温泉旅館の楽しみ
人混みから離れて宿の近くにワープしてフロントへ。
フロントの人がクロノを抱き抱えた叶多を見てぎょっとする。
「履き慣れない草履で歩けなくなっちゃってね。あ、浴衣ってクリーニングとか出来ます?」
「は、はいっ。今出して頂けると明日には洗い上がって参ります
「じゃ、後で持ってくるよ」
叶多はクロノを抱き抱えたまま部屋に行き、下級ポーションで脚を治した。
クロノ、着替えろ。それは洗ってもらうから。
と、部屋に置いてある浴衣に着替えさせる。この帯なら俺でも結んでやれるので後ろで蝶々結びにしてやった。
浴衣屋で着替えた服を紙袋から出して浴衣と帯を入れる。なんかクロノの体温が残る浴衣を触るのはちょっと恥ずかしいけど顔には出さない。
「じゃ、これ洗ってもらって来るから」
と言ってもクロノはぎゅっとしがみ付いてきた。一人になるのが怖いのだろう。
仕方がないのでそのまま連れていく。なんのお祭りか知らないけど、それ目当ての観光客が多いのだろう。宿の中も人でいっぱいだ。
べったり俺にくっつくクロノ。じろじろ見られるけど仕方がない。こいつはいま怖いのだ。
フロントに浴衣を預ける時もぎゅっとしたまま。帰って来た時は抱き上げられ、今はべったりくっついてる俺達を見てフロントのお姉さんは生暖かい目になっていた。
「今日ってお祭り?」
「はい、竜神祭でございます。海の安全を守る神様のお祭りですよ。本日は前祭、明日が本祭です。明日はもっと込み合います」
へぇ、竜神祭ねぇ。
部屋から見える島に竜神様を祀った神社があるらしい。祭りの期間はその島には許可された者以外立ち去り禁止で神事が行われてるとの事。
部屋に戻るとサンセットがとても綺麗だ。ふとテーブルを見るとお饅頭がちゃんと補充されていた。こういうとこって勝手に部屋に従業員が入るんだな。
「クロノ、落ち着いたか?」
「うん」
「ごめんな。俺が人の多い方に立ってたら良かったな。次からはそうするよ」
「大丈夫。ちゃんと守ってくれたから」
憎まれ口を叩かずにしおらしくされるとドキッとするからやめてくれ。
「あの3人はどこに飛ばされたのかな?」
「それな、多分死んだと思う」
「え?」
「ほら、これ見てみ」
とステータスを出す。クロノが俺の隣に来てそれを覗き込む。クロノにはステータスが見えるのだ。
「レベルってあるだろ?これ最初は1だったんだよ。で、デスボアをゲートで首チョンパした時に12まで上がったんだと思うんだよね。で、さっきあいつらをゲートに蹴り込んでからゲートをキャンセルした時に脳内にファンファーレが鳴ってね、ステータスを見たらレベルが上がってたんだよ。だから多分あいつらを倒した事になってる。お前、レベルの事を何か知ってるか?」
「ううん、知らない」
「そうか。この自分のステータスって見えるヤツ他にいるのか?」
「スキルの一部だからいないと思う」
なら、トーマスとかに聞いても無駄だな。
「カナタさっきの奴らは恐くなかったの?」
そういえばそうだ。剣を抜かれてもまったく怖いと思わなかった。というより、あんな、がたいが良くてタチの悪そうな奴らに絡まれたら、元の世界なら自分からその場でジャンプしてたかもしれない。喧嘩とかしたことないしな。
「ここに来た時に魔族の幹部や魔王を見たからかも知れないね。あいつらは見ただけで震えるぐらい怖かったから。あれに比べたら人間なんて恐くないのかも」
そういえばジェイソンの時もまったく怖く無かったな。もしかしたらクロノを守ると覚悟を決めたからかもな。
そんな事をふと思って横を見たら間近にクロノの顔があった。
「うわぁぁぁぁっ」
「な、何よっ。失礼ねっ」
「ご、ごめんっ。ちょっと恥ずかしいから離れて」
「何よそれっ」
少し化粧をして髪の毛をアップにしているクロノはいつもと雰囲気が違うのだ。神様というより、普通の女の子として見てしまう。
コンコンっ
「はいっ」
「お食事をお持ち致しました」
ドアを開けると食事を持ってくる仲井さん達。
「本日は当館をお選び頂きありがとうございました。本来であればお部屋にお入り頂きました際にご挨拶に伺わせて頂くのですが、すぐにお出かけになられたようでございましたからご挨拶が遅れました。当館の女将をしております、サエノと申します」
「ご丁寧にありがとうございます」
こういうのってチップとか心付けとか渡すんだっけ?
