漁港
取りあえず服に着替える。クロノは赤面したまま口をきかない。俺は一晩中そんなんだったんだからな。
しばらくして中居さんが朝食を持ってきてくれた。焼魚の和定食だ。朝はパンよりこういうのがいいよね。
「中居さん、10人ぐらいで泊まれて露天風呂とかあるとこある?」
「はい、当館にもございます。最上階が露天大浴場でございます。大部屋もございますよ」
「へぇ。ここ冬場は混んでる?」
「はい、カニや牡蠣を食べに来られるお客様で賑わいます。年末年末とカニの解禁日は大変込み合いますが、それを外して頂くと宿泊代金もお安くなりますしお勧めですよ」
蟹か。それはぜひ来なければ。
料金は年末年末とお祭りがある時が一番高いらしい。確かにこの部屋高かったよな。通常の倍、閑散期の4倍位の値段だそうだ。クロノと二人で閑散期にまた来てもいいな。
「あと、ここの日本酒を樽で売ってる所ある?」
「はい。蔵元をご紹介いたしましょうか?通常は個人販売はされていませんが当館の紹介状をお持ち頂ければ大丈夫だと思います」
布団は中居さんが片付けてくれるからそのままでいいらしい。
ご飯を食べた後に漁港町にキックボードで移動する。反対側は屋台で人混みになるし、チンピラに絡まれても嫌だからな。
「クロノ、砂浜に行ってみるか?」
「う、うん」
「どうした?元気ないけど気分でも悪いのか?」
「か、カナタは見たんだよね・・・」
「見たよ」
「なっ、なんで平気なのよっ」
「綺麗だったから」
月明かりだったからそこまでハッキリ見えたわけじゃないけど。
そういうとベシベシベシベシと叩かれる。
「月明かりだけだったからそこまでハッキリと見えたわけじゃないよ。お前いきなり灯り消すから、襲撃されたかと思って焦ったんだからな」
「え?」
「お前が入って来るときに灯り全部消して来たんだよ」
「でも見たのよね?」
「お前が風呂で寝て起きないからだ。警告しといただろ」
「だって眠くなるんだもん」
「いいよ。寝たら迎えに行ってやるから。今度は灯り点けるけどな」
「みっ、見たいの」
「お前は見られたいのか?」
「そんな訳ないでしょっ」
「なら寝るな。お前は寝たら起きないから本当に溺れるぞ。今度ブラジャーの付け方教えろ。ちゃんと付けてやるから」
「カナタの馬鹿っ」
叶多は本当はこう言いながらも心臓がバクバクしていた。
砂浜に着いて裸足で歩いてみると暖かい砂が気持ちいい。
波打ち際で裾を捲って水辺を歩くと水が少し冷たく感じるし泳いでいる人もいない。時期が少し遅いのかもな。
「クロノも足浸けてみるか。ちょっと冷たいけど」
「怖くない?」
「こんな波打ち際で何が怖いんだよ。凪ぎだから波も小さいのしか来ないよ。スカート濡れるどこまで入んなよ」
そういうと水が来るギリギリの所まで来た。
「わ、水が無くなる時変な感触っ」
「足の周りだけ砂が持ってかれるからな」
エイッ
パシャっ
「冷てっ」
クロノが水を蹴って掛けてくる。
そしてなぜか真っ赤になる叶多。
「そんなに怒らなくていいでしょっ」
「お、怒ってるわけじゃないっ」
「顔真っ赤じゃないっ」
叶多は昨日風呂でバシャバシャされたのを思い出したのだ。その後抱き付かれて・・・
「うっ、うるさいなっ」
「エイッ」
パシャ
「エイッ」
パシャ
後ろを向いた叶多にクロノがパシャ パシャやってくる。
「仕返しだっ」
パシャ
「キャァッ。何すんのよっ」
パシャ パシャ パシャ
「ぶっ、やめろって。タオル持ってきてないんだぞっ」
「カナタがやり返したからでしょっ」
パシャ パシャ パシャ
「そんな足上げんなっ。パンツ見えてんぞっ」
「嘘っ」
慌ててスカートを押さえるクロノ。
「嘘だ」
「もーっ」
傍から見てると、とんだバカップルだ。
「もうやめとけって。そのうちスッ転ぶぞ」
いい加減にしておこう。絶対クロノはこういう時に転ぶのだ。
波打ち際から出て砂浜を歩いていく。叶多は自分の靴とクロノのパンプスを持ってキックボードを背負っている。
「ねぇ、これ貝殻だよね?」
「そうだ。巻いてる貝は中身入ってたりするからいじくってやるなよ」
「中身?」
「ヤドカリが入ってたりするんだよ。初めは貝にとじ込もって隠れるけど、それでも危険と感じたら中身が出てくるからな。中々にグロいぞ」
「これとか?」
「そうそう。足見えてんだろ?」
警告してやってるのに、エイッ エイッと突っつくクロノ。
にゅるんっ
「キャァッ」
「だからやめとけっていっただろ。可哀想なことしてやるなよ」
「だってどうなるか見たかったんだもん」
「ほら、暑くなってきたからあっちの木陰のベンチに座るぞ」
と砂浜から出て木の下にあるベンチに座る。
「カナター、喉乾いたぁ」
近くに売店見えるけどクロノを一人するのはな・・・。
普通の女の子なら待たして買いに行くんだけど、クロノは良からぬ者を呼び込む可能性が捨てきれないからな。
「足出せ。砂をはらってやるから」
ちょいと足を出すクロノ。ぱっぱと砂をはらって行くが、風呂でバシャッバシャッしたのを思い出す。
「何で赤くなってんのよ?」
「うるさいなっ。ほら反対の足出せっ」
足を持ってぱっぱとしていくとクロノの足は小さく、ぜんぜんガサガサもしてないし、爪とかも小さくて可愛い。白くて柔らかいし・・・
柔らかい・・・
プシューーッ
「もっと赤くなってるわよ?」
「うるさいなっ。ほらパンプス履け」
「えー、買って来てよ」
「お前一人にしたらなんかに巻き込まれそうなんだよっ。キックボードで行くから飲みたいものも自分で選べっ」
「ぶーっ」
クロノを乗せて売店にいく。
「すいませーん」
「あっ、お兄ちゃんっ!」
「おぅ!ここの子だったのか」
「そうだよっ。父ちゃんは漁師やってんだ」
「へぇ。そうだったのか?」
「いらっしゃい・・・、あ、馬車の」
「こんにちは。飲み物買おうかと思って」
「どれにされますか?」
「クロノは何にする?」
「んー、んー、」
「お姉ちゃんこれ美味しいよ」
「じゃそれにする」
「俺はこの柑橘系のやつにしようかな」
クロノはイチゴミルク、俺のはゆず?みたいなジュースだった。
「ここは夏の間だけやってるんですか?」
「はい。今日の竜神祭が終わったらまた来年です。明日からは主人の手伝いです」
「魚を加工してるんですか?」
「網の繕いとか、海藻干したりとかですよ」
「昆布とかワカメとか?」
「そうですそうです。外国の方なのによくご存知ですねぇ」
「それどこに売ってます?」
「街に卸してますけど、ご入り用ならお分けしましょうか?」
「たくさんあるなら仕入れようかな。特に昆布は食堂に売れると思うんですよね」
「仕入れ?」
「あ、俺商人なんですよ。今回は旅行なんですけどね」
「あらー、そうだったんですか。他の漁師の奥さん達と共同でやってますから仕入れて頂けるなら助かりますわ」
「じゃあ、売っても問題ない分を売ってもらおうかな。金貨1枚でどれ位あります?」
「え?金貨1枚分ですか?」
「あ、もっと高いんですかね?」
「いえいえ、そんなにあるかなと思いまして」
「ならある分だけ用意お願い出来ますか?」
「わ、わかりました。どちらにお届けに?」
「ここでもいいですし、場所教えてもらえば取りに行きますよ」
「で、では場所を案内させて貰いますね。キルト。集積所に案内お願いね」
「わかったーっ」
「よし、乗れっ」
「やったーっ!」
と3人乗りで集積所に馬車の時と違ってもう少しスピードを出す。
「いやっほーっ」
集積所は漁港内にあった。
キックボードに乗りながら漁港を案内してくれるキルト。
「あっ!父ちゃんっ」
トロ箱から小さな魚をポイポイと仕分けている漁師。
「キルト、誰だその人達は?」
父ちゃん真っ黒でいかついな。The海の男って感じだ。よくあんな美人の奥さん貰えたよな。子供二人いるけど二十歳過ぎのような気がするんだよね。
「お客さんだよ。昆布とか仕入れてくれるんだって」
「は?そんな若いあんちゃんがか?」
「こんにちは。カナタといいます。今回は旅行なんだけど、昆布とか卸して貰えるって聞いて来ました」
「ほう、商人なのか?どれぐらい仕入れてくんだ?」
「他の所に卸してるでしょうから、売ってくれて問題無い量を仕入れたいと思ってますよ」
「ほう、ずいぶんと景気がいいんだな」
「食堂と取引多いんですよ。多分すぐに売れますよ」
「そうか、なら皆喜ぶわ」
「今仕分けた小魚どうするんですか?鰯ですよねそれ?」
「あぁ、こいつは売り物にならんからな。餌にするか畑に撒くかだ」
もったいねー
「食べないんですか?」
「こんなの食うやつおらん」
「オイルサーディンにしたら売れるというか売って欲しいですけどね」
「なんそりゃ?」
「処理したあと塩と油で煮るだけですよ。茹でて干したら出汁にもなりますし」
と、作り方を教える事に。
手の空いてる奥さんが手早く処理してくれたのを塩して油で煮るだけ。
「こんなもんが旨いのか?」
「瓶詰めにしといたら日持ちしますよ。お酒のつまみですね」
と皆で試食。箸しか無いのでクロノには食べさせる。
「あんちゃん、新婚か?」
「そうだよ」
「ラブラブだな。可愛い奥さんじゃねーか」
「キルトのお父ちゃんも若くて美人の奥さんじゃない。なんか悪さしたんじゃないの?」
「違ぇわっ。あいつとは同級生なんだっ」
え?
「おいくつですか?」
「23だ」
俺と5つしか変わらん・・・
「なんかすいません」
「何がだ?」
いや、35歳くらいかと思ってましたとは言えない。
「しかし、驚いたな。こいつは旨ぇ」
「これ、小さな鰹とかブリとか値段が付かないような奴でもできますよ。軽く茹でてその後に油で煮るだけだから」
「そうか、そりゃあいいな。魚が無駄にならずに済む」
「瓶詰か缶詰にしてくれたら仕入れますよ。というか是非して欲しいです。ハンターギルドとかにも需要あるとき思いますよ」
「おー、携帯用ってやつか」
「中に入ってる油を料理につかってもいいし、紙かなんかで芯を入れたら簡易のろうそくにもなりますからね」
「あんちゃん物知りだな。これからも宜しく頼むぜ。俺はドンガだ」
「俺はカナタでこいつはクロノ」
「クロノ?女神さんと同じ名前か。そりゃあご利益あるってもんだな。ガーハッハッハッハ」
カナタは漁師達と仲良くなっていくのであった。