彼女じゃねーっ
「どうしようって何が?」
青ざめたクロノに問いかける叶多。
「どうしようっ!ねぇ、どうしようっ」
「だから何がだよっ」
「生きんてのよっ」
「誰が?」
「あの二人よっ」
「勇者の二人か?」
「そうよっ」
ほっ、亜空間の中に閉じ込められてもすぐに死ぬわけじゃないんだな。それは良かった。
「良かったじゃないか。お前も人殺しにならずに済んだんだ」
「あれはあんたのせいでしょーーーっ」
「どう考えてもお前のせいだろうがっ!あそこでコケなければ皆助かってたんだっ。そもそもお前が勇者達の手柄を横取りしようとしたからこうなってるんだろうがっ」
「いつまで過去の事をグチグチ言ってんのよっ」
こいつ・・・
「もういいっ。それよりさっさと勇者スキルの使い方を教えろっ」
「付いてない」
「は?」
「だから付いてないって言ってんのっ」
「だから何がだよっ」
「勇者スキルに決まってんでしょっ」
それを聞いてほっとする叶多。戦わずに済んだのだ。
「だったら、街に戻るぞ。それで戦えそうな奴に勇者スキルを付けろ」
「無理よ」
「何が無理なんだよっ」
「あの二人が生きてる限り、他の人に勇者スキルを付けらんないのっ!そんな事説明しないとわかんないのっ」
「分かる訳ないだろうがっ。そんなマイナールール!」
クロノの説明よると、どこかであの二人が生きてるのは間違いない。しかし、地図に二人が表示されないということは他の世界に飛んだかもしれない。飛んだ先は元の世界の可能性が高い。元の世界とは叶多が居た世界だ。
あの二人はクロノにスキルを返さないまま元の世界に帰った。しかも時間が止まった世界へ。これではいくら待っても死ぬ事はない。それにもう自力でここに来られる可能性は0だ。
「ど、どうすんだよっ?」
「倒してよーーっ!あんたが魔王を倒してよーーーっ」
えっぐえっぐと泣きながらそう言うクロノ。
「無理に決まってんだろが」
「うわーーーんっ」
「泣くなよっ。無理なもんは無理だ。取りあえず街に帰って作戦を練るぞ」
女の子に免疫の無い叶多は泣いたクロノをどうして良いか解らずちょっと優しくしてみた。
「ぐすぐすっ 作戦って何よ」
「それを今から考えるんだよ。腹も減ったし、飯でも食いながら相談しよう。寝る場所も探さないとダメだしな」
「なんか食べるの?」
「お前も食うだろ?」
「うん♪」
こいつ・・・、飯に釣られて泣き止みやがった。
叶多は取りあえず、魔物の首を引きずって街に戻る事に。
「なんでそんな物を持っていくのよ?」
「俺たちは魔物をあそこに呼び出した事になってんだろ?こうやって倒した事を証明しないと袋叩きに合うだろうが。残りの魔物は亜空間に閉じ込めたから元の所に戻ったか、どっかに行っただろ」
クロノの予想が正しければ、亜空間に閉じ込められたら元の場所に戻る可能性が高い。あれ?ひょっとしたら自分を閉じ込めたら元の世界に戻れるんじゃね?
いや、時間が止まってるんだったな。こいつを自分の世界に戻さないと結局ダメなのか・・・
叶多はぶつぶつと呟きながら魔物の首を引きずり街へとワープした。
出口からキョロキョロと誰も居ない事を確認してクロノを先に出し、次に魔物の首を出してから自分も出た。
そのまま人がいる方へ行くとまだハンター達が臨戦態勢を取っていた。
「あっ!お前らっ」
「もう大丈夫だ。魔物は殲滅した。証拠を持って来たのは一つだけだがな」
「あんな数の魔物をどうやって・・・」
「企業秘密だ」
ざわざわ ざわざわ
「本当に全部やったのか?」
「心配だったら見てこい。もう何もおらんだろ?」
「おいっ、誰か外を見てこいっ」
数名のハンター達が街の外に見回りに出ていった。
そして戻って来て外にもう魔物が居ない事を報告する。
「本当にお前らが全部やったのか?」
「他に誰がやるんだよ?」
「じゃ、じゃあ本当に・・・・?うぉぉぉっ」
街中が歓喜の声に包まれる。
「おい、クロノ。お前金持ってるよな?」
「そんなの持ってる訳無いじゃない」
こいつ本当に役に立たねぇ。
「なぁ、おっさん。この魔物の首を買い取ってくれるところないか?」
「おぉ、ギルドに持ってけば討伐報酬を貰えるぞ」
と、ギルドの場所を聞き、ずるずると頭を引き摺って行こうとすると、クロノが付いて来ない。
「ここで待ってんのか?」
「足が痛くてもう歩けないのっ」
「ったく、軟弱な。こっちは何回全力疾走したと思ってんだ。ちょっとぐらいは我慢して歩けっ」
「だって痛いんだもんっ」
ふとクロノを見ると裸足だ。しかも血が出てる。
「おっ、おまっ。裸足じゃねーか。それに血が出てんだろうがっ。バイ菌入ったらどうすんだっ」
「しょうがないでしょっ。実体化することなんてないんだからっ」
叶多は靴を貸してやろうにも足のサイズが合いそうにない。
「じゃあ、ここで待ってろ。討伐報酬報酬を貰ったら薬と靴を買ってきてやるから」
「こ、ここに私を一人で置いていくつもりなの?嫌よっ!獣みたいな人間に襲われたらどうすんのよっ」
確かに薄暗くなってきている。街とはいえ、暗くなった所に女の子一人を放置するのもどうかと思う。
