第八話:迷い
ノイズはうなだれながらも、魔法学校の階段をゆっくりと上っていく。一年生のクラスはすべて校舎の五階にあるので、五階につく頃には、ノイズは、息を切らしていた。
そうして、息が整い始めると、廊下を歩き始める。
ノイズは、扉の上についた札を見ながら、Z組と書かれた札を探していく。廊下はそこそこの人がおり、流れに沿って自分のクラスを探し歩いていた。
魔法学校の校舎は前に来た時よりも、少し広めに感じられた。どこかしらに、心の余裕があるのだろうか。ノイズはそんなことを考えながら、廊下を歩いていく。
最初は、家庭科室や、魔法室と特別な部屋が並んでいたが、しだいに一組の札が見えていく。次に二組、三組、四組と並んでいた。
そうして歩いていくと、ノイズはすでに廊下の端にいた。五階には、Z組はなかったのだ。
ノイズは、少し頭を抱えた。なぜZ組がないのか、ノイズには分からなかった。ノイズがふと隣に目をやると、魔女帽子を被った少女がノイズと同じように立っていた。
「もしかしてですけど、Zクラスの方ですか?」
ノイズは恐る恐る隣の少女に聞く。
「……実は、そうなんです」
少女は、少し恥ずかしそうにそう答える。その様子から、ノイズは、Z組というのは普通のクラスなのではないのが感じ取れた。
「僕、ノイズって言います。あなたは?」
「私はウツイと申します。 ……私たち迷子ですよね」
ウツイは人との会話が苦手なのか、少しうつむいて、手をいじっている。
「こういう時ってどうすればいいのかな? とりあえず、僕と一緒に探しませんか?」
ウツイは魔女帽子を深く被る。
「……別にいいですよ」
ウツイからの返事に、ノイズは少し安心した。Z組という、普通ではないクラスに行かされる子なのだから、性格だったりに何かしらの変な所があるのかと思っていたが、少し口下手の女の子だということが分かったからだった。
「とりあえず、魔力を辿ってみます。少し待っててください」
ウツイはそう言うと、魔女帽子を脱ぎ、それを手で持つと、目を閉じ、息を大きく吸いこんだ。そうして、自分の世界に入ったのか、黙り込んでしまった。
ノイズはさっきの考えは幻想だということに気づく。魔力を辿るというのは、一体なんなのかをノイズは知らなかったが、あの大量の情報が書かれた本たちの中でも、そんな記載はなかったので、この少女が、ただモノではない事に気づかされる。
「分かりました。この階段の下の方に誰かの魔力が続いていたので、多分Zクラスの子だと思います。追ってみましょう」
ウツイは、隣にいるノイズに向かって、言葉を発するも、ノイズはどこか話を聞いていないのか、遠い方を見つめていた。
「ちょっと。話聞いてくださいよ」
ウツイはノイズの手を揺らす。ノイズははっとして、ウツイの方を見ながら、
「ごめん。ごめん。とりあえず追ってみようか」
と、慌てて答えた。
ウツイとノイズは、ウツイが見つけた魔力の痕跡を追って、階段を下っていく。
「魔力を辿るって一体何をしてるんだ? というか、魔法を使ったら、そこに魔力の痕跡が残る感じなのか?」
ノイズはZクラスに向かう途中でウツイに質問をする。
「まぁ、原理を話すと、基本的にどの人間も魔法が使えるなら、多少なりとも魔力を保有してるんです。しかも、それは勝手に体外に出ていくので、集中すれば、その痕跡が見えるんですよ。それが魔力を辿るっていうことです」
と、ウツイは気さくに答える。ノイズは、少し納得したような顔をしながら、
「そうなんだ。知らなかったよ。ちなみに、魔力を保有してなかったら、その人から、そういうオーラは見えないんだよな?」
ノイズが興味津々に聞くと、少しだけウツイは悩んで、
「まぁ、そうですね」
と、答えるのだった。ノイズは、自分に魔力を持っているかどうかを聞きたくなったが、それを聞いて、自分の思うような返事を得られなかったら、自分がどんな反応をすればいいのか、分からなかった。
「なぁ。ウツイさん。俺の魔力って見えるか?」
けれども、ノイズはどうしても気になって、ウツイに質問する。すると、ウツイは困ったような顔をして、できるだけ、ノイズから視線を逸らす。
「……それは、多分、答えられないです……」
ウツイは、言葉をつまらせながら、ノイズに答えるのだった。ノイズは、ショックだったが、できるだけ、それを表に出さないように、変な笑顔を浮かべるのだった。
Zクラスは校舎の一階の突き当りをさらに右に曲がり、そこから続いた通路をまた左に曲がり、そこから続く通路の突き当りをさらに左に曲がる。その通路の奥にようやくZ組と書かれた札がついた部屋があった。
「ここまで、長すぎだろ。どんだけ歩いたか分からないぞ」
ノイズは、少し文句をたらしながら、教室の前に立っている。一方で、ウツイはあれから、何も話してくれなくなり、ずっとノイズと顔を合わせないようにしていた。
「あのことは、あまり気にしてないから。そんな感じの態度を取られると、逆にこっちが困っちゃうよ」
ノイズは、できるだけ精一杯の笑顔で、ウツイに話しかける。ウツイも、気を使わせて、申し訳ないのか、
「そうですよね。私こそ、なんか変な態度を取ってしまって、すいませんでした。……早く、中に入りましょう」
と、ウツイはそう言うのであった。そうして、ノイズは教室の扉を開けた。
クラスにはまだ、三人ほどしかいなかった。一人は大きい天使の羽を伸ばし、朝から勉強をしていた。もう一人は朝に見かけた翼としっぽの生えた竜人が座っている。
そうして最後の一人はノイズたちに気づき、後ろを振り返りながら、
「おはよー!」
と、元気な挨拶をしてきた。ノイズは、その少女が、マオであることに気づき、少し嫌そうな顔を浮かべるのだった。