脱ぎたて
一度家に戻りパポネで買った米を炊飯器で炊く。焼肉には米が必要だ。茶碗を持っていくのも何なので全部おにぎりにしよう。これならクロノも手掴みで食えるしな。叶多はご飯が炊けるまでの間に洗濯と洗い物をする。クロノは毎日その様子を見ているだけだ。
「やってみる?」
「ううん、見てるだけで大丈夫」
何が大丈夫かよくわからんが、やらせてもきっとやり直すハメになるから二度手間だな。
「よし、じゃ行くか」
二人は徒歩で広場に向う。
もう結構人が集まって食べ始めている。マイクとジェーンは美男美女の兄妹なので若い男も女もそちらに集まっている。
「カナタ遅いぞ」
「ごめん、ご飯炊いててさ」
「酒飲めよ」
「最近ちょっと飲むことが多くてね。ジュースでいいよ」
「カナタ、最近まったく飲んでないよね?」
とクロノがいらんこと言う。
「なんだよ、それなら飲めよ」
「いや、明日早いんだよ」
「明日は別に何もないって言ってたよね?」
こいつ・・・
そして叶多にワインが注がれていく。
仕方がないので少し口を付けてから焼肉を頬張って行く。昼飯抜きだったから腹ペコだ。うんうん、焼肉には白めしだな。
「カナタ、それ米だろ?旨いのか?」
「俺は好きなんだよ」
「こっちのパン食えよ。そんなの餌だろ?」
「食い方が悪いんだよ。ほら一つやるから焼肉食ったあとに頬張ってみろよ」
しつこく酒を勧めて来たのは叶多より少し年上の青年。ジョージだ。叶多に構うフリをしながらクロノを見に来ているのだ。
「いらねーよそんなの。クロノちゃんもワインの方がいいよね」
「カナタのご飯美味しいのよ。ハイ」
とクロノに手渡されたら食いやがった。
「クロノちゃんの作った米旨いよ」
「俺の炊いた米だと言ったろ?こいつはなんにもしてないわ」
「クロノちゃんから貰ったら何でも旨くなるんだよ・・・ってか、本当に旨いなこれ」
「だろ?後で焼きおにぎりにしてやるからあんま食うなよ」
「なんだそれ?」
「これを焼いて醤油付けてまた焼くんだよ」
「今焼いてくれよ」
「今食ったら肉が食えなくなるだろうが」
「肉はいつでも食えるがこれはカナタがおらんと食えんだろうが」
というので焼いてやる。これは醤油のみ、クロノのは甘醤油にするつもりだ。
焼きおにぎりは時間が掛かるのでその間にうまうまと焼肉とおにぎりを食う。
「お前も人妻にかまってないでジェーンの所に行けよ」
焼きおにぎりを渡してそうジョージに言う。
「確かにあの娘は美人だけどよ、クロノちゃんの方がずっと可愛いだろ?俺は別に見てるだけでいいんだ。こんな可愛い娘他で見ることないからな」
「人の嫁さんをそんなジロジロ見んな」
「いいだろ見るぐらい減るもんじゃなしに」
「減るんだよ。ほら、こんなに軽くなった」
「きゃっ」
と座ってるクロノを持ち上げる叶多。
「もうっ、食べてるのにっ」
「ごめんごめん」
カナタは持ち上げたクロノを下ろして、焼肉をフーフーして口に入れてやった。
「くそっ 覚えてろよっ」
目の前でイチャつかれたジョージは涙目になって向こうへと走っていった。
これでゆっくり食べられる。
「カナタ飲まないの?」
「クロノは飲んでていいぞ。俺はお茶でいいよ」
「どうして?」
「ん、ちょっとね」
叶多はクロノから無理矢理パジャマを脱がして持っていった自分を信用出来なかった。それでなくても酒を飲んでベロベロになった時はろくなことなっていない。これで記憶が飛ぶぐらい酔ったら本当に襲ってしまうかもしれないのだ。
「ほら飲もっ♪」
「じゃあ少しだけね」
と嬉しそうに酒を勧めて来るクロノには断れずにワインを飲む叶多。
ジョージを見るともうジェーンの所でデレデレしてやがる。リンダも今日はこっちに来ないであっちにいる。仲間を亡くした二人を励ましているのだろう。
おっさん連中がゴブリン退治の話をしに来るぐらで叶多とクロノは仲良くご飯を食べたのであった。
「じゃあおっちゃん。俺達は帰るわ」
「また魔物が出たら指名依頼するわ」
「おー、了解」
叶多もクロノのも程よく酔っ払ってご機嫌だった。ずっと警戒していた二人も問題なさそうだしな。それに家も報酬として自分のものになったので改造もし放題だ。ハポネに行って宿の予約と風呂買いにいこ。
「えいっ」
ドンッと叶多の背中に乗るクロノ。
「飛び乗ったら危ないぞ」
「何もない所で乗っても怒こんないの?」