「2日間お世話になります。こちらで皆さんでお茶でも飲んで下さい」
と、銀貨1枚を渡した。こういうのはいくら払ったらいいかわからんし、銅貨をじゃらじゃらと渡すのもどうかと思って銀貨にしてみた。
「お心遣いありがとうござます。お飲み物はいかがですかいたしましょうか?」
飲み物リストを渡される。
「クロノ、何か飲みたいものあるか?」
「んー、なんでもいい」
日本酒があるからザイルとかのお土産用に味見しておくか。
「じゃあ、日本酒とお茶もらえるかな」
「かしこまりました」
その後に前菜から運ばれてくる。
これ酢の物か・・・。あんまり好きじゃないだよな。
それだけ残して他のから食べる。クロノは酢の物も大丈夫そうだ。というより好きなのか俺の所からも食べていく。いつも一口頂戴とかはない。お前の物は俺のもの、俺の物も俺の物的な発想なのだろう。
スプーンを変な持ち方して酢の物を食べる女神。なかなかにシュールだ。
次は活け作り。なんなんだろうこの魚?
尾頭付きだけど見たことがない魚だ。でも旨い。
と、その時にドーンッという音と共に外がパアッと明るくなる。
「キャアっ」
「大丈夫だ。花火だよ」
へぇ、こっちにも花火があるんだな。これ、外で見たかったなぁ。
「中居さん、花火って今日だけ?」
「明日もございますよ。明日の方がたくさん上がります」
「明日の晩御飯って、花火を見て帰って来てからにしてもらうことは出来る?」
「はい、可能でございます。ただ非常に混雑致しますし、こう言ってはなんですがタチの悪い輩もおりますので、可愛い奥様はお気を付けられた方が宜しいかもしれません」
そっか、それもそうだな。今日も絡まれたし。
「もし宜しければ当館の屋上でご覧頂けますよ。お食事もそちらでご用意致しましょうか?」
「そんな事出来るの?」
「はい、特別観覧席をお取りしておきます。お食事もお祭り料理に変更致しましょうか?」
「元の予定の料理はなんだったの?」
「本日とほぼ同じでメインがお肉に変更になります」
肉はベリーカで食ってるからな。
「クロノ、お祭り料理にして貰うか?」
「うんっ」
「浴衣の着付けとかここで出来る?」
「はい。旦那様も浴衣になさいますか?」
「レンタルあるの?」
「はい、ございます。お任せになりますけど」
「じゃあそれもお願い」
女将は挨拶だけで、この中居さんが俺達の担当らしい。
「色々とありがとう。これ心付けに」
と、この人にも銀貨を渡す。
「いえ、先ほど頂きましたのに」
「あれは皆さんで。こちらは中居さんに」
「まぁ、申し訳ございません。ありがたく頂戴いたます」
そういやこの人、部屋に案内してくれた人だよな。あの時に渡すのものだったのかな?
そんなやり取りをしている間に俺の刺身がほとんど無くなっていた。
こいつ・・・
続いて天ぷらとか運ばれて来る。まずは野菜天から。おお、旨い。ここ、料理旨いよな。
クロノはフォークをへんな持ち方してプスッと刺して食べている。海老天がお気に入りのようだ。二つあるから一つ俺も食べて
「クロノ、海老一つあげ・・」
プスッ
あげようかという前にフォークで刺すクロノ。ニコニコ笑ってるからまぁいいか。
あ、日本酒味見してみよ。クピッ
お、旨い。申し訳ないけど、ザイルのウイスキーみたいなやつより好きだ。
クピッ クピッ。
これ、刺身と飲んだら旨いだろな。
次の料理を運んで来てくれた中居さんに刺身の盛り合わせが追加注文出来るか聞いてみると出来ますとのこと。
「このお酒美味しいよね」
「はい。吟醸酒と申しまして当館自慢のお酒でございます。お代わりお持ちしましょうか?」
「クロノも飲んでみる?」
と飲ませると美味しいといったので追加で2本頼む。
そしてお刺身の盛り合わせとお酒を持ってきてくれたので、今更ながらに乾杯してクピクピ飲んでお刺身を。
旨いっ。
これ、おっさん連中が飲みに行くのわかるな。
クロノがイカをエイッ エイッとか頑張ってるので食べさせてやる。ほっとくと皿を割りそうだからな。
パク、クピッ パク、クピッ
続いて持ってきてくれたのは貝の炊き込みご飯とお漬物。ご飯は茶碗に少ししかないのでぺろりだ。
デザートはわらび餅。
「こちらで最後になりますが、まだお飲みになられますか?」
高校生腹の叶多はクロノに結構横取りされてたので食べたりない。
「じゃあお酒と何かおつまみになるようなものもらおうかな」
と追加注文。
小鉢に入った突き出しみたいな物とお酒が運ばれて来た。
子供の頃ってこういうの嫌いだったけど、これは酒と一緒に食うものだったんだな。めっちゃ旨いわ。
この宿には遊ぶ所もあるらしく、少し酔ってご機嫌な二人は遊技場に行くことに。その間に布団を敷いておいてくれるらしい。
「カナターっ!これアッキバにあったやつだよねぇ。勝負しよっ」
クロノが言ったのはエアホッケーだ。
「いいぞーっ」
カン コン と叶多は手加してやる。どん臭いクロノには普通に打ち返すだけで勝てるのだ。
「このっ このっ」
スカッ
ガションっ
「キーーーッ」
「うはははっ。俺は攻撃してないぞーっ」
自分で打った円盤が跳ね返って自滅するクロノ。思いっきり笑ってやる。
「見てなさいよっ。エイッ」
スカッ
ガション
どうやったらあんな自滅の仕方をするのだろう。もう笑いが止まらない。
「キーーーッ このっ このっ」
カン コンと一人遊びするクロノ。
スカッとして円盤が中央で止まりそうになりクロノが台に乗り上げて打とうとする。激しく動いてたから浴衣が着崩れているところにそんなことをしたら・・・
「クロノっ。ポヨンするぞっ」
「キャアっ。どこ見てんのよっ」
この遊技場には結構人がいるし、クロノは男達の注目を浴びている。他の男達の前でポヨンしてほしくないのだ。
「教えてやったんだろうが。ちょっとこっちに来い」
このままだとパンチラまでしそうだからな。クロノの浴衣を整えてやる。
「もうこれ止めとこう。本当にポヨンするぞ」
「う、うん」
こら、そこのおっさん。なにチッとか舌打ちしてんだ。亜空間に捨てるぞ。
その後にスマートボールとか的当てとかして遊んだ後に売店へ。さっきまで飲んでたお酒が売っているらしいのだ。
一度やってみたかったのは風呂に入っていっぱいってヤツだ。
一升瓶はさすがに飲めないだろうから、半分のサイズの良く冷えた奴を購入。クロノはお饅頭が欲しいというのでそれも買った。
さて、部屋に戻って風呂入って寝ますかね。