「あーもうっ」
叶多はクロノの前でしゃがんだ。
「なっ、何よっ」
「歩けないんだろ?おぶってやるから乗れ。片手はこいつを持たなきゃならんから、お前がしっかり掴まらないと落ちるぞ」
「さ、触るつもりねっ」
カチンっ
「じゃここで待ってろ。誰かに襲われても犬にでも噛まれたとでも思っとけ」
「いやーーーっ!そんなの絶対に嫌っ」
「じゃあどうすんだよっ」
「しゃがみなさいよ」
ったく・・・
「ほれ」
叶多がしゃがむと、痛っ、痛っと言いながらおぶさりに来るクロノ。
「ちゃんと掴まってないと落ちるからな」
クロノは叶多にギュッとしがみついた。
むにゅん
叶多の背中に男のロマンが当たる。
「そ、そ、そ、そんなに引っ付くなっ」
真っ赤になる叶多。
「しっかり掴まってろと言ったのあんたでしょ」
そしてクロノにしがみつかれたまま叶多はギルドへと向かった。
可愛い女の子をおぶった見慣れぬ少年は当然ギルドで注目を浴びる。
「よう、兄ちゃん。人前でイチャ付いてんな」
「うるせえっ。こいつが足を怪我して歩けないから仕方がないだろっ。イチャついてるとか言うなオッサン」
「誰がオッサンだっ」
「お前に決まってんだろうがっ」
「俺はまだ18だっ」
うそん。俺と1才しか変わらんじゃないか。
「そんなムサイ髭生やしてるからオッサンに見られんだよ。剃れっ。汚ならしい」
「俺のチャームポイントになんて事を言いやがるんだっ」
「クロノ、この髭どう思う?」
「キモッ」
「な、皆そう思ってんだよ」
「キ、キモい・・・。俺のチャームポイントがキモい・・・」
叶多にオッサン呼ばわりされた髭の18才はその場で俺がキモい、キモいといい続けていた。
叶多はギルドに併設されている酒場兼食堂にクロノを座らせておいて受付に。
「すいません、こいつをここに持っていったら討伐報酬をくれると聞いたんですけど」
「は、はい・・・」
ん?なんか引いてるな?
「どうかした?」
「い、いえ。あのハンター証の提示をお願いします」
「ハンター証って?」
「あ、あのハンターではないのですか?」
「今日ここに来たばっかりでね、何も知らないんだよ」
「討伐報酬はハンターライセンスをお持ちの方に支払われるのです。登録がまだでしたら先に登録していただけますか?」
「登録料とかいる?カバンを落として文無しなんだよね」
「で、では、報酬から差し引きさせて頂きますので」
という事でハンター登録することに。ハンター登録証は身分証明の代わりにもなり、Cランク以上になると各国に自由に出入り出来るらしい。ランクはAから順に6段階、それプラスSという特別なランクがあるとのこと。
倒した魔物の頭を渡して査定して貰っている間に登録をすることに。
「こちらに手を置いて下さい」
言われた通りに手を置く。
「えっと、カナタさんですね。えっ?」
受付の女の子が硬直する。
「しょ、少々お待ち下さいっ」
バタバタッと慌てて走ってどこかに行く受付譲。そしてしばらくするとオッサンが出て来てクイッと指でこっちへ来いとジェスチャーする。クロノを見るとハンター達に囲まれて、ちやほやされてまんざらでも無さそうなので置いていくことに。
この人はギルドの責任者だろうか?個室に入れられて座らされた。
「カナタとか言ったな」
「あ、はい」
「お前は何者だ?」
「普通の人ですけど?」
「ワープってなんだ?」
あー、スキルも見られたのか。
「転移と言うか、指定した場所に近道出来るようなものです」
「ほぅ。転移魔法と似たものか。ずいぶんと貴重な能力だな」
「まぁ、そうですね。危なくもありますが」
「で、お前は勇者か魔族かどっちだ?」
「どっちでも無いです。ただの人間です」
「あの討伐した魔物はお前が召喚したんだろ?」
「召喚というか、確かに連れて来てしまったのは俺ですね。ただ全部閉じ込めて、こいつ1匹だけはたまたまやっつけられたんですよ」
「あの魔物、デスボアっていうんだがな、あいつは魔族領の近くにしか出ない魔物だ。ここら辺りにはいない」
そうなんだ。
「あいつの討伐報酬を払ったらどえらい騒ぎになるがどうする?」
「と、言いますと?」
「お前、魔物を呼び寄せて街を襲わせようとした犯罪者扱いになってもおかしくないぞ。黒髪の男が魔物にまたがっていたとの報告も上がってるからな」
「・・・・じゃ、今回の討伐報酬は?」
「今なら無かったことにはしてやれる」
マジかよ・・・
「俺、荷物落として文無しなんだよね。昼から何も食べてないし、あいつの足の薬とかも必要だし、靴とか着替えとかも必要だし」
「なら、しばらくギルドで働け。宿舎の部屋が一つ空いてるからそこを使えばいい。ギルド内の食堂はツケにしておいてやるからそこで食え」
「え?住み込みで働かせてくれんの?」
「お前達の監視も兼ねてだ。俺が問題無しと判断したらそこからは好きにすればいい」
「お前達?」
「彼女と一緒に来たんだろ?」
「あのくそ女は彼女じゃねーーっ!」
そして、カナタはしばらくこの街のギルド臨時職員として働く事になったのであった。