時が止まる
目覚めた叶多はギョッとする。
あー、あのまま寝ちゃったのか俺。
自分の腕の中で眠るクロノ。そのまま起こさずに抱き上げようとするとクスクスとクロノが笑い出す。
「何だよ起きてたのかよ」
「だって起きても離してくれなかったんだもん」
「そうだったのか。ゴメンな。昨日また血の臭いがしてきてさ」
「うん、昨日服も捨てちゃったし、仕方がないよね」
「あ、ありがとう」
「服より本物の方がいいでしょ?」
「ま、まぁね」
「クロノは嫌じゃないのか?」
「暖かくて落ち着くから嫌じゃないよ」
叶多もクロノを抱き締めているのが嬉しかったので、これからあんな状態になったらお願いしようと思うようになったのである。
今日はハポネに移動して缶詰工場の打ち合わせ。
漁港近くの土地に新しく建物を建て、そこを工場にすることで落ち着いた。魚の加工と詰めるのは手作業。缶詰にしてラベルを貼るのは設備になり、金貨50枚程度で済んだ。缶詰が軌道に乗ったら設備を増やせるように建物は大きめだ。
「デルモ、後は任せていいか?ちょくちょく見に来るけど」
「ありがとうカナタ。頑張って稼ぐよ」
「あぁ、頼んだよ」
そこへミラがやってきた。
「カナタさん」
「こんにちは。もう落ち着いた?」
「お陰様でドンガも夜は飲みにいかずに一緒にいてくれますので」
「それは良かった」
「あの・・・」
「ん?」
「キルトに報酬と言って下さった乗り物なんですが、あんな高価な物を頂くわけには参りません。それに報酬としてポーションまで下さったではありませんか」
「あー、あれね。危ないからあげない方が良かったかな?」
「いえ、危険というよりその、金額が・・・」
「前に言ってた価格より安いんですよ。俺はキックボードの卸売もしてますから金貨1枚もしませんし」
「それでも高価過ぎますっ」
「ミラさん達を助けた時にたくさん報酬もらったからお裾分けだと思って下さい。この工場もそうですし。ここも本当はお金返してくれなくてもいいんですけど、借金があったほうが頑張れるかなと思っただけだから」
「しかし・・・」
「いや、本当に気にしないでください。お金貯める予定がなくなったので」
「貯める予定がなくなった?」
「そう。Sランクハンターを雇うつもりだったんだけど、自分でやることにしたのでそんなにたくさん貯めなくてもよくなったんです」
「本当に宜しいのですか?」
「はい。キルトがあれに乗ってて同じ物が欲しい人が出てきたらまた商売に繋がりますしね」
「本当に何から何まで申し訳ございません」
ミラは何度も頭を下げていた。
宿に行って年明け3日に予約を入れた。1日目はカニ、2日目はフグ。贅沢だねぇ。後は酒飲み放題を付けた。
「大部屋だけで宜しいですか?」
「別部屋取った方がいいかな?」
「衝立はご用意いたしますが、男女で寝る事になりますので、気になさるようでしたらお取りされた方が宜しいかと」
と、追加の別部屋は半額にしてくれるらしい。飯代は大部屋で支払うからと。
「じゃ、風呂付きの部屋を取っておいてもらっていいですか?」と二部屋取った。男は大部屋。エリナとシンシア、俺とクロノの部屋だ。確かに他の男にクロノの寝姿を見せたくはない。
それにもし血の臭いが襲ってきてクロノの服がないと寝れないとかバレたくないしな。
次はエスタートに移動して秋物と冬物の服と靴、寝具を購入してギルドに運んで貰うことに。ついでに自分の服も買っておいた。コートとかはどれぐらい冬が寒いか確認して追加購入しよう。
クロノの服は選びにぐったりしてから荷車を取りに家に帰ってまたエスタートに。
「カナタさんっ!お帰りなさいっ」
「シアちゃんただいま。ごめんまた荷物届いてるだろ?」
「はい、たくさん届いてますよ。またこんなに買ったんですか?」
「秋物と冬物が何もないからね。あと、宿に予約入れて来たよ。1月3日から2泊3日で」
「うあわぁ楽しみです」
「早いほうがいいかなと思ったんだけど、年明けだったらいけるんだよね?」
とクイクイと飲む仕草をした。
「はいっ!そうです」
「ならやっぱりこの日の方が良かったよね」
「はいっ。もう楽しみで今から眠れませんよ」
「じゃ、トーマスとエリナにも伝えておいて」
「え?ご飯食べていかないんですか?」
「いや、そうしたいのは山々なんだけど、俺がいたらエリナの商売上がったりになるだろ?」
と、叶多を見たハンター達はコソコソと逃げて行くのだ。
「あー、本当ですねぇ」
「だから帰るよ」
「そうですか・・・」
と、シンシアが寂しそうだな。
「部屋でなんか作ってあげようか?」
「いいんですかっ」
と、パッと明るくなるシンシア。
「何食べたい?」
「カナタさんが作ってくれるなら何でもいいですっ」
「ならピーマンの肉詰め作っちゃおかな」
「そんなことしたら、全部一口かじったあとカナタさんに残り食べてもらいますからねっ」
そんな事をしたらクロノの食べかけとシンシアの食べかけばかり食べるハメになる。
「冗談だよ。じゃあ適当になんか買ってきて作るよ。トーマスにも食べに来てと言っておいて」
「はーい」
とまた食材の買い出しに戻る。
「クロノ、何にする?」
「昨日のがいい」
「また俺に脱がされるぞ」
「こ、こぼさないわよっ」
「もうあれは危ないからやらない。揚げ物でいいならカツでもしようか?」
「うんっ♪」
シンシアも唐揚げ好きだしな。揚げ物ならいいかな。
食材を買って宿舎に行き、せっせと準備をする。
「何でそんなドロッとしたの付けるの?」
「パン粉つけるのに必要なんだよ。後さ、チーズにはちみつ挟んだやつ食べたいか?」
「お祭の時のやつ?」
「そうそう」
「食べるっ」
クロノは一気に上機嫌になる。初めてここで唐揚げを作った時はシンシアが来て一気に不機嫌になったけど、もうそんな事はない。叶多が自分を必要としてくれてるのがわかったからだ。
後は揚げるだけの所までやって休憩。
「飲む?」
「うんっ」
ということでベリーカに酒を取りに帰る。発泡ワインと日本酒だ。
まだシンシア達も来なさそうなので、飲むのにハニーチーズを揚げていく。
「んふふふふっ」
「なんだよ?」
「カナタ、ほっぺにはちみつ付いてるよ」
とクロノが顔を近づける。
あの時の事を真似して冗談だと分かって叶多は目を閉じた。
チュッ
え?
「えへへへへへっ」
真っ赤になる叶多。
「お、おまっ、おまっ」
「何赤くなってんのよっ。指よ指っ」
とクロノはもう一度叶多の唇に指をチョンっと当てた。クロノの足もそうだが、指も柔らかいのだ。
「てっめぇぇ。俺のドキドキを返せっ」
「何よーっ 私も同じ思いをしたんだからねっ」
「俺はなんもしてねぇだろうがっ」
「したわよっ。ほっぺに手をやったじゃないっ。こうやって」
とクロノがその時の再現をする。近付くお互いの顔。
ドキドキ
ドキドキ
ドキドキ
二人の時が止まったかのような時間。
クロノがすっと目を閉じた。
叶多もそれに吸い込まれるように目を閉じクロノに・・・
コンコンっ
「わぁぁぁっ!」
二人で声を上げて慌てて離れた。
「ど、どうぞっ」
「お邪魔しまーす。あーっもう食べてるっ。急いで終わらせて来たのにっ」
「ごめん、ごめん。ちょっと飲むのにおつまみ代わりにね。ほら美味しいよ」
と誤魔化すのに、シンシアにハニーチーズを食べさせた。クロノは机の下でキュッと叶多の足をつねったが誤魔化すのに仕方がなかったのだ。
「んー、美味しいっ。これなんですか?」
「ハニーチーズっていうのかな?チーズにはちみつを挟んで揚げたものだよ」
「異世界料理ってやつですか?」
「いや、ハポネの宿で出してくれたんだよ」
「へぇっ。こんなのも出してくれるんですかぁ」
「次行く時は鍋料理だから出ないと思うけどね」
そうなんだと言ってからまたアーンと口を開けるシンシア。
「自分で食べてよねっ」
クロノに怒られて渋々自分で食べるシンシア。
そしてクロノは口を開ける。これでダメですと言うと拗ねるな。
ぽいとクロノのぐちに入れると
「ズルーイっ」
「どうして?カナタは私のだよ?」
「私のって言っても、ハンター証だけの事じゃないですかっ」
「そんな事をないもーん。カナタはもう私無しじゃダメなんだもーん」
「なっ、なんですかそれっ」
「ふふふっ、ナイショ」
ここで違うっと否定出来ない叶多。
ぎゃーぎゃーふたりで言い合ってる所にトーマスがやってきた。
「うるせぇぞ。他の部屋に迷惑だろがっ」
「だって女神様が自分無しじゃカナタさんがダメになるって言うんだもん」
「その通りじゃねーか」
「もうっ、ギルマスまでっ」
「だから諦めろって言っただろ?もうお前の入り込む隙間は無いと言っておいただろうが。違う奴を見付けろっ」
ぷうっと膨れるシンシア。
トーマス、ナイスだ。シンシアは可愛いけど妹のような感じなのだ。もう小学生でインプットされてるからな。
トーマスが来たのでカツを揚げていく。もりもり千切りキャベツと主食はパンだ。鍋で米炊くのめんどくさい。
「お、こりゃ旨い。ワインや酒よりビールだな。シンシア、エリナにビールもらって来てくれ」
「嫌ですー」
お拗ねモードに突入したシンシア。ちっ、と舌打ちしてトーマスは自分で取りに行った。
叶多はカツにソースをたっぷりつけてキャベツの千切りと一緒にパンに挟んで食べやすいように切ってきた。自分用のつもりだったのにクロノがさも自分の為に叶多が作ってかのように勝ち誇ったように食べる。
「シアちゃんもこうやって食べる?」
「別にいいです」
クロノの分だけ作って来たと思ったみたいだ。トーマス早く帰って来てくれないかな。
飲も・・・。
カツサンドはクロノに食われてしまったので塩コショウをカツに振りそれを食べて発泡ワインを飲む。するとクロノもそれを食べて発泡ワインを飲む。お揃いの仕草はシンシアには見せつけているように見えるだろう。
叶多はただトーマスが早く帰って来てくれる事を祈るばかりだった。