「いいよ、ポヨンの感触楽しむから」
「馬鹿っ変態っ!そんな事言わないでっ。もう下ろしてっ」
「ダメ〜」
「もうっ」
とクロノは怒ってみせたが嫌な訳ではなかった。
キャッキャいいながら家に到着。
「風呂で寝てもいいぞ」
「な、何よそれっ」
「ちゃんと拭いてやるから」
「もうっ、酔ってるでしょっ」
「お前が飲ましたんだろ?」
「そうだけどっ」
叶多は結構酔っていたが記憶が飛ぶほどではない。クロノに自分を警戒させるようにこのような態度を取っていた。
クロノがシャワーを浴びて寝室に寝に行った後、叶多も風呂に行く。
「あーあ、服が焼肉の煙臭いわ」
脱衣所に脱いだクロノの服と自分から焼肉の煙の臭いが漂ってくる。その時ふいに昼間に死体を焼いた臭いを想像してしまった叶多。
「うっ」
いきなり吐きそうになり、トイレに駆け込む。オロロロロロっ。さっき食べた物をほとんどリバースしてしまった。
カタカタカタカタ。
収まっていた血の臭いがまた叶多を襲う。
「クソっ。もう平気になったんじゃないのかよ・・・」
叶多は自分から漂う煙の臭いが死体を焼いた臭いを連想させ、それが血の臭いへと変換されていく。
「早く風呂に入ってこの臭いを消さなくては」
と、脱衣所まで行くと脱いだ服から出る臭いが充満しているので脱衣篭ごと持って洗濯機に放り込んだ。そして今着ている服も下着も全て洗う。真っ裸だが気持ち悪いよりマシだ。
脱衣所まで戻ると臭いはマシになっていたので風呂で身体を入念に洗う。頭を洗う時に目を瞑ると生首が襲ってくる光景が目に浮かぶので目を開けたままだ。
風呂から出て着替えようとすると、脱衣所に置いてあったせいか臭いが移っている。
「これは着れないな・・・」
次の着替えは寝室だ。クロノはもう寝ているかもしれないけど、タオル一枚で寝室にはいけない。クロノに警戒させるような事を言った日に裸で寝室に行くのはクロノが怖がるだろう。
仕方がないので裸のままベッドでタオルケットに身を包み、朝になってから着替えよう。
裸のままベッドに入り、目を開けたままの叶多。煙の臭いがなくなった事で血の臭いもあまりしなくなった。前に比べるといつまでも取れないというわけでもないので少しはマシになっているのだろう。しかし、目を閉じるとやはり生首がチラつく。
起きてるしかないな・・・
しかし、何もすることがなく、暗がりでじっとしてるとふと寝てしまう。
「うわっ!」
起きている時に生首がチラついても耐えられるが寝てしまうと思わず声を上げてしまった。
寝汗で身体がじっとりしている。これがまた血の臭いを連想させてはいけないのでこそっとシャワーを浴びる。落ち着くのにクロノの服を握ろうにも全て洗ってしまってあるのだ。
ベッドの中で耐える叶多。
カチャ
その時に寝室のドアが開いてクロノがそっと様子を見に来た。
起こしちゃったか。悪いことしたな。
そう思った叶多は寝たふりをした。
目を瞑ると生首がチラつくが起きている今なら耐えられる。
ぐっと眉間にシワを寄せて耐える叶多。
クロノは暗がりの中で叶多の様子を確認するように覗き込む。
「苦しそうね・・・。あ、私の服を持ってない」
そうつぶやいて脱衣所に行くと、アレ?アレと脱いだ服を探している。
そして、そっと戻って来たクロノはパジャマの上を脱いで叶多の顔に乗せた。
パサッ
え?
突如叶多の顔の上に温かい布が被せられた。これはもしかして今着ていたクロノのパジャマ?
フワッとクロノの甘い香りが叶多を包み、叶多の眉間のシワがなくなる。
「ふふっ、また起きたら驚くだろうなぁ」
とクロノがつぶやきそのまま寝に行った。
(なんだよ、そういうことだったのか)
叶多は自分がクロノを無理矢理脱がせたのかとずっと心配していたが、クロノはこうやっていつも心配して見に来てくれてたのか。で、服が無い時は今着ているものをくれてたんだな。
その気遣いが嬉しいのと、脱ぎたてのパジャマに気恥ずかしいのとで生首の悪夢が収まった。
「きゃぁぁぁっ」
クロノの悲鳴と共に目が覚める。
「どうしたっ」
叶多は裸で寝てるのを忘れて立ち上がったのである。
真っ赤になって後ろを向いているクロノ。
「な、なんで裸で寝てんのよっ」
あ・・・
叶多は慌てて寝室に駆け込み、着替えて出てきた。
「み、見た?」
「みっ、見てないっ。上半身しか見てないっ」
朝に元気いっぱいだった叶多はそう信じたかった。