モテモテだみたいってやつ。
あ、クロノに水着を買ってやればあまり恥ずかしくなく風呂に入れるんじゃなかろうか?こいつ、一人でジャクジーに入ったら毎回寝そうだしな。
叶多は一緒に風呂に入れるのが恥ずかしいよりも嬉しくなってきていた。
風呂で一緒に飲む酒は旨いのだ。
「そっちはなあに?」
「ジェットバス。首背中とかにお湯が当たってほぐしてくれるんだよ」
と、叶多はそこに寝転ぶ。風呂はあわあわでお湯の中はあまり見えないので思ったより恥ずかしくない。クロノもそんな感じだ。
えーっと水流の強さはダイアルで調整だな。
スイッチオンするとグボボボボボッとジャクジーより大きな音がして首から背中腰をほぐしてくれる。これはいい。
グボボボボボボボ
グボボボボボボボ
「ちょっとぉ」
「何?」
「私にもやらせてよ」
「ん?じゃ代わろうか」
とクロノと交代する。
ジャクジーに移動してシュワシュワ飲んで最高だね。
と、クロノがダイアルをいじったようで、めっちゃグボボボボボボボ言い出した。
「キャハハハハハッ」
めっちゃくすぐったいのか笑い出すクロノ。その時、
「キャァッ!」
クロノが悲鳴を上げたと思ったらバスタオルがこっちに流れてきた。
「みっ、見ないでよっ」
手で隠すクロノ。
「みっ、見てないっ」
「バスタオル取って!」
「ごめん、今無理」
叶多は元気いっぱいで動けなかった。
今日の理性の修行は殊更厳しいかったのである。