商売人への道
「ほら行くぞ」
「嫌よっ」
「ちっ、その脱いだシャツを渡せ。洗って来るから」
と、クロノから自分のシャツを奪い取り洗濯場に。洗濯機が無いので手洗いとかめんどくさいったらありゃしない。ぎゅっと絞ったらしわしわになるのでバンバンと叩いて干しておいた。
部屋に行ってクロノを呼ぶも出てこないので放置することに。
「シアちゃん、受付手伝うから文字教えてくんない」
「いいですよ」
と、文字の一覧を書いて貰う。ふんふん、仕組みはローマ字と同じだな。
仕組みを覚えたら難しくはない。午前中に覚えてしまった。
ついでに通貨も教えて貰う。銅貨が最低単位、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚ね。
「シアちゃんは一番物価の高い国ってどこか知ってる?」
「魔界領のすぐ近くのゴーレンという国かなぁ。ここから行くなら飛行船を乗り継いで1ヶ月は掛かると思います」
「あぁ、ワープするから大丈夫」
「え?ゴーレンに行くんですか?」
「ちょっと商売にね。トーマスにもお金を借りてるから返さないとダメだし、生活するための基盤を作らないと」
「ここに住んでギルドの仕事で十分なんじゃないですか?」
「いや、情報集めもしないとダメだし、魔王から神器を取り返さないといつまで経っても帰れないからね」
「帰りたいんですか・・・」
「そりゃあね。ずっと年取らない奴がいたら不気味だろ?」
「エルフとかそんなんだから気にしなくていいと思います。だからそんなに慌てなくても・・・」
「俺さぁ、来年受験なんだよ。あんまり長い間ここにいると今まで勉強したの忘れちゃうし、浪人するほど家も裕福じゃないからね。だから早く帰らないと」
「そうですか・・・」
あまり長い間いると、皆に情が沸いちゃうしな。昨日会ったばかりなのに仲良くしてくれたトーマスやシンシアにこれ以上深入りすると帰りたくなくなってしまうかもしれないし。
「文字教えてくれてありがとうね。昼から行ってくるよ。クロノは放っておいていいけど、外に出さないでね。あいつ魔物とか呼び寄せるかもしれないから」
「わかりました。ギルマスにも言っておきますね」
カナタは昼飯を食ってからマップを見てゴーレンへと移動した。
ゴーレンに到着して、物の値段を見ていく。エスタートと比べて街中は少し荒れた感じがする。歩いている人達も無骨そうなのが多い。
物価はエスタートに比べて3倍強。特に食べ物が高い。野菜とか5倍ぐらいしてんな。
ハンターギルドに寄って掲示板の依頼票を読んでみる。慣れない文字に苦戦しながらも読んで行くと、魔物の討伐依頼が多い。依頼を受けるにはCランクは無いと無理そうだな。
まぁ、討伐なんて受ける事ないけど。
「よう坊主、見かけねぇ面だな。何か依頼するなら受付に行けよ」
「あ、いや。どんな依頼があるかなって見てただけだ」
「は?お前、もしかしてハンターか?」
「登録だけした名ばかりハンターってやつだ。俺は弱いから商人でもしようかと思ってんるだけどね」
「そういつは正解だな。この国のハンターは子供にゃ無理だ」
子供・・・
「なぁ、この街で何が売ってたら便利だ?仕入れの参考に聞かせてくれよ」
「そんなもん酒に決まってんだろが。旨い酒を仕入れて来いよ。飛ぶように売れるぜ」
「どんな酒?」
「強い酒だ。ドワーフの国で売ってる火酒ってのがあってな、そいつなら皆欲しがるぜ」
「そうなんだ。怖い顔してんのに親切に教えてくれてありがとうね。ギルドの食堂に卸せるぐらい仕入れてくるよ」
「はんっ、怖い顔は余計だ」
ベンッと背中を叩かれたがなかなか気の良さそうなやつだ。
「俺はカナタ、あんたは?」
「あぁ、フランクだ。Bランクハンターだぜ」
へぇ。
「ちなみにBランクってどれぐらい強いの?デスボアとか倒せる?」
「デスボアか・・・。1対1なら何とかってとこだが、あいつら群れるからな。パーティー組んでなきゃ難しいな」
ほう、デスボアはそんなにランクが上の魔物なのか。
「ありがとうね、ちょっと受付で酒仕入れて来たら買い取ってくれるか聞いてみるよ」
「おぅ、楽しみしてっからな」
「あのー」
「はい、ようこそギルドへ。ご依頼ですか?」
「いや、一応ハンター登録はしてるんだけど、俺には無理そうだから商売をしようと思ってね。酒とか仕入れて来たら買い取ってくれるかな?」
「ここの食堂にですか?」
「そう」
なら食堂で直接話をどうぞと言われたので厨房へ。
「は?火酒を仕入れて来たら買い取ってくれるかだと?」
「そうだよ」
「兄ちゃん商業ギルドに登録してんのか?」
「いや、ハンターだけだよ」
「そうか・・・。ならここだけにしか卸せんな」
「そうなの?」
「あぁ、ギルドの食堂なら採取依頼って形にしてやれるからな。その分ギルドに手数料を取られる。報酬の20%だ」
「商業ギルドに登録したら?」
「ランクがあってな。店を構えるかどうかで年会費が違う。店を持たない流れの商人なら年会費が銀貨10枚ぐらいだったと思うぞ」
おぅっ、すでに足りないや。
「取りあえず火酒を仕入れてくるよ。それの物を見て依頼かけてくんない?」
「あぁ、構わんぞ」
という事でドワーフの国を検索して移動。
ドワーフの国は山に囲まれた所だ。あちこちから煙が上がりトッテンカントッテンカンと金属を打ち付ける音が聞こえて来る。
えー、酒屋、酒屋・・・
と、何の店構えかわからんけど火酒と書いてあるから中に入ってみる。
「すいませーん」
「なんじゃいっ。ここはガキの来るところじゃねぇっ」
「いや、一応17歳なんですけどね」
「なら構わん。何本必要じゃ?」
「1本いくら?」
「銅貨10枚じゃ」
「なら10本頂戴」
と、カバンにギチギチに詰め込んで購入した。
で、ゴーレンのギルド食道へ。
「仕入れて来たよ」
「は?お前さっき出てったばっかりじゃねーか?」
「これでいいんだよね?」
「おっ・・・おうっ!こいつぁドワーフ国産の火酒じゃねーかっ。これなら1本銀貨1枚で仕入れてやるよっ」
やった!
という事でギルドの受付を通して採取依頼達成となり、手数料を差し引いた銀貨8枚をゲットした。差し引き銀貨7枚の儲けだ。
「お前、カナタってんだな。転移魔法の使い手か?」
「転移に近いけどちょっと違うかな」
「ここでパーティー組んだら引く手あまただろが?商売するよ儲かるぞ」
「いや、俺戦闘能力無いんだよ。討伐なんかに参加したら足手まといだからね」
「なら、運び屋でもやれや。馬車や馬で行くよりずっと早いなら金払う奴多いぞ」
なるほど、運ぶ専門か。それならいいかも。で、強そうな奴等を見付けたらクロノを託せばいいか。もしくは魔王から神器を取り返す為の護衛として雇ってもいいし。
「ありがとうね。ちょっと考えてみるよ」
「そうだカナタ、お前、野菜とか肉とか仕入れてこれるか?」
「大丈夫だと思うけど。この辺は不作なの?」
「そうなんだよ。魔物が増えててな。畑は荒らされるわ、家畜はやられるわで困ってんだよ」
「じゃ、必要な物を書き出してくれる?あんまりたくさん持てないから量があるなら複数回に分けるけど」
と、必要なものを書き出して貰った。これ、担いで持ってくるの大変だな・・・
一度エスタートに戻って、必要な食料の値段を見て回る。店頭で購入しても3倍くらいの値段で買い取ってくれるから十分儲かるな。
これは商業ギルドに登録した方が良さそうだ。
商業ギルドを人に聞いて訪問する。
「すいませーん。商人の登録したいんだけど」
「どのランクにされますか?」
「店無しの一番下のでいいです」
「では年会費銀貨10枚と証明書の発行手数料が銀貨2枚です。もし、他の証明書をお持ちでしたらそちらに追記しますので発行手数料は不要です」
「じゃあ、ハンター証に追記でお願いします」
と、銀貨10枚で登録をした。残り銀貨5枚とちょっとで先ずは小麦粉を購入してえっちらおっちら運ぶ。
「おいおい、カナタ。お前こんな物を手で運んでんのか?」
「仕方がないだろ?」
「なら荷車を貸してやるからそれで運べ」
と荷車を借りてまた戻る。
次は野菜類を購入して戻り、肉類を購入して戻りをして、銀貨5枚が15枚ほどになった。1日の稼ぎとしてはなかなかだろう。おもいっきり肉体労働だけど。
「おう、カナタ。また頼むわ」
「こっちこそありがとうね」
はぁ、もうくたくただ。汗もかいたし風呂に入りたい。
エスタートのギルドに戻り、シンシアにクロノがどうしてるかきいてみる。
「一度も部屋から出て来ませんでしたよ」
「飯も一回も食ってないの?」
「はい」
女神って飯を食わなくても大丈夫なのだろうか?
食堂は大勢のハンターで賑わっている。ここにクロノを連れてくると面倒臭そうだな。
「ちょっと買い物にいってくるよ」
「ご飯はどうするんですか?」
「なんか買ってきて作るよ。ここにクロノを連れてきたら面倒臭そうだし」
「カナタさん料理出来るんですか?」
「まぁ、それなりには」
「た、食べに行っていいですかっ?異世界の料理食べてみたいですっ」
「こことそんなに変わらないよ」
「でもいいんですっ」
「じゃあ、嫌いなものある?」
「無いです」
「じゃ、買い物に行ってくるよ」
と、叶多は食材や調味料、そして調理道具を購入して宿舎に行く。
ごんごんとノックをすると無言で出て来るクロノ。
「お前ぜんぜん飯食ってないだろ?今から作るからちょっとぐらい食え」
クロノはちょっと嬉しそうな顔になった。
「ま、不味かったら、た、食べないからねっ」
「好きにしろっ」
ありがたい事に米も売ってたのでご飯を炊いて、おかずはみんな大好き唐揚げだ。塩コショウと少しニンニクを入れて馴染ませてからしょわしょわと揚げて行く。
クロノはワクワクしてテーブルに付いていた。
ちょっと機嫌直ったか?
ちょうど揚げ終わった頃にコンコンとノックしてシンシアが入って来た。
「お邪魔しまーす。わぁ、美味しそうっ!」
「なんであんたが来るのよっ」
「俺が呼んだんだよ。飯は人数がいた方が旨いだろ?」
またブスっとむくれるクロノ。なんなんだよこいつ?
「いっただっきまーす」
うんうん、我ながら良い出来だ。カリカリ&ジューシーだな。
「カナタさん、美味しいーーっ!お店出せますよこれ」
「いや、食べ物屋は大変なんだよ」
「それにお米ってこんな食べ方するんですねぇ」
「ここではどうやって食べるの?」
「半分溶けたようなスープみたいなのか、サラダに混ぜたりとかですよ。美味しくないのであまり人は食べません。家畜の餌とかに使われますよ」
「そうなの?」
「はい、カナタさん節約してお米にしたのかと思ってましたけど、こうやって食べると美味しいですねぇ」
そうだったのか。やけに安いと思ったら家畜の餌だったのか・・・
「ん?クロノは米も唐揚げも嫌いか?」
「ふんっ」
バタンっ
クロノは一口も食べずに寝室へと入って言った。
なんだよあいつ。
「カナタさん、私迷惑でした?」
「いーや。何拗ねてるかわからんけど、食いたくないなら食わなくてもいいよ。シアちゃんは気にしないで食べな」
「はい♪」
二人がご馳走様して、シンシアが帰った後もカナタが風呂から出た後もクロノは出てこなかった。