衝撃
部屋に戻ってぎょっとする。布団が一組。ダブルサイズが敷いてあるのだ。
「一緒に寝るの?」
「布団二組って言っとけば良かったね」
「別に一緒に寝てもいいわよ。その代わり変なことしないでよねっ」
「すっ、するかっ。それより風呂先に入るか?」
「えー、面倒臭いっ」
「汚くなくても入れよっ。こんな風呂付の部屋ってなかなかないんだぞ」
「もうっ。覗かないでよねっ」
「だったら中で寝るなよ。呼んで返事なかったら入るからな」
「わ、わかったわよっ」
「あと、脱いだ下着はこの袋の中に入れること。脱ぎっぱだったらマジマジと見るからな」
「変態っ」
「嫌ならちゃんとしろ」
「ふんっ。わかってるわよっ」
クロノが風呂に行ってる間に窓際の椅子に座ると、日本酒のセットが用意されている。それも桶に氷を入れてそこに透明なお銚子2本とサービスが良い。心付けの効果かもしれない。
この部屋は高額なだけあってお酒もジュースも飲み放題なのだ。
備え付けの冷蔵庫には水やお茶、ジュースも入っている。
日本酒と共においてくれてある蓋付の小鉢にはお酒で煮た感じの果物が入っている。日本酒もさっきのと味が少し違いやや甘い。デザート的なお酒なのだろうか?
なるほど、料理に合わせた日本酒とこうやってゆっくりと飲む日本酒と分けてあるのか。さっき買ったのはどっちだろう?
用意してくれてあるこのセットはクロノが来てから一緒に飲もう。
買ってきた日本酒をあけて飲むと料理の時に飲んだ日本酒だった。
窓を開けると海の匂いのする風が気持ちいい。昼間は少し蒸し暑かったけど、夜は心地いいな。海に映る月も風流だ。
最初この世界に無理矢理連れて来られた時はどうなるかと思ったけど、なんかこうやってると幸せかもしれない。スマホもテレビも無い生活は時間をもて余すかと思ったけど、こういう時間も悪くないな。
しかし、女の子とこんな風に一緒に住んで飯食って旅行するとか現実とは思えないな。クロノも初めはクソ女と思ってたけど、中身が子供なんだと思うとあまり腹が立たないし、守ると覚悟を決めたら保護欲みたいな物が出てくる。不思議なもんだ。
俺は17歳で結婚か・・・。まぁ、形式上のだけど。
もしクロノが元の世界で同じクラスとかに居たらどうだったろうか?まぁ、俺は相手にされなかったろうな。そう思うとキュッと胸が締め付けられる。
叶多はなぜキュッとなるのか自分ではわかっていなかった。
遅いなあいつ。寝てんじゃないのか?
窓から壁でしきられた風呂に声を掛ける。
「クロノ、起きてるか?」
シーン
「おいクロノっ。覗くぞっ」
・・・
・・・・
「おっ、起きてるわよっ」
寝てたな・・・
「溺れんうちに出ろ。そうしないとまっ裸を俺に見られるぞ」
「バカッ 変態っ」
もうこれで起きるだろう。そして、しばらくするとクロノが出て来る。
「ちょっとこれ飲むか?さっきのと味が違うんだよ」
向かいの椅子に座ってクピッと飲むクロノ。
「本当だ。私こっちの方が好き」
少し甘いからな。
叶多はおちょこに入れて飲み、後はクロノに注いでやる。小鉢の酒で煮た果物も気に入ったようなので自分のをクロノにあげた。ご機嫌でそれを食べてクピッ クピッと飲むクロノ。
叶多はまぁまぁ酔ってきていたがクロノは平気そうだ。
「お前は酔わないのか?」
「ふわふわしてなんか変な感じはするわよ」
酔ってんじゃねーか。
「気持ち悪くなる前に止めとけよ」
「カナタには言われたくないわよ」
そりゃそうだ。
叶多は空いたお銚子に買ってきた酒を入れていく。
「それどうするの?」
「あぁ、風呂で飲む。ちょっとやってみたかったんだこれ」
「何よそれ、ずっるーい」
「お前は風呂に浸かると寝るだろうが。酒飲むともっと眠くなるだろ」
「自分だけズルいじゃないっ」
「もう一泊するから明日やれよ。その代わり風呂で寝て起きなかったら、今度は本当に目隠しも何もせずに中に入るからな。覚悟しとけよ」
「ぶうっ。仕方がないじゃないっ。眠くなるんだもん」
「だったら止めとけ。俺に見られてもいいと思ったらやれ。以上」
叶多はお銚子とおちょこを持って、先に寝てていいぞと言い残して風呂に行った。
頭も身体も先に洗って湯船に浸かる。家や宿舎のバスタブと違って大きな風呂だ。めちゃくちゃ気持ちいい。
横は壁だけど天井も無いし前には海が見える。風呂に浸かって飲む水も旨いけど、酒も旨いんだなぁ。この国に露天風呂とかあったらトーマスやザイル、ドグとか連れて来たら喜ぶかな?明日中居さんに聞いてみよ。
パッとその時に灯りが消える。
なんだっ?
身構える叶多。
「クロノっ!大丈夫かっ」
慌てて風呂から出ようとするとパタンとドアがあいてバスタオルを巻いたクロノがお銚子を持って入って来た。
「な、な、な、な、なにやってんだお前っ」
「こっち見ないでっ」
慌てて後ろを向いて湯船にじゃぼっと浸かる叶多。
「お前何やってんだよっ。さっき風呂に入ったじゃないかっ」
「だってカナタだけズルいじゃない」
「そんなこと言ったって入ってくんなよっ」
「うるいわねっ。あっち向いててよっ」
こいつ・・・
じゃぼっと入ってくるクロノ。
そして俺のおちょこを奪い取って、持ってきた酒をクピッと飲む。
「わぁ、お風呂に浸かって飲むお酒って美味しいっ♪」
でしょうね。俺はそれどころではない。
「先に出るぞっ」
「ダメよっ。寝そうになったら起こしてよっ」
こいつ・・・
「いーや、お前が寝るまで黙ってて、寝たら見てやるからな」
「電気消してきたもんねー」
それでも月明かりでうっすら見えるんだよっ。
「お前なぁ。俺に襲われるとか思わないのか?俺も男なんだぞっ」
・・・
・・・・
・・・・・
じっと見つめてくるクロノ。
「カナタ・・・」
「な、なんだよっ」
「私のこと好き?」
「えっ?き、き、嫌いじゃないけど、その・・・」
「責任取ってくれるならいいよ」
ドキッ
「だからなんの責任だよっ。これ以上何をしろってんだ」
「私と永遠にこの世界で一緒に居てくれたら・・・・・・・・ キャハハハハハッ」
ビクッ
「ど、どうしたっ?」
いきなり笑い出したクロノ。
「私とカナタがそうなったら、神器があっても帰れなくなるのよ。キャハハハハハッ。おっかしーっ」
は?
もしかして人間と神がそうなると神であるこいつは自分の世界に戻る資格が無くなるのか?
笑いながらザバッと立ち上がって浴槽のヘリに座り、脚をバチャバチャさせてお湯をかけてくるクロノ。
「ばかっやめろっ」
お湯を掛けられるのもそうだが、バシャッバシャッすると目線がちょうどクロノの太もも辺りにあるので中が見えそうになるのだ。
「ねえっ、責任取ってよ。私のポヨンも見たでしょっ」
キャハハハ笑いながらバシャバシャッお湯を掛けてくるクロノ。
「やめろって」
キャハハハと笑ってたかと思ったらいきなり泣き出す。
「ぐすっ ぐすっ」
「何で泣くんだよっ」
ジャブっと浸かって叶多に近付くクロノ。
「カナタぁ」
そういって首に手を回してくる。
「バカッ、やめろって」
バスタオル越しに伝わるクロノの柔らかさ。叶多は心臓が飛び出しそうだ。
「ずっとこの世界で一緒にいよ。んふふふっ」
あー・・・
「お前酔ってるだろ?」
「酔ってないよ。ふわふわするだけ エヘヘヘヘ」
「それを酔ってるっていうんだよっ。魔王から神器を取り返して、そして魔王を倒さないとダメだろ。俺も帰らないとダメだし」
「帰えらないで。お願い私をもう一人にしないでよ・・・」
そんな悲しそうな顔すんなよ。
「寂しかったら、時々俺を召喚すればいいだろっ」
「ダメっ」
「なんでだよっ」
「忘れちゃうもん」
「こんなこと忘れるかっ」
「絶対忘れるもんっ」
「なんでだよっ」
「いーい?カナタの本体はあっちにあるのっ」
「それは前に聞いた。で?」
「あっちに帰ると自動に時間が動くのっ」
「それで?」
「そしたらねぇ~」
「そしたら?」
「ぜーんぶ無かった事になるのっ」
「え?」
「カナタがここにいた記憶もー、ここにいる人達のカナタの記憶もー、ぜーんぶ消えちゃうのっ キャハハハハハッ なーにんも残らないのっ。覚えてるのは私だけー」
「なんだよそれ・・・」
「知ってるぅ?時間が止まるってそう言うことなんだーっ」
「勇者達の記憶はどうなってんだよっ」
「わかんなーい。あっちに戻すつもりなかったなもーん。あいつらそれで良いっていったもーん」
あいつらが元の世界でどんな生活をしていたが知らないけど、チート能力貰って好き勝手生きられるなら戻らなくてもいいと思うヤツがいてもおかしくない。が、俺は違う。父一人、子一人の家族なのに、いきなり俺が消えて行方不明とかになったら親父は死ぬまで俺を探し続けるだろう。親父はそういう人間だ。
「クロノ、本当に俺の記憶は消えるのか?」
「消えるっていうかー、無かった事になるの。このカナタと本体はぁ別なのー」
そうか、今の俺はコピーみたいなものと考えれば納得がいく。それも向こうの時間が止まってる間限定の。こっちの人の記憶がなぜ消えるかわからないけど、無かった事にするというのはそういうことなのだろう。
「ねぇ、カナタ。知ってる?私この前覚悟をしたんだよー」
「なんの覚悟だ?」
「ふふふふっ ふふふふっ♪」
「な、なんだよっ?」
「カナタがねぇ」
「俺が?」
「私のことを・・・」
こてんっ
スースー
「寝るなっ!おいっクロノっ。起きろっ」
クロノ爆睡。
あーっもうっ。ここ宿屋だぞっ。ビジャビジャのまま寝かせらんないだろうがっ。
いくら起こそうとしても起きないクロノ。
どうしよ、どうしよ。
取りあえずこのままだとのぼせるから、湯船から出さないと。
クロノはカナタにしがみついたままだ。
そのまま立ち上がるしかない。
そして立ち上がるとクロノのバスタオルが取れ、叶多とクロノの素肌同士が密着した。
うわーーっ ど、どうしよっ どうしよっ。
もう叶多の思考回路はぶっとんでいる。
素肌同士で密着する身体。耳元にかかるクロノの寝息。
叶多はパニックになりながらも湯船から出てぐにゃりとしたクロノをバスタオルで拭いていく。もう触ったとかの問題ではない。素肌同士で密着したのだ。
身体を拭いたあと、そのまま浴衣を着せるが、月明かりでうっすらと見えてしまう。あーっもういい。クロノは俺の奥さんだっ。そう言い聞かせて浴衣を着せた後にパンツをはかせた。ブラジャーは付け方がわからないのでそのままだ。
抱き抱えたまま頭を拭き、何とか布団に寝かせられる所まで出来た。
布団に寝かせた跡もドキドキが収まらない。身体にクロノの感触も残っている。
「もうお婿にいけない・・・」
叶多はそう呟いたのであった。
